第5話「トロン」
ユー達は困惑していた……秘密兵器だという触れ込みだったが、中に居たのは、ただの警備補佐用のアンドロイドRP2000だった。
ポッドの中で安らかに眠るようにしている彼女に、ユーは額に額をぴたりと当てる――彼女がほんのりと熱を感じた、その時だった――
ガァァァン!耳をつんざくような音にユー達が振り向くと、そこにはドアを枠ごとぶち破り、大きなタコのような形をしたスライムが侵入してきていた。触手には吸盤があり、それがぬめりと部屋中を撫でまわすとその大きな巨体を部屋へと押し込んだ。
水色のその異形は、てらてらと辺りを照らし、壁に吸盤を押し当てながらユー達を目がけてゆっくりと進んでいった。
《こいつは――!》
「やばい!」
ユー達は即座にプラズマライフルを構え、プラズマ弾をオクトスライムに撃ち込む。命中し、体を電離させたプラズマ弾だったが、その体組織は沸騰して泡を上げながらすぐに再生されてしまった。
ユー達はそれからもプラズマライフルのトリガーを引き続けたが、オクトスライムの再生力に追いつけていなかった。
オクトスライムが進むたび、ユー達は一歩、一歩と後退していった……ユーの額に汗がにじむ。
オクトスライムはユーの焦りを感じ取ったのか、彼女を睨むと触手を大きく振りかぶる、ユーの背筋が一気に冷えあがる――
《インドラ――》
ザァァン!ユー達の背後から稲妻が駆け抜ける――それはユーに振り下ろされようとしていた触手を吹き飛ばした。オクトスライムは激しく体を痺れさせられ、その奇妙な巨体を震わせた――傷口の回復はわずかに遅れていた。
ユー達が振り返ると、そこには先ほどまで眠っていたRP2000が合金製のシールドと、ハンドガンを持って立っていた。黒いスーツに入った黄色の蛍光色のラインは稲妻のように走っていた。その堅牢で堅実な佇まいはオクトスライムを圧倒した。
《トロン・スクウェアハート――これより戦闘モードに移行します》
「トロン?」
《挨拶は後回しだ……あれを片付けるのを手伝ってくれるんだな?》
《……》
「ト、トロン……手伝ってくれる?」
《了解しました……》
アルブレヒトは肩をすくめたが、彼を無視し、トロンはバックパックからブースターをふかしながら前方に躍り出た。その小さいながらも、凛とした佇まいはユーの胸に安心感をもたらした。
トロンの攻撃に対して、体の痺れが収まったオクトスライムは、彼女に酸を吹きかける――
しかし、オクトスライムの攻撃に対しても、トロンの表情は涼し気なものだった。
「ト、トロ――」
《……》
トロンに迫った酸だったが、彼女の大型の合金版のシールドに遮られた――シールドは酸を浴びても、一切溶けることはなかった。かかった酸は、むなしくもシールドを滑り落ちるだけだった。
予想できなかった結果にたじろいだのか、オクトスライムは一歩後退する――
その様子を見たアルブレヒトは、ユーと視線を通わせると、プラズマライフルを構えた。
トロンの瞳孔は縮まると、虹彩が回転する――すると、彼女の瞳から扇状の黄色の光が放たれて、オクトスライムを上から下にかけてスキャンした。
《良し……畳みかけるぞ!》
《コアです……》
「どういうこと?」
トロンが指さす先には、オクトスライムの中心にある水色に光輝く球体があった――オクトスライムは、自身の弱点がばれたのを察したのか、触手でそこを防御し始める……
しかし、トロンの表情が変わることはなかった。その冷たいまなざしを見たオクトスライムはたじろいだ。
《エレクトロ弾でオクトスライムの腕をスタンします……》
「そ、その間にコアを撃てばいいんだね!」
《俺も援護する》
トロンはハンドガンに、黄色の蛍光色が入ったマガジンを装填する。彼女が狙いを定めると、エレクトロ弾は発射される――電気を纏ったそれは、オクトスライムのコアを守る腕に命中した。
すさまじい電撃がオクトスライムの腕に噛みつくように流れ、透けた中身が沸騰するのがユーに見えた。
痺れた腕がだらりと落ちると、すぐ様別の腕がコアを防御した。しかし、それもトロンのエレクトロ弾で撃ち落されていった。
最後の太い腕がだらりと下がったところに、ユー達はコア目がけてプラズマ弾を一斉射撃した――ザァァン!!
命中したプラズマ弾は、オクトスライムのコアを激しい熱量で電離し、融解させる――コアを失ったオクトスライムの巨体は溶けて崩れていった……
「か、勝っちゃった……」
《大したものだな……》
《戦闘終了、通常モードに移行します》
最前線にいたトロンはくるりと踵を返すと、何事もなかったかのように、ユーの目の前まで歩み出た――蛍光色の黄色いラインがユーを照らした。
銀と金の瞳が通い合う――金の瞳の虹彩はキュルキュルと回転して何かを探るようだった。
「た、助けてくれてありがとう、トロン」
《当然です……ユーは私のマスターですから》
「ま、マスター?」
《お前が起動したからじゃないか?》
ユーはゆっくりと手を差し出した――トロンは首を傾げる。そんな光景を見て痺れを切らせたアルブレヒトは自分の手と手を握りしめる。
《相手の手を取って握ってやるんだよ》
機械仕掛けの手がユーの手と重なりあう――ひんやりとした感覚が彼女の手に伝わる。しばらく少女達の間に静寂が訪れる――
《教えてもらえますか?》
「な、なにを?」
《心の在処を……》
「――う、うん!」
――END
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