第8話「邂逅」

第8話 邂逅


 暗い水道はじめじめとしていて、ユー達が歩くたび、どこかからピトピト……と音を立てて、水道内に鳴り響いた。

 唯一の明かりは、トロンの瞳が放つライトのみで、ユー達の足元はおぼつかなかった。

 しばらく進むと、とことどころさび付いたハッチが、ユー達の眼前に現れた。


《ここです……》

「このハッチの向こうにトロンの設計者が……」

《まったく、難儀な方だな、その人は……》


 ガガガ……鈍く、鳥肌の立つような金属の音が鳴り、ハッチは開いた。

 中には無数の点滅するコードに包まれた、穴が続いてた。

 ユー達が穴の中を進むたび、コードは血管のように水色に光り、脈動するハイドロランを奥へと運んでいた。


 ―― 

 

 広い部屋の中央には噴水が吹き上がり、3方向に続く水路に水を流していた。両サイドには、磁力で浮かぶ巨大な液体金属が様々な形に変化していた……

 中央より奥に進む階段の先に、ピアノを弾くアンドロイドがいた――黒を基調として黄色の蛍光色のラインが稲妻のように走っていて、頭ついている円形型のレドームのライトラインが点滅していた。アンドロイドは立ち上がると両手を広げた。

 

《ようこそ、私の庭へ……アルフレートだ》

《こちらはユーとアルブレヒトです》 

《まるで待っていたかのような口ぶりだな?》

 

 アルフレートのカメラアイはユーを凝視する。その視線にユーは少し戸惑ったが、トロンが歩み出るとその感情は過ぎ去った。


《アルフレート教授、この方達があなたに聞きたいことがあるそうです》

《なんでも聞いてくれていい……》

「あ、あのスライムは誰が研究していたんですか?」

《私だよ……シュテルン様の主導でね》


 あっけないアルフレートの回答にユーは唖然とした。彼はそんなユーの表情を、期待していたかのようだった。

 アルフレートは近くにあるデバイスを起動する。すると先ほどまでユー達が戦っていたハイドロランスライムが、ホログラムとなって映し出される――彼がデバイスを操作するとスライムは動き出した。

 そのあとにイーストセクターのバトルロボット達がホログラムとなって映し出された。その様子をユーはまじまじと見た。

 

《スライムとロボットの違いは何だと思う?》

《スライムの方が気持ち悪いとか?》


 トロンが首を傾げると、アルブレヒトは肩を落とした。


「ま、マシーンと違って自己再生するところとか?」

《そこなんだ……》


 

 アルフレートはさらにホログラムを映し出す――そこでは壁の外にいるモンスターとの熾烈な戦いで、バトルロボット達が損傷していた。

 もう一つのホログラムでは、スライムがモンスターに手を切られても立ち向かっていく姿が映し出された……切られた腕も再生していた。

 さらにマシーンを修理するエンジニアの姿が映し出される――


《年々、壁の外の戦いでの経費が増している……》

「シュテルン様はそれを軽くするために……?」

《その通りだよ……しかし――》

《御覧の有様ってか……世話ないねぇ》


 アルブレヒトの辛辣な言葉に、アルフレートは凛々しい態度で応えた。その態度さえ、アルブレヒトは気に食わない様子だった。


「ど、どうして危険なスライムよりクローンを前線に投入しないんですか?」

《イーストセクターの国是は知っているかね?》

《戦闘は徹底的に機械化で効率を計り、クローン市民は内壁でおとなしくしてろ……だろ?》

「く、クローンをもっと頼っても……いいんじゃないですか?」


 ユーの真摯なまなざしと、アルフレートのカメラアイが通い合った――ユーの瞳の中には三つの黄色の光がともる。

 しばらく静寂が訪れたが、アルフレートが沈黙を破った。


《シュテルン様のご意志だ、我々にはどうすることもできない……ただ……》

「ただ?」

《方法があるとすれば、直接シュテルン様に抗議することだな……》

「それは……」

 

 アルフレートはホログラムで大きなタワーを映し出した……

 イーストセクターの統治者であるシュテルンは、セクターの中心部にあるシュテルンタワーの最上階で、町全体の指揮を執っていた。

 シュテルンタワーに入るにはまず、アンドロイドが守るセキュリティゲートを通過し、さらに10階分のセキュリテイを突破する必要があった。

 そのすべてを突破するのは至難の業と言えた……

 ユーは下を向いて黙り込んでしまった。

 

《今なら君達があそこに居たことを、なかったことにしてあげられる》

《勝手なもんだな……》

「なかったこと……」


 アルフレートはデバイスを起動すると、二人のIDデータをホログラムで映し出した――そこには一部のデータに対して《データイレイス》と無情に書かれていた。


「トロンは?」

《私の元で再調整する……》

「再調整って……」

《もちろん……君達に関するデータは削除する》


 ユーは思案した。研究所での一件、アルブレヒトとの共闘、トロンと交わした約束――そしてイーストセクターの裏の一面。

 そのどれもが、ユーの頭の中をぐるぐるとメリーゴーランドのように回り続けた。

 しばらく瞳を閉じていた彼女は、瞳を開くとまっすぐにアルフレートを見つめた。


「私……外の世界に行ってみたいんです」


 ユーがそう言った途端に全員の視線が彼女に集まった。特にアルフレートは、特別な興味を示した。ユーは呼吸を整えると背筋を伸ばした。


「今の私じゃ、シュテルン様にあっても、何もぶつけるものが無いんです」

《ぶつけるもの?意見のことかい?》

「だから、壁の外――エメラルドシティに行ってから、改めてシュテルン様と話したいんです」

《そうか……君にはその意思があるのだね、なら――》


 アルフレートとユーの視線は通い合った――彼がトロン達に視線を移すと彼らもうなづいた。


《……?待て!》

「どうしたんですか、アルフレート教授?」


 アルフレートはモニターの一部に目を通すと、慌てた様子で端末を操作しだした――


――END

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