第15話 男女神社のエロい踊りを見る
美穂が腰を上げたので淳一も立ち上がった。二人は公園を抜けて大通りを横切り、太い円柱形の鳥居が見える神社の方へ歩を進めた。鳥居を潜ると、社殿へ続く広い道の両側に何本もの幟が微かな夏の風に揺らめいていた。鳥居の下には、阿形と吽形の狛犬が向き合っていた。
「あらっ、お祭りなのかしら?」
「うん、そうかも知れないね」
「でも、人が全然出て居ないわね」
「今日じゃないのかも、な」
人影は全く無く、狛犬と鳥居の他には濃い日差しが照り付けているだけだった。
「変なお祭り・・・」
「うん・・・」
丁度その時、陽曝しの神楽殿に白い袷を着て袴を着けた三人の男がひょいと現れて、祭囃子の笛と鼓の音を合わせ始めた。二人が立ち止まって眺めていると、程無く、黒い衣装に身を包んだ男と白装束の女が現れて囃子に合わせて踊り始めた。男の被っているお面は赤い太い鼻の上に長い筆が載った天狗の面で、女のそれは鼻先にピンクの無花果が開いている緑い瓜の面だった。踊り手は腰を前に強く突き出したり、後ろに緩く引いたり、左右に激しく揺すったり、丸く円を描いたりして、身をくねらせた。結構に卑猥な身動きだった。
「変な踊り・・・」
美穂が呟いた。
「うん、確かに、変だ」
淳一も肯じた。
小奇麗な造りの社殿の前に、縮みのシャツとステテコ姿の老人がひとり、日陰になっている石段の端に腰掛けて涼んでいた。
淳一と美穂は硬貨を一枚ずつ賽銭箱に投げ入れて、小さく柏手を打った。鰐口は無かった。
それから、ふたりは老人の処へ歩み寄ってあれこれと話を聴いた。
「祭は今度の日曜日じゃよ、だから今日は未だ稽古だけだ」
老人が続けた。
「稽古には神輿も出ないし、縁日も無い。当たり前のことじゃが、な」
「あのぉ~」
美穂が横から声を懸けた。
「此処の、男女神社というのは縁結びとか安産とかにご利益があるのですか?」
「ああ、無論、それもあるが、元々は男と女が睦み合い、契り合うという処から来ているんじゃよ」
今度は淳一が訊ねた。
「それじゃ、あの天狗のお面の筆は?」
「男が童貞を破ることを“筆おろし”と言うじゃろう、天狗のあの鼻は男のシンボルを表しているんじゃ」
「それじゃ、女のお面は、女性のアレを?」
「そうじゃ、女が処女を失うことを“破瓜”と言う。若いあんた達は知らない言葉かも知れんが、昔から処女破りを“破瓜”と言うんじゃ。開いた無花果は女のアレよ」
「あの踊りはひょっとして男と女の交わりを表現しているのですか?」
「そうじゃよ、性交の踊り、セックスの踊りじゃよ」
道理であんなに卑猥であった訳だ、と二人は納得した。
その時、笛と鼓と踊りが止んだ。振り向くと三人の男と二人の踊り手が立ち上がってばらばらに引っ込んで行った。その物腰から男の一人はかなりの年寄りだと判った。
美穂が淳一に目配せをした。二人は老人に礼を言ってその場を離れた。仰ぎ見ると、切妻のある銅屋根の上に鰯雲が淡く縦に浮かんでいた。
二人は狭い境内をぶらぶらと見て廻った。白木の柱と白木の壁の正面には、白地に青と赤の条の入った帳が風に揺れているだけだった。
豊臣何某と言う人の書いた「神楽処」という額が架かっていた。
「この人はきっと豊臣家の隠れ子孫に違いないわね」
美穂が言って淳一が頷いた。
何世かの川柳の句碑が在ったが、これは二人ともに全く読めなかった。
句碑の横は藤棚だったが、花は既に散ってしまっていた。儚げな蝶が一羽、正方形の日陰の中を心細く飛んでいた。
その隣は小さな祠で、疱瘡神社と疫病神社の二つを併せ祀っていた。
「ご利益有るかしら?」
「さあ、それはどうか、な」
その左には鳥居の有る船魂神社が在った。鰐口もあったが、汚れた斑の紐だったので二人とも手に取らなかった。二つの祠の賽銭箱に硬貨を投げ入れ、二人して柏手を打った。
社殿の左に龍神社と言う祠が在って、ピンクと黄色の雲が乱れ飛ぶ中で黒い蛇と赤い蛇が御幣に纏わり付いて絡み合っている額が、奉納されていた。何方の蛇も長くて細い舌を焔のように出していた。
「エッチねえ!」
「うん、淫乱だな」
淳一が頷いて賽銭を投げ入れ、美穂が続いて硬貨を落とした。
「どうして此処と船魂神社にだけ鰐口があるのかしら?」
「さあ、それは・・・」
それから、淳一がこのお詣りを総括するように確認した。
「何回くらい柏手を打ったかな?」
美穂が即座に答えた。
「四回よ」
「君は何をお祈りした?」
「何も。あなたは?」
「同じだ」
後はもう見るものが無かった。赤い祭提灯を下げた家が疎らに在る参道を歩いて鳥居を潜り、大通りへ戻った。
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