第1話「始まりは鉄の海から」

そこは小さなジャンク置き場だった。ありとあらゆるジャンクが、鉄の海の一部になっていた。

 作業用ロボットのマニュピレータは、触れば鳥肌が立つくらい錆びつき……戦艦解体用の大型ヒートソーは壊れているはずなのに、

どこからかピーピー音を上げる。戦車用のラジエーターからは、水色に発光する溶液が洩れ、あたりに危険な香りを放っていた。

 役目を終えた機械達の墓場で、二人の少女が墓荒らしをしていた。彼女達が進むたび、あたりのジャンクが様々な音を立てた。


「ねぇ、ユー?ほんとにこんなところにお宝があんの?」

「ぜ、ぜったいある……はず。サキは信じてくれないの?」

「そういうわけじゃないけど、長居したくないだけ」

「だ、だよね」

「てっかさー、ユーっておしゃれに興味とかないの?」


 ユーと呼ばれた少女の格好を、サキと呼ばれた少女は見渡した。

 ユーの黒く長い髪は、無造作にオールバックにしていたせいで、歩くたびにふわふわと野暮ったく揺れていた。

 服装はモノトーンで構成されたぶかぶかのつなぎのクラフター用スーツに……肩掛けバックのみという味気ないものだった。バックは中の道具が多すぎるせいで大きく膨らみ、グラグラしているせいで傍目には、作業には向いていないように見えた。

 サキがユーに対して唯一垢ぬけていると感じたのは、黒い髪の隙間から覗く銀のメッシュぐらいのものだった。

 対してサキは髪を金に染め、よほど自信があるのか、こだわりぬいたピアスとアクセサリーで体中を彩っていた。

ユーと同じクラフター用スーツを着ていたが、ピンクを基調としたかわいらしいテイストに改造されていて、サイズもぴったりだった。

おしゃれなポーチにはかわいいストラップがちりばめられ、彼女が歩くたびにじゃらじゃら音を立てる。


「あ、あった。これだよこれ」

「どれどれ!……ってこれがお宝?」


 目を輝かせたユーが、大事そうに拾い上げたお宝は――しかしサキにはそうは見えなかった。

ボロボロのそれはかろうじて金属製の筒に見えるものだった。ユーがそれについたボタンを押すと、筒の先端からかすかに光が伸びた。


「よし……生きてる」

「それってもしかしてビームセイバー?」

「そう、あたり!骨董品だけど、リアクターの出力自体は現行のやつよりすごいの!」

「でもそれって今回の課題に使っていいの?今度単位落としたらやばいよ?」

「大丈夫なはず、これで最高の素材が揃ったから……!」

「え、ちょっとユー!?」


 ガシャーン……サキが言い終わる前に、ユーはバックを膨らませていた道具達を足元に広げた。

 エレクトロソー、レーザーカッター、プラズマドリル――素人には、そこらにあるジャンクと見分けがつかないものだった。

 ディーン!レーザーカッターの駆動音が鳴り響く。水色で半透明のバイザーをつけたユーは、さっそく壊れかけのビームセイバーを解体し、中のリアクターを取り出した。

 ユーは手慣れた手つきで、そのリアクターをバッグに入れていたビームセイバーに移植しだした。

 レーザーカッターの熱線がビームセイバーをなぞるたび、赤い火花がバイザーを焦がし、それととともに独特の香りがあたりに立ち込めた。

 ユーの視線はビームセイバーに集中し、瞬きも少なくなっていく……


「おーい、ユー?」


 サキが手を拡声器のようにして呼びかけるが、ユーはお構いなしだった。バイザー越しの彼女の瞳には、レーザーカッターの青色の光だけが映っていた。

 それを見ているサキの表情は心なしか朗らかだった。


「あとはハイドロランを入れて……完成」


 最後の仕上げとばかりに、ユーは水色に発光する流体――ハイドロランの入ったシリンジを取り出した。この流体は、この世界では一般的なエネルギー資源とされており、広く普及している。

 シリンジをビームセイバーに装着すると、ハイドロランは流動し始めてより美しく輝き、二人を魅了した。

 さらにユーがビームセイバーを起動すると、紫、青、ピンク――様々な色に変化する美しい軌跡が曇った空へ手を伸ばした。

 この空間でその輝きだけが、明確な彩度を放っていた。しばらくの間、二人の瞳は様々な色に変化していった。

 ユーは移植し終わったビームセイバーをまじまじと見つめていた。ピカピカに磨かれた表面に移ったサキと目が合い、彼女は思い出したようにサキに向き直った。


「ご、ごめん……つい夢中になっちゃって」

「いいよぅ、こっちもいいもん見せてもらったし」


 そのときだった――ピンポンパンポーン。素っ頓狂な機械音があたりに響き、2人の耳の鼓膜を振るわせた。

《外壁付近のクローン市民にお知らせします――まもなく、外壁外の敵性生物にプラズマ爆撃を開始します。市民の皆様にはご迷惑をおかけしますが、なにとぞご理解ください》

 ユー達のいるジャンク置き場からでも、ポツポツと遠くで何かがはじける音と、オレンジ色の閃光が煌々と輝いていて見えた。


「なーんか最近多くない?大丈夫かな?」

「んー……外のことなんてシュテルン様とマシーンキャラバンが何とかしてくれるし、私達には関係ないよ」

「だといいんだけど……」


 オズの国の東に位置するこの国――AIシュテルンの統治するイーストセクターでは、こんなことは日常茶飯事だった。工業が発達したこの地域では、鉱山を掘り当てるたびに、鉱石を餌にするモンスターと戦わなければならなかった。

 しかし、戦うのはユー達市民クローンではなく、ロボットやアンドロイドを中心としたマシーンキャラバンと呼ばれる機械化された戦闘部隊だった。

 ユー達は安全な壁の中で自分の目の前の作業をしていればよかったのだ。

 ユーは完成したビームセイバーを取り上げて視線でなぞり、出来栄えを確認した。よほどの会心の出来だったのかその表情は期待に満ちていた。


「んー……なんかごてごてしてるけど提出できるの?それ」

「うん、絶対……!」


――


 《クラフト型クローン、クローンナンバーgen5・c621、課題を提出してください――》

 無機質なアナウンス音声が制作課題受け取り室に冷たく響き渡った。

 室内の青白いライトは、その中でたった一人立ち尽くしている少女――ユーを照らしていた。

 受け取りトレーに彼女は、待ちきれない様子で制作した製品を置く。

 ガチャンと大きな音を立てたビームセイバーは、即座にスキャンされる――水色のセンサーの光がビームセイバーをなぞっていく……


(これで――)


 スキャン中も落ち着かないのか、ユーは手をすり合わせてそわそわしていた。


《ピピ、スキャン完了――エラー。エネルギーリアクターの規格が指定の物ではありません》

「……で、でも秒間出力もほぼ常時S級で――」

《エラー。規格をクリアしていません》

「そんなに規格って……」


 無機質な空間に彼女の声は溶け、熱を失っていった。諦めきれないのか、ユーはもう一度トレーにビームセイバーを置くが、エラー音が再び鳴り響くだけだった……


――END

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