第3話「異変の予兆」
紺の帳が空を降り切った中、イーストセクターの街にはネオンの光が灯っていた。
サキといた時に感じていた暖かさは、夜風がゆっくりとさらっていった。
ネオンが包む道をとぼとぼと歩くユーは、鬱屈とした気持ちを払うため、上を見上げた。
視線の先に見つけた高いタワーのホログラム広告機には《賞金首――海賊レオ・ブレイブハート――500000オズ――ノースセクターのお尋ね者》とあった。
《北の碧獅子、このレオ様に勝てるってんならかかってきな!》藍色にオレンジのラインの入ったバイオスーツは、勝気な彼を体現していた――大きなファーの襟は、獅子の鬣のごとく風を受けて揺らいでいた。
金色の長髪はサイドを刈上げ、攻撃的な彼の口上に説得力を持たせている。
そのホログラムは飛び出さんばかりの勢いだったせいか、ユーは思わず身をかがめすくんでしまった。
(ノースセクターの人って怖いな……)
ユーがニュースに気を取られていると――
《そこのエンジニアクローン、止まりなさい》
ユーが声の方を向くと、可愛らしい警備用少女型アンドロイドが、黒いツインテールをゆらゆら揺らし、トレードマークのつば付きキャップを軽く上げて近づいてきた。イーストセクター特有の、黒い警備スーツは闇に溶けていたが、黄色の蛍光色のラインは存在感を放っていた。
エンジニアの彼女には、それが新型のアンドロイド――RP2000だと気づいていた。
狭い通路も難なく通過し、他のバトルアンドロイドを支援するのが、目的だとユーは噂に聞いていた。しかしあまりの可愛さにユーは笑いそうになってしまった。
「な、なんですか……?」
《0.5分オーバーの駐車違反です》
(うう……0.5分って30秒?ちょっとぐらい融通利かせてくれたって……)
アンドロイドはユーに近づき、彼女の首にあるバーコードに、手に持ったスキャナーを当てた。ピピっと音が鳴ると、アンドロイドはキャップのつばをすこし下げた。
《気を付けてください、のこり5ポイントです》
「はいぃ……」
ユーは駐車場からバイクを引きずりながら、自らの足元を見ていた。彼女は一歩、一歩と、歩みを進めることしかできなかった。
ふと見たバイクのボディに反射した自分の姿は、情けないものだった。
街道のニュースで、ウエストセクターからのクローン脱走事件が報道されていたのが、ユーの目に留まった。
《ウエストセクターで、またもや猟犬型クローンが脱走。農場のコスト削減による給与の減少が原因か――》
猟犬型クローン達の半分を刈上げた髪は、風を受けてなびいていた。黒スーツに入った蛍光色のピンクのラインは彼らの素早い動きで鮮やかな軌跡を描いていた。
(イーストセクターはいろいろ厳しいけど、向こうに比べたら安定してるよね……)
ユーが考え事をしていた矢先のことだった。通りで一番大きなホログラム広告機が作動した――
《エメラルドシティはあなたらしさを応援する!理想の自分を手に入れよう!!》
ユーの耳がぴくっと動いた。ユーが振り向くと、そこには全身エメラルド色のアンドロイドが両手を広げ、仰々しく演説をしていた。
(オズ様?)
《担当AIがあなたに合ったプランを作成し、あなたらしくいられる場所、本当のあなたらしさを追求できる場所を提供する!!このプレジデントオズがそれを保証する!!》
エメラルドシティは大陸の中心にある大きな都だった。全体がエメラルドに輝き、東西南北のセクターをまとめ上げるプレジデントオズの居城となっていた。
オズは様々な偉業をとげ、全土のクローンを製造する唯一の権利を持っていた。
(自分らしくいられる場所――!)
《最低金額600000オズ》
ユーは急いでデバイスを起動し、残りのクレジットを確認した。期待に満ちた顔は……すぐさま精彩を失った。
《クレジット残高残り500000オズ》の文字が無慈悲にユーに突き付けられたのだ。
――
イーストセクターらしい直線的で、黒を基調とした外装の研究施設の前で、ユーは立ち尽くしていた。晴天は研究所全体をを照らし、研究所の黄色のライトラインが、彼女をほんのりと照らしていた。
研究所の中の待合室で待つように言われていたユーは、一人で待っていた――彼女は、終始貧乏ゆすりが止まらなかった。
しばらくすると研究所の職員が、待っていた彼女の前まで歩み寄ってきた。あまりのそっけなさにユーはたじろいだ。
「君が臨時で入ってきた子?それじゃさっそく――」
「ま、まだ面接も――」
「Cランクのテッククローンなんでしょ。ならいいから……」
研究者はユーの首元のバーコードに機器を当てる――ピピ、独特の音と共にユーは認証を済ませた。
「でも……」
「やっぱり……ついてきて」
研究者の後をついていくユーは、後ろに流れていくドアを、ちらちら見ながら研究者の声に耳を傾ける。研究所の内装は、外とは打って変わって純白で、チリ一つなかった。空いているドアの奥には、ユーが目を輝かせるような最新鋭の機器が並んでいた。
ふとドアの奥にいる一人の黒づくめで、バイザー付きのヘルメットをかぶった女性と、目が合った――
「あの人って誰ですか?」
「誰のことだい?」
ユーが指さした時には、誰も残っていなかった。
しばらく歩くと、研究所の一室にユーは案内された。中には精密機器が立ち並び、それぞれのセンサーが、一定期間で明滅を繰り返していた。
「それで、君にはこの区画の、補助セキュリティのチェックをしてほしいんだ」
「こんな大きな研究所なのに私みたいな――」
「とにかく!君でいいから」
研究者の怒気に押されたユーは、仕方なしにセキュリティ装置へのアクセス――首輪型のデバイスから伸ばしたプラグを接続した。
彼女が作業を始めたころには、研究員はその場を後にしていた。なんともあっけない仕事の始まりにユーは少し違和感を感じた。
補助セキュリティルームの外から聞こえる喧騒は、ユーが集中力を増すと共に消え去っていった。
電子の海にユーの意識は泳いでいく――彼女も最初はこの感覚に戸惑っていたが、今となっては慣れたものだった。
(こんなに大きな施設なのに……)
ユーは施設の規模に対して、あまりにもセキュリティが甘いことに驚いた。しかし、驚きはそれだけではすまなかった。
(ガンハンガーへのアクセス?)
《可能です――》
ユーが任せられた部屋の奥には、大量の火器があるとデバイスは伝えていた、その時だった――
《緊急事態発生――各職員と警備員はプロトコルΩにしたがって行動してください》
部屋の電源が落とされ、非常用の赤い照明が点灯した。ユーはその場で身をすくめる――
(プロトコルΩって……)
――END
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