第7話「脱出」

 ユー達はバイザーの女の追手を振り切り、緊急時コントロールルームに近づいていた――トロンのシールドは表面が少し溶けていた。


《それにしても何だったんでしょう、先ほどの女》

《ユーを狙っていたようだな、何か心当たりは?》

「な、ないよ……」

《あと一秒遅れていたらまずかったですね》


 トロンは涼し気な表情で言い放ったが、二人はぎょっとした表情でトロンを見た。それに対して彼女は首を傾けた。


《成功したからよいのでは?》

「一歩間違えてれば死んでたんだよ?」

《と、とにかく助かったんだから、先へ進もう》


 壊れた研究所で三人は、機能しているはずの緊急時コントロールルームの目の前に来ていた。ユーは再びアクセスを試みる……ピピ、音が鳴るとドアがスライドした。

 中には大型のモニター、制御端末が並び……クローンは誰一人いなかった。


「なんでメインルームに行かなかったんですか?」

《あっちは、人が集まりすぎたせいでスライムが入っちまった》

《なるほど……》


 アルブレヒトが制御端末にアクセスすると、水色の光が彼のボディを照らした。いくつものホログラムが出ては消えていく――

 彼が作業を終えると赤い照明が室内を照らした。ユーは少し身をかがめた。


《緊急時プロトコルγを始動、研究所を滅却します》


「こ、これは?」

《施設全体を封鎖して、冷却処理をするのですね?》

《ああ、逃げ遅れれば、俺達もカチンコチンってわけだ……》

「かちんこちん……」


 ユーの脳裏に三人が冷凍庫の中身のようになった姿が浮かぶと、背筋がびくりと動いた。

 トロン達は別段気にする様子もなく、制御端末にある施設の脱出経路を確認していた。


《よし、すぐに出発するぞ》

《ユーは私達の後ろに……》

(私って守られてばかり……)


 気を落とすユーにアルブレヒトは何かを察したのか、肩に手を置いた。冷たいはずのそれはユーにとっては仄かに暖かく感じた。

 一方トロンはその光景を首を傾げて見つめている――彼女にはその行動の意味が分からずにいた。


《そろそろ、行きましょう……間に合いません》

「う、うん」


――


 ブザー音が鳴り響く中、バイザーの女はいら立ちながら、腕から出力されるレーザーブレードでスライムを切り裂いた。

 上半身だけになったそれを、彼女は踏みつぶした。


(……プロトコルγが発令されたならおそらく……)


 バイザーの女は次々とスライムを倒し、ドアをレーザーブレードで破壊しながら突き進む……バイザーはレーザーの光を受けて赤く輝いた。


――


 ユー達三人はスライムをやり過ごし、脱出ポイントに差し掛かったところだった。トロンが急に足を止める。


《あっちの物陰に隠れてください……》

「ど、どういう――」 


 トロンが強引にユーの手を引っ張ると、近くの瓦礫まで連れ込んだ――アルブレヒトもそれに続く……

 カツカツカツ……しばらくするとバイザーの女が、ユー達が来た方向から歩み出てきた。

 彼女は周囲を見渡す――しばらくするとユー達が隠れている瓦礫を凝視する……

 

(ば、ばれたら……)


 ユーの心臓の鼓動は、バイザーの女の注目が増すほどに高鳴っていった。

 

《すでに脱出したか……あるいは》


 そう言うとバイザーの女は、脱出路のゲートを腕から出るレーザーブレードで切り裂くと外へと出ていった。

 ユーの鼓動は別の恐怖を前にさらに高鳴っていく……しかし、トロンは岩のように一向にその場を動こうとはしなかった。


「こ、このままじゃ氷漬けに――」


 トロンはユーの口をふさぐと、その場に押しとどめた。彼女のキャップに備え付けられたセンサーは赤く点灯していた。

 しばらくするとそれが黄色に変わり、トロンは瓦礫から身を乗り出した。

 

《もう大丈夫です、行きましょうか》

《いやはや、大したもんだな》 

「すごいよ、トロン」


 トロンはきょとんとした表情で二人を見たが、しばらくするとゲート目がけて歩いていった。

 ユー達三人が外に出た時には、すでに紺の帳が橙色の空を押しつぶしていた。洞窟のようだった研究所とは天と地の差があった。


「空がきれい……」

《?多色で構成されているからですか?》

《心の在処が知りたいなら、この美しさを理解しなきゃな……》


 ユー達はしばらく空を見つめていた。トロンの金の瞳には星が映り始めた。


《さて、これからどうする?俺は職を失った》

「私はとんでもないもの見ちゃったし……」

《私の設計者と話してみませんか?》


 トロンの提案に二人は目を丸くした。


《何か知ってるのかその人は?》

《この研究所の研究に携わっていたようです》


 それを聞いた瞬間、ユーの心にいくばくかの恐怖心と疑念が湧き水のようにわいてきた。


「設計者ってどんな人なの?」

《分かりませんが、位置情報が私の頭にインプットされています》

《行ってみる価値はあるか……どうするユー》

 

 ユーは頭を傾げると、研究所で起こった様々なことを思い出した――アクシデントの起きた研究所、危険なスライム、バイザーの女……そのどれもに彼女は答えを求めていた。


「わ、私は会ってみたい……知りたいの」


 ユーのふり絞るような声は、二人に確かに届いた――トロンはキャップに手を当て、アルブレヒトは腕を組んでうなづいた。


《では、行きましょうか》

「う、うん!」


――END

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