1-15

「……」


「……」


 ああ、初めましてが無言で始まるこの展開、何回目だ? だなんて現実逃避したくなるのも仕方ない。この気まずさは何度体感しても慣れることはないだろう。


 だから黒鳩さんかサクラさんのどちらか一人は残ってて欲しかったな。というのは過ぎた願いだろうか。


 華橋さんと向かい合い、しかしお互いが黙り込み数秒。それがいやに長い時間だったような気がして、ずっと居心地が悪かった。


「……この鮮やかな髪色を見て貰えば分かると思うけど、僕って毒を撒き散らす天才って呼ばれているんだよね。だからリラ属性持ちの中でも怖がられる対象なの。」


「そ、そう、なんですね……」


「だから君も、その……毒無効化?を覚える前に僕の毒で殺してしまうかもしれない。」


 だから近づくな。そう言いたいのだろう。確かに普通の人なら怖気ついて尻尾巻いて逃げるだろう。でも……


「あ、それは大丈夫です。」


「……は? 話聞いてた? 僕の毒で君、死んじゃうんだよ?」


「だからそれは大丈夫です。死なないので。」


「何? そんなに自分の魔法に自信があるわけ? 嫌味?」


 どうやら私の『大丈夫』が違う意味で取られてしまったようで。グシャリと華橋さんの顔が歪んだ。


「あ、いえ、違くて。私ってどんなに自分を殺そうとしても死ねない体質?なので。多分毒でも死なないと思います。」


 というかそれで死ねたらむしろ御の字なんだけど。


 ……まあ、初対面の人にそんなこところしてくれを言われたらドン引きされるだろうから言わないけれども。


「え、あ、うん……?」


 華橋さんは明らかに動揺している。死ねない体質なんて聞いたこともないだろうから、そうなっても仕方がないよね。


 私もこの体質をどうにかしたいと思っているところなんだ。だって死ねないんだもの。


「なので、毒で殺すウンヌンという理由で私を遠ざけたいとお思いでしたら、出来ません! 死ねないので!」


 ムンっと胸を張ってそう宣言してみる。


「あと、毒を生成できるなら薬も作れそうですね!」


「……」


「……」


 あ、まずい。これは要らない感想だったかもしれない。一言余計、というやつ。華橋さんも黙り込んでしまった。


 いや、本当、言い訳をするのなら、ポロッと思ったことが口から零れてしまったんだと言いたい。だから怒らないで……


「……その発想はなかった。」


「……へ?」


 どう言い訳をしようかと頭を悩ませていると、華橋さんは何かをポツリと呟いたらしい。あまりにも小さくて思わず聞き返してしまったではないか。また気まずい空気になるのでは……


「いや、僕の毒は他の人よりも強いから、他のリラ属性持ちですら僕を嫌厭するのに。それなのに君は『薬も作れる』だなんて……」


 ──でも確かに、僕くらいのレベルなら人のためになる薬も容易に作れそうだ。


「ありがとう、道が開けた気がするよ。」


「……??」


 ギュッと私の手を握り、妖艶な笑みを見せる華橋さん。私が放った余計な一言に対して怒っている雰囲気が無いことに安堵し、しかし何故華橋さんからお礼を言われたのか分からず首を傾げるのだった。


…………


「……で、魔法を教えて欲しい、だっけ?」


 話題を変えるように手を叩いてそう言う華橋さん。


「あ……ええと、は、はい。」


 あんなに嫌そうにしていたのに、この変わりようは何だろう。返事にその動揺がありありと滲み出てしまったが、仕方ないだろう。


「教えるのは構わない。けど、対価が欲しい。」


「あ……」


 そりゃあそうだよね。今更気がついた『対価』の存在に、これまで教えてくれた方々に私は何も返せていない現実を突き付けられた。


「わ、私にできることならなんでも。」


 だからこそ真剣な表情でそう言うと、華橋さんはハァとため息を吐いた。


「あのねぇ、対価を求めた僕が言えた話じゃあないけど、『なんでもする』だなんて言い方は良くないよ。無理難題を出されたらどうするつもりだったの?」


「なんとか頑張ります。死ぬ気で。」


「ハァ、そういうことを言ってるんじゃなくて……いや、何でもない。」


「……?? 頑張ります。」


 私の意気込みを不意にされたような気がして、もしかしたら心意気が伝わっていないのかもしれないとムッと気合を入れるポーズをとってみたのだが……逆に華橋さんは両手を上げて降参のポーズをとる。


「ハイハイ、分かったから。僕は無理難題言わないから、大丈夫だから。」


「……???」


「ええとね、対価は『薬の生成』を手伝うこと。色々助言してよ。」


「そ、そんなことで良いんですか?」


「それ良いんだ。だから、さ……」


 華橋さんはそこで言葉を途切り、その綺麗な良い顔を存分に使って──いるように私には見えた──、私の頬をその手で包んだ。


 ヒンヤリと冷たい華橋さんの体温が、私の顔の熱さを教えてくれているようで。余計カッと顔に熱が集まる。


 それに今まで誰からもそんな触れ方をされたことも、顔を近づけられたことなんてこともあるはずがなく、私は緊張やら何やらで体が固まってしまう。どうしよう、どうすれば。


 ハッ、こんな時こそ本で得た知識が役に立つはず……!


 だなんて意気込んだは良いものの、パニック寸前の頭では脳内の知識を冷静に漁ることなんて不可能で。ただひたすらアタフタするしか出来なかった。


「お兄ちゃんアターック!」


 と、そんなパニックを察してくれたようなタイミングで、黒鳩さんの声と共に緑色が目の前に広がった。


「ライラ、色仕掛けは他の人にやりなさい! これ以上純粋なエンレイに何かするなら、お兄ちゃんは許しませんよ!」


「……、そのダッサイネーミングセンスはいかがなものかと。あと許していただかなくて結構です。というかあなたは誰の兄ですか。」


「え、ここにいる皆の兄貴さ。」


 ドヤ顔の見本と言えそうな表情でそう言い切った黒鳩さん。それを見て華橋さんは『何言ってんだこいつ』と言わんばかりにその良い顔を歪める。


「……黒鳩様、まさかまだお昼寝中でいらっしゃいましたか?」


「寝言は寝て言えって? ハハ、面白いこと言うね。ちゃんと起きてるって!」


 何だろう、この薄寒いやり取りに恐怖を覚えてしまうのは。気のせいだろうか?


 だなんて考えている間にポンポンと肩を叩かれ──叩いたのはサクラさんだった――、言い合う二人から物理的に離れるように手招きしてきた。


 それに倣って少し離れたところに移動して、そこにある椅子に座るようジェスチャーされる。


「あのお二人はこうなると長くなるから、座って休憩していなさい。」


「わ、分かりました。」


 サクラさんは研究所の方にお茶を持ってくるよう頼み――頼まれた方はとても嬉しそうにしていたが、どういう理屈だろうか──、その間にと色々と教えてくれた。


「どうもご兄弟仲がよろしくないらしくて、ああいった口喧嘩は日常茶飯事なのよ。」


「へ、へぇ……え? ご兄弟?」


「あら、それも知らなかったの? あなた頭が良いからイチ知識として王家のことも知っているのかと思っていたけど……そうでもないのね。」


「あー……その、元いた場所の書物は数も少ないし、あったとしても古いものばかりで、どうしても最近のことに疎い自覚はあります。」


 孤児院では書物なんて最低限のものしかなく、さらに最近は資金繰りの面から新しい書物を買い揃えることが叶わなかったのだ。


 まあ、私が書庫に入り浸っていたことがバレて気に食わないから新しいものを買わなかった、という理由もありそうだが、真相は闇の中だ。


「あら、そうなの。……ああ、ちなみに華橋様は第三王子で、黒鳩様とは腹違いのご兄弟よ。」


「そうだったんですね。また私、知らずのうちに不敬を……」


 あの言い合いが終わったら華橋様に謝罪しなければ、と一度深呼吸しておく。サクラさんはその様子を見てか、心配そうに尋ねてきた。


「ツユクサ様はそこら辺……所謂知識の偏りについて何か仰っていたの?」


「いえ、何も。むしろその知識量なら大丈夫だなんて言われた程度で……」


「そう……ならワタクシの家の書庫に入れるようn……」


「こんな茶番をしている場合じゃあないんだって!」


 サクラさんが何か言おうとしていたのを、黒鳩さんの大声が掻き消す。言い合いは終わったのだろうか。それなら謝罪しないと、謝罪しないと、落ち着け落ち着け……


「エンレイに魔法を教えてやって欲しいんだ!」


「水を差したのはあなたでしょう黒鳩様!」


 謝罪しないと……


「そうかそれはすまなかった!」


「だからあなたは引っ込んでいてくださいな!」


「それは聞けないな!」


 謝罪、を……


 また始まった言い合いに謝罪の機会を奪われたようで、どうしたものかと遠い目をしてしまったのも仕方ないことだったろう。

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