第10話「ゴールドレーン」

「これが……ゴールドレーン?」


ユーの目の前には金色に燦然と輝く道が続いていた。遠めでも多くの人々が行き交い、活気に満ちているのが見て取れた。


《私もデータでしか見たことがありません》

《そうか、二人は初めてなんだな?》

「アルブレヒトは知ってるの?」

《俺はマーセナリーとして働いてたからな》

「ま、マーセナリー?」


 この世界にはマーセナリーと呼ばれる――いわゆる傭兵のようなことを生業として生きる者達がいた。大抵が4人以上のパーティを組み、それぞれの短所を補いながら、あらゆる仕事を請け負っていた。


《それで、どこを目指すんだ?》


 そう聞かれたユーは階段を上り、上部ハッチを空けると、上半身を出してあるものを指さした。


「エメラルドシティ!」

 

 ユーは大陸の中心地にそびえる、エメラルド色に輝く豪華絢爛な街を指す――ユーの瞳はエメラルド輝きを宿していた。

 しかしアルブレヒトは、その表情に対して腕を組んで座席にふんぞり返った。


《なんでも、理想の自分のなれるってやつか?》

「ほ、本当の自分を見つけてから、シュテルン様に会いに行くの」

《そこに行けば、心の在処も見つかるでしょうか?》

「うん、きっと!」

《ならば、私もそこに行きたいです》


 ユーだけでなくトロンまで、エメラルドシティに夢中になっていることに、アルブレヒトは肩をすくめた。彼のモノアイはゴールドレーンの外に目を移す。

 辺り一帯が砂漠で埋め尽くされ、ところどころにランドクルーザーの残骸や、ゴールドレーンから零れ落ちた、鉄塊がぽつぽつとあるだけだった。

 ユー達は、シルバークルーザーを専用のデッキに止めると、外へと歩み出た。ここに置かれたランドクルーザーは、レールとリフトを経由して通商路の反対側まで出ることができた。


《エメラルドシティに行く前にパスポートが必要になる》

「ど、どうやって手に入れるの?」

《ここで取れる》

 

 ゴールドレーンにはネオンで彩られた店が立ち並び、客と商人が欲望の渦を作り出していた。

 そんなゴールドレーンの活気に、ユーは気おされていた。

 アルブレヒトが悠々とユー達の前に出て先導すると、ユー達は歩みだした。彼女らが一歩歩くたび、あらゆるセールストークが彼女らを包んだ。

 中でもユーの心を掴んだのは、武器のパーツの売り文句だった。イーストセクターの中ではお目にかかれないパーツがユーの心を躍らせた。


《置いてくぞ……ユー》

「ご、ごめんなさい」


――


 アストロタワーの最上階、イーストセクターを制御するメインルームには――多くのモニターとデバイスが立ち並ぶ。その中心に黒を基調として黄色の蛍光色のラインが稲妻のように走っていて、頭につけた大きなレドームが特徴の、アンドロイドが後ろ手にして制止していた。

 無数のデバイスの中で、一つのデバイスが起動する――一体のアンドロイドが映し出された。


《こちら第三検問警備隊長……所属不明機を逃がして良かったのですか?》

《いいのだよ……下がっていい》

《了解、シュテルン様、任務に戻ります》


 ホログラムが消えると、シュテルンはモニターの水色の輝きに照らされるだけになった。部屋全体のシャッターが解放されると、外には夜空が広がっていた――星々は煌めく。


《ユー君、君は変えられるのだろうか……》


 シュテルンのつぶやきは機械で埋め尽くされた室内に響き渡った――


――


 ユー達がしばらく歩くと、《マーセナリー登録所》と書かれたホログラムのバナーが見えた。カウンターには金髪で、水色の制服を着た女性が立っていた。女性は待っていましたと言わんばかりに手を挙げる。

 

「マーセナリーの登録の件でしょうか?」

《こっちの二人、頼むよ》

「ま、まだ――」

「かしこまりました!」


 女性は手持ちのデバイスを二人にかざす――ユーとトロンは体の上から下まで、センサーで照らされた。

 ピピ!軽快な音が鳴るとカウンターの女性はにっこりとした表情になる。


「そちらのアンドロイドの方はタンクの素質が、もうひと方は――」

《サポーターとアタッカーってとこか》

「その通りです!」


 マーセナリーはチームを組む以上役割が存在する。 

 タンクは前線で壁となり味方の攻撃のチャンスを作る。アタッカーは味方の作ったチャンスに応じて敵を攻撃する。サポーターは味方を回復したり味方を強化するなどの役目がある。

 しかし、実際のところは二つの役割を兼任しているような場合も多かった。

 

《なら私はタンクで》

「わ、私は……さ」

「さ?」

「いや……あた」


 ユーがもじもじと尻込みしているのを横目で見たアルブレヒトは、ユーの肩を叩く。


《俺はアタッカーとサポーターを兼任できるし、アタッカーは戦闘慣れしてないと難しい》

「じ、じゃあ、サポーターで!」

「かしこまりました!」


 女性は、手元のデバイスを起動すると手慣れた手つきで登録を進める――その間もユーは手をすり合わせ、落ち着かない様子だった。

 登録が済むと女性はユー達に笑顔を振りまく、するとアルブレヒトはその場を動き出した。

 その場を立ち去ったユー達だったが、ユーにはある疑問が思い浮かんだ。


「ぱ、パスポートはどうするの?」

《これがパスポートになるんだよ》


 アルブレヒトがホログラムを展開すると、そこにはマーセナリーの登録書が映し出される、ユー達はそれをまじまじと見つめた。

 ホログラムが停止すると、手をぱちんと叩いた。


「そ、そろそろ……」

《そうだな……必要なものを買いに行くか?》

「うん!」


 ピピ!ユーが答えた途端に、彼女のデバイスが通信を受信していた――サキからだった。


《ねぇユー!今どこにいるの!?壁の近くで事件もあったって……》

「そ、それが……いま壁の外に居て――」

《壁の外!?まさか、ユーも事件に巻き込まれたの?》


 ユーがおどおどしているのを見たアルブレヒトは、状況を察したのかその場で腕を組んで立ち止まった。


「巻き込まれたというか、当事者というか……」


 ユーがそう言うと通信機越しにため息が響く――しばらくの沈黙の後、サキは滔々と語りだした。


《いつ帰ってくるの?》

「それが……な、長いこと帰れないかも」

《……ユーの性格は分かってるし、今更引き留める気はないけど》

「けど?」

《ちゃんと帰ってきてよね……その、待ってるから》

「う、うん!」


 ユーは笑顔でうなづくと通信を切り、アルブレヒト達の元へ駆け出した―― 


――


 暗く……ベッドとトイレ以外見当たらない独房の中でマスター9は、貧乏ゆすりをしながら待っていた。外に出ようとすればレーザーのフェンスで切り刻まれるからだった。

 黄色のレーザーに照らされたマスター9はバイザー越しからでもいら立ちが見て取れた。 

 カツカツカツ……あまりにも規則的な足音が複数、マスター9に近づく――イーストセクターの看守二名のものだった。


《バッテリーを持ってきたぞ、収容ナンバー80――!》

《黙れ……》

 


 警備員がレーザーフェンスを解いた瞬間マスター9が手をかざすと、首をしめげられるように看守の体は宙に持ち上げられる。


《おい、その手を――ダァァ》


 もう一体のアンドロイドもマスター9が手をかざすと宙に浮きあがる――マスター9が激しく手を合わせると二体のアンドロイドはぶつかりあい、ひしゃげてその場に崩れ落ちた。

 マスター9はアンドロイドの残骸を踏み越えると、イライラしながら独房を後にした……

 

――END

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