第2話「失意の後で」

 しっかり気分が沈んでしまったユーはトボトボと帰り道の白線をなぞっていた。ホログラムの白線は、ユーが踏みつけるたび、ゆらゆらと揺れた。辺りの建物は橙色に染まり、影は怪しく紫色に沈んでいた。

 そんなユーを一人の少女が見据え、近寄っていった。


「あ、ユーじゃん!課題どうだった?」

「……うん」


 ユーが顔をそらすと、その顔をサキが覗き込む――今度は反対方向にそらした。それに加えてユーが手をすり合わせたの見たサキは、すべてを察したかのようにユーの肩に手を当てた。 


「――なんか甘いものでも食べよっか!」

「お金ない……」

「大丈夫!臨時収入が入ったんよ!」

 

 泣きそうなユーを連れ、サキは近くのスイーツショップに、彼女を連れて行った。スイーツショップの看板には《甘味処――ショギョームジョー》の字が大きく並んでいた。

 一見センスのない野暮ったい店だったが、ユー達にとって懐かしい場だった。

 サキは一足先に店に入り、手慣れた様子で店員に二人分の注文を頼んでいた。受付用アンドロイドは、店の雰囲気を出すためか、割烹着を羽織っていた。

 なにやらキャンペーン中らしく、店内のいたるところにホログラムのバナーがあったが、相変わらずのセンスのなさにユー達は苦笑いするほかなかった。


「はい――それで。あ、塩昆布――い――ません」


 ユーは席に座り、店員とサキのやり取りに耳を澄ませていた。彼女はネガティブになると、どうしても聞き耳を立てる悪い癖があった。自分に関係ないと分かっていてもこうなってしまうのだ。

 注文を済ませたサキが、ユーの正面に静かに座った。窓際の席だからか、二人を橙色の光が包み込んでいた。


「いつものにしといたから、ちゃんとキューケーモードに入ってよね」

「その、いつも……ありがと」

「前はユーがおごってくれたし、いいって……お互い様」


 東風と称された店内で二人はしばらくの間、頼んだ餅菓子を堪能していた――

 サキがピンクの和菓子にプラスチックのつまようじをを刺すと、懐かし気な表情で話し始めた。

 

「ユーってさ、すごいと思うんだよね」

「?いきなりどうしたの?」

「覚えてないかもしれないけど、入学時の課題ってあったじゃん」

「ああ……あれ」

「なんだけ、あれ……6連装――」


――


 中等部の入学課題提出の会場は、ピリピリとした空気でつつまれていた。エリートクラスの生徒は、通常クラスの生徒に見下すような視線を送っていた。

 サキは自分の制作課題の発表を必死にしたが、採点ドローンの評価は低かった。エリートクラスの生徒達はひそひそと彼女を嘲笑している。


「なんだよそれ、子供のおもちゃかよ」

「いままで何してきたの?」


 サキが拳を握りしめ、下を眺めて席着いたその時だった――


《クローンナンバーgen5・c621、課題を提出してください》


 ユーはその言葉を聞くと、自信満々に立ち上がり、ごてごてとした大型のガジェットを取り出した――合計八門の砲身を見た瞬間、エリートクラスの生徒は唖然とした。

 

《的に向かって射撃を行ってください》

「了解です」


 ドローンの言葉を聞いた途端、ユーは涼しい顔でガジェットのトリガーを引いた――ザァァァァァン!!八つのプラズマのオレンジの光が、的ごとスクールの壁を打ち抜いた――


――


「それ!出力がやばすぎて、エリートクラスの奴らも度肝抜かれてたじゃん!」

「うん……そうだったね。そのあと来た先生には怒られたけどね」


 失敗談だというのに、それを語るユーは心なしか軽やかだった。それを見守るサキもまるで自分のことのように喜んでいた。


「正直あの時のユーを見てアタシ思っちゃったの……ああ、映画で見た天才ってこんな感じなんだって」

「そんなこと――」

「でもさ、最近のユーってなんか違うんだよね」


 サキが和菓子を突き刺すと、温和だったムードが、雲行きを変えた。ユーはまったく予期していなかったからか少し身をかがめる。


「最近のユーってさ、なんか変な意地張ってるよね……」


 ユーも自覚があったのか、サキに目を合わせることが出来なかった。そんなユーを攻めるわけでもなく、サキは小さなエネルギーリアクターをテーブルに置いた。


「今回のだって普通に売ってるエネルギーリアクター使ってれば課題に通ったのに……もったいないよ」

「でもあれはどうしても――」

「ほんとにどうしても?」


 サキはいつもの陽気な雰囲気ではなかった。いつになく辛気臭く、本気だった。真摯な瞳をユーに向けていた。そんな彼女にユーは返す言葉が思いつかなかった。


「アタシ悔しいもん。ユーはすごいのに、ちょっとの我慢ができないせいで、つまんない奴らに見下されてる」

「別につまんないなんて――」

「つまんないよ!ユーの方がすごいのに……あたしがユーだったら――」


 そこまで言ってサキはユーの顔をまじまじと見てしまった。そして軽率な自分を咎めるように顔をそらした。


「――確かにサキが私だったら、居場所だってとっくに作ってる……」

「そうじゃない……ほんとのユーは!」


ダン!サキはテーブルを叩くと急に立ち上がった。二人の間にしばらく沈黙が続いた。静かに座るとサキは切り出した。


「……ごめんね。休憩モードになれとか言ったくせに――うざかったよね」

「ううん、最後のほんとの私ってのは良く分からないけど……」

「けど?」

「サキが私の友達だってことは……わかる」


ユーの言葉を聞いたサキは、思わず顔がほころんでしまった。そんなサキを見てユーは、幾分か表情が軽くなった。



――END

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