第13話「ライカ」

 夕やけが砂漠の砂を照らす中、破損したシルバークルーザーを、手をハイドロランまみれにしながらデザートレイダー達は修理し続けていた。

 ユー達はジャンククルーザーに案内される――内装はほぼジャンクパーツでできていて、バルブは錆びつき、パイプが迷路のような道を作っていた。

 その船内でこれまたガラクタを積み上げたようなテーブルでユー達は豪勢な食事を振舞われていた。


「いやー、交戦したときから有能だと思ってたんだよ、旦那達!」

《こっちは、急に襲われたんだがな?》

「も、もう終わったことだし……」


 アルブレヒトはオヤカタを睨めつけると、ユーはそれの間に割って入った。怒りがのど元まで来ていた彼だったが、ユーの顔を見ると、席にふんぞり返った。


「ら、ライカ!最高級のバッテリーをそこの旦那に!」

「了解、オヤカタ!」

「あ、あの子は?」

「……ああ、ここの下働きだよ」


 ユーはライカを目で追っていた。ユーと年が変わらないその少女は、素早く駆け出すと、棚の中からバッテリーを取り出してアルブレヒトの方へ渡した。

 ライカはアルブレヒトにそっけなく充電バッテリーを渡す――


《ああ、すまないな》

「こら!もっと丁寧に渡さんか!」

《アンタより丁寧に、活躍してたけどな?》

「ほ、ほんとにすごかったよ」

「ほんと?ライカすごい?」


 ライカが首を傾げるとユーは笑顔で答えた。その笑顔にどう答えていいのかわからなかったのか、ライカはすぐさま別の仕事に戻った。掃除、洗濯のほとんどをてきぱきとこなしていた。


「あんまり褒めると調子に乗るもんで……」


 オヤカタはそんな空気を打ち消すように手をすり合わせて、アルブレヒトにすり寄る……

 ユーはライカのことを目で追ううちに、自然と彼女の方へと歩んでいた……彼女の作業があらかた済んだのを見て、ユーは彼女に近づいた。


《トロン、お前も行ってこい……》

《なぜです?》

《なんでもだ……》


――


「あ、あの……」

「?ライカに用か?」

《アルブレヒトにこちらに来るように言われました》


 ライカは踵を返すとユー達と向かい合った。お互いの視線は水平線上に通い合った――


「ライカ――さんは、こんな大変なこといつもやってるの?」

「そんなに大変か?ユーはやったことないのか?」


 ライカが尋ねると、ユーは手を後ろ手にして恥ずかしがるように顔を逸らした。


「わ、私のいた所はほとんどロボットがやってくれたから……」

「洗濯も、家事もか!?」

《イーストセクターでは一般的ですね》


 ユーとトロンがうなずくと、ライカはキラキラした目で彼女達を見つめた。その期待にまなざしにユーは押しつぶされそうだった。トロンはその光景に首を傾げていた。

 

「あと、ライカはライカでいいぞ」

「う、うん……ライカ」

《ならば私もそうします……ライカ》

 

――


 取り残されたアルブレヒトと親方はテーブルをはさんで妙な緊張感に包まれていた。  


《あの子、ウエストセクターの猟犬型クローンだろ……まさか誘拐――》

「違う!……あいつは拾ったんだよ――ウェストセクターの平原で死にかけてた……」 

《……》

 

 オヤカタは酒が回ったのか、テーブルにうなだれると滔々と語りだした。先ほどまでのひょうひょうとした表情は消え去り、ゴーグルの奥に見える眼は哀愁が漂っていた。


「あれはたしか3年ぐらい前のことだった……」


――


 晴天が広がる中、野草の上を疾走するジャンククルーザーの甲板からオヤカタは顔を出して外を眺めていた。

 彼の目に蜘蛛型のモンスターと、それに抗う少女が映った――周りにはすでに倒れた少女達――同型のクローンが転がっていた。


「くそ、モンスターか……」

「オヤカタ、無視しましょうぜ……」

「俺もその方が――」

「いや……助けるぞ」


 オヤカタが凛とした表情でそう言うと、他の乗員は目を丸くして彼を見た。


――


「その時ライカは腹ペコで死ぬ寸前だった――オヤカタがいなきゃ死んでた」


 余った作業を進めながら、ライカは平然と言った。そのあまりにもあっさりとした言い方にユーは目を丸くした。


《ウエストセクターの平原は過酷だそうですからね……》

「それでオヤカタさんのところに?」

「うん」

「つらいと思ったことは?」

「ウエストセクターに居た頃より幸せ――あそこは規則だらけだった」

《規則がなぜつらいのですか?》

「うーん、なんかライカにはきつかった」


 ユーはライカが同年代だというのに、あまりにもかけ離れていた住んでいた環境と経験の差に唖然とするしかなかった。

 そんな間にもライカは作業を進めていく――


「わ、私……ライカはすごいと思う、同い年なのにこんなにてきぱきできて……」

「そんなにか……?」


 ライカが首を傾げるとユーは彼女なりの微笑みで返した。

 トロンはユーの笑顔を観察するように見ていた。


――


「あいつは猟犬型クローンなだけあって身体能力が高かった……」

《それで雑用係や戦闘員にしたってわけか?》

「ここはそんなに甘い場所じゃないのは知ってるだろ?」


 オヤカタは酒瓶で小さな砂糖菓子を踏みつぶした。あとにはばらばらに砕けた砂糖だけが残った。

 アルブレヒトはその砂糖菓子を見ると目を伏せた。


――


「それに、オヤカタはゲームがうまい!頭がいい人だから!」


 ライカは棚の中からボードゲームを取り出すと、年相応の笑顔ではしゃいだ。

 その笑顔を見てユーも心なしか心が軽くなった。


「さ、3人でやってみない?」

「いいけど、ライカ頭悪いから弱いぞ……?」

「どうだろう……」

《やってみなければわかりませんね……》


 ライカは小さな土台を取り出してくると、ボードを上にのせた――同年代との初めてのプレイに、心躍ったのか手をすり合わせていた。

 ユーとトロンもイーストセクターではあまり見ない古典的なゲームに期待を込めていた。


――


「で、毎回あいつが勝てないようにイカサマしてたってわけよ――」

《自分の元に置いとくためにか?》

「ああ、ケチな男だよ、自分ながら……」


 オヤカタは5本目の酒瓶をテーブルに転がすと、完全にテーブルに突っ伏した。

 アルブレヒトは空になった5個目のバッテリーを外すと、足を組んだ。


――


「また負けちゃった……ライカ強いよ」

「たぶん、ユーが初心者だからだよ」

「うーん……トロンは?」

《私から見てもかなり強いものかと》


 ユーとトロンはこのゲームのコツを覚え始めた程度だったが、それでもライカはかなり強い部類だと感じていた。

 同時にユーは、ライカの自己肯定感の低さに疑問を持つ――

 サンドワーム戦での鮮やかな立ち回り、船内での流暢な仕事ぶり、どれもがユーにとって魅力的に映った。


「ライカ、言葉とかあまりわからない、できる人すごいと思っている」

「だからオヤカタさんについていくの?」

「うん、オヤカタは賢いから」

《確かに言語をうまく取り扱えるのは、賢さの一つですが……》


 ユーとトロンはそのライカの言葉に疑問を持ちつつも、最後のゲームを終えた……


――END

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