1-14 ベラside

「……ハッ! 魔法の練習っ!」


 エンレイの意識がフッと戻ったと思ったのに、第一声がそれって……。俺はエンレイの魔法へのあまりの執着ぶりに内心少し引いてしまった。言わないけど。


「あ、起きた。……んで、エンレイさんよー、魔法の練習は禁止されてなかったっけー?」


 エンレイは起き上がって俺と向かい合う。その表情はしかし暗いままだった。


「でも早く習得して、早く役に立たないと……」


「ハァ、あなたの魔法への執着……いえ、存在意義への執着は半端なモノではありませんのね。」


 サクラちゃんは少し離れたところにある椅子に座って呆れていた。まあ、それには同感かな。


 別に存在意義に執着するのは構わない。だが休みも取らずにただひたすらに没頭していたら、いつか体を壊すだろう。それを俺たちは危惧しているのであって。


「でも、でも……」


「でも、じゃあないんだよなぁ。実際、ツユクサさんが『休め』って言うって、相当ヤバいよ?」


 あの人は誰にも優しいが、その誰かに『休め』だなんて言ったことは一度も無かった。そんな優しさと厳しさが同居しているツユクサさんが、エンレイに向かって『休め』と言ったんだ。その衝撃たるや……


「あら、黒鳩様。だいたいの状況をご存知でして?」


「まあ、ね。今日もそれで助太刀に来た、というのが本音。」


「ああ……」


 サクラちゃんはこの言葉だけでだいたい全てのことを把握したらしい。呆れやら何やら色々な感情で、表情も難しくなっていったからね。


「でも、この様子を見ているとさ、一回魔法の練習を粗方終わらせてから長期的な休みを入れた方が、エンレイにとっても良さそうだなって思った。」


「そ、それは……まあ……」


 俺の考えに思うところがあったのか、サクラちゃんも同調してくれる。そしてそんな会話を盗み聞きしているエンレイはといえば。


「っ……!」


 キラッキラな目でこちらを見ていた。


「……エンレイ、じゃあ一つだけ約束をしましょうか。」


「はい!」


 この状況でただひたすらに『休め』と言っても意味がないと理解したらしいサクラちゃんが眉間の皺を伸ばしながら問う。


「一通りの属性魔法の習得を終えたら、一定期間休息する。これが守れるなら、魔法の練習を許可しましょう。」


「……マ、守レル……」


 その一定期間の休息ですら受け入れられなさそうなエンレイの様子を見て──言葉と表情が真逆だものね──、さてどうやって約束を守らせるかを思案する。


 もうこの時には既に『今休ませる』という案が捨てられかけていた。


…………


 それからなんとか約束を取り付け──数十分の押し問答があったことをここに記しておく──、じゃあ早速魔法の練習に向かおうかと伝える。


「黒鳩様……? 一体どこに……?」


「もー、エンレイったら、俺のことは黒鳩さん、もしくはベラって読んでくれても良いんだゾ?」


「お、畏れ多い……です。」


「はい、俺めーれー。黒鳩さんorベラって読んで!」


 権威を逆手に取るやり方は好きではないが、まあ、最初はこんなもんだろう。だんだんと仲良くなっていけたら良い。そんな思いで呼び方の二択を迫る。


「……、で、では……黒鳩さん、で……お願いします。」


「はーい。……で、どこに行くのか、だっけか。」


 ──それは……とある研究所、さ。


 わざと含みを持たせる言い回しで、これからの出会いを思ってほくそ笑んだ。


 勿論、エンレイは何のことを言っているか分かっていない様子。そしてサクラちゃんは俺の無邪気な笑顔(笑)を見て、誰に会いに行くか察して頭を抱えていた。


…………


「やあやあやあ、息災かい? ライラ。」


 白赤緑の三人でその研究所にズカズカと入り──これでもちゃんとアポは取ってある。ツユクサさんの思いつきとは違うんでね──尊大な王子ぶって目的の人に話しかけていく。


 顎の辺りで切り揃えられた鮮やかな紫色の天パ髪をフワリと揺らしてこちらに振り向いた件の人物、華橋ハナハシ ライラは苦虫を三十匹ほど噛み締めたような顔を隠さない。


「……黒鳩様。これはこれはお久しぶりでございますね。」


 そしてその後取り繕ったようにニコォーっと無理やり上げられた口角は、俺の訪問に嫌気が差している証拠だ。しかしこればっかりは俺にはどうにもならないから、気が付かないフリをする。


「今日は用事があって来たんだからそう邪険にしないでさ。」


「……」


 不服そうにしているライラの様子にも気が付かないフリをして──イチイチ突っ込みを入れていたら日が暮れるもんでね──、エンレイの肩に両手を置く。


「はい、この子が白花 エンレイちゃん。で、こっちの紫が華橋 ライラ。仲良くしてねー。」


「白花……」


 その苗字に反応はすれど、変わらず不審な目をエンレイ(と俺)に向けるライラ。そしてその視線を一身に受け、エンレイは居心地悪そうにした。


 エンレイは今すぐにでもここから逃げ出したそうに身じろぐが、俺の手がそれを邪魔している。勿論、分かっていてそうしている。


「ライラはリラ属性のスペシャリストだから、エンレイの魔法の先生として適任だよ。」


「……僕なんかが魔法の先生? 黒鳩様、笑わせないでくださいよ。」


「笑ってないじゃん。」


「揚げ足取らないでくださいます?」


「それに適任なのは本当だよ。エンレイが次に習得するのは赤と青の混合色、赤紫属性。またの名を『毒無効化』魔法。……ね、ライラが適任でしょ?」


 ツユクサさん同様ヴァイス属性について記された書物を読んで知っている情報を、エンレイが今回習得する属性の詳細を、ハッキリ言葉にするとピクリとライラが反応する。


「……へぇ、僕が作り出した毒を使ってこの子が消す練習台になれ、と?」


「ま、簡単に言えばそう。」


「お断りします。僕に何のメリットがあるんですか?」


 あー、俺がエンレイを紹介したのは悪手だったかなー。基本ライラは俺が大嫌いで、俺が成すこと全てに反対するんだから。


 と言っても、もう既に起こされた出会いを無かったことにするのは不可能だ。これからどうするかを考えなければ。


「うーん……そうだなあ……。この子が毒無効化を習得したら、君が一人でいなければいけない理由がなくなる。それじゃあ駄目?」


 ──俺のように、ね。


 まあ、そこまでは口には出さなかったけど。それでも過不足なくライラにとってのメリットとなり得そうなことを言葉にする。聞き入れるかは分からないけれども。


「……しかし、それなら逆もあり得るのでは? その魔法が完成したら、僕たちリラ属性は要らなくなる、と。」


「いんや、それは無いかな。だってツユクサさんも言ってたから。『無駄なものはない』って。」


 それって、要らないものも無いってことだよね?


 そう問うてみると、少しだけライラの反応が変わる。


「ツユクサさんが……」


 俺もライラもツユクサさんに救われているからか、ツユクサさんの言うことなら聞く。


 彼女の名前を出した瞬間反応が変わるんだから、ライラも相当ツユクサさんが好きだよな。


「そう。だからさ、ライラがエンレイに魔法を教えたとしても、エンレイが毒無効化を習得したとしても、お前の存在が変わるわけではない。むしろお前が毒に怯えることもなくなる。それだけでもメリットはあると思うけど?」


「……」


 あ、それもそうだな、だなんて考えている顔に変わったな。それだけ『毒に怯えなくて良い』というのはライラにとっては重要なことなのだ。


「ということで、エンレイをよろしく〜」


 取り敢えずエンレイと話してみれば良い人だと分かってくれるだろう。そう思ってサクラの背を押して俺たちは退散した。第三者がいると話しづらいと思ってね。


「ちょっ」


 まあ、サクラちゃんは納得していないようだけれども。知らんフリだ!

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