1-13
サクラさんに勧められた服に着替え──こんなに可愛い服、私に似合うだろうかと不安は尽きない──、夜香さんと合流して三人で街に繰り出した。
「ラン、あなたは今日、ワタクシたちのボディーガード兼荷物持ちよ。」
「……何故俺が。それにそうと決まっていれば何故昨日のうちに連絡しない。」
ランクSのお方を荷物持ち扱いって……。一般人の私は畏れ多くて内心戦々恐々する。実際『ひぇっ……』と声が漏れてしまった程だ。しかも事前連絡なし、とは……。
着せられたフリフリの服に加え、その情報をも居心地の悪さを助長している気がするのは気のせいだろうか。いや、違うはずだ。
「だって思いついたのがさっきだったのよ? このエンレイの可愛すぎる姿を見て、これはナンパ避けが欲しいな、と!」
「……ハァ、仕方ない。」
「あら、分かってるぅ!」
ちょっと二人のやり取り、意味が分からない。私なんかが可愛いだなんて、どんな笑い話だ?
頭の上にハテナをたくさん浮かべながらも、この二人のやり取りを聞くに徹することにした。
ああ、ちなみにサクラさんの服は私と色違いの黒いフリフリ服だ。私は着られている感がもの凄いだろうが、サクラさんはサマになっている。
可愛いというのは私なんかではなくサクラさんのことを言うんだと思うんだけどなぁ……。
なんか釈然としないまま、二人の後をついていく。
…………
「エンレイ! あのお店に入りたいわ!」
「ソウシマショー」
もはや無の感情でサクラさんに言われるがままお店に入る。今度はアクセサリーのお店らしい。
「あ、これエンレイに似合うわね! あ、こっちも! あれも良いわ!」
既に夜香さんの両手にはショッピングバッグやら箱やらがたくさん乗っているというのに、サクラさんはアレもコレもと商品を手に取っていく。
そのサマを見て、金銭感覚も違いすぎる……! とこれまた戦々恐々とすることになるとは思わなかった。
「あ、これ……」
そんな中、サクラさんは一つの商品──サクラさんの髪色のように鮮やかな赤色の大ぶりリボン──の前で立ち止まった。
「これ、ワタクシのお気に入りリボンの色違いなのよね……」
そう言ってサクラさんは今も尚付けている黒い大ぶりリボンを軽く引っ張って『これこれ』と主張する。
「……そうだわ! これ、エンレイにプレゼントするわ! で、お揃いにしましょう!」
先程までも『エンレイにプレゼント』という名目でたくさんの物を購入していたというのに、さらに買うんですか!?
「あ、いや、その、私の髪って結べるくらいの長さではありませんし……」
肩につくかつかないか程度なので頑張れば結べるけれども。結べないだなんてハッタリも大事。これ以上お世話になるわけにはいかないのだから。
「二つなら結べるんじゃなくて? はい、
私の抵抗虚しくそう言い切られた。
「……あいつ、ランクSの中でも紅一点だったからか、ずっと同性の友達に憧れていたんだ。だから少し付き合ってやってくれ。」
と、いつのまにか私の隣にいた夜香さんが珍しく長々と言葉を発した。それもサクラさんを思いやるもの。
このお二人は仲が悪いと思っていたが、やはりそれは違ったのだろう。思いやりのある温かい言葉だった。
「分かりました。と言っても私もなんだかんだ楽しいので、付き合ってやる、とかは思ってないです。ただ、金銭感覚の違いを見せつけられて戦々恐々しているだけで。」
「ふっ……そうか。」
初めて見た夜香さんの微笑に、思わず目が釘付けになる。この人表情変えられたんだ、と。
「エンレイ! さっそく付けてみなさいよ!」
さっそく購入したらしいそれを持って私の髪を弄り始めたサクラさん。
少ししてからサクラさんに鏡を渡される。見ろ、ということなのだろうとそれを覗いてみると、大ぶりな赤いリボンが己の耳の下辺りで主張しているサマが見えた。
本音を言うなら、とても可愛いリボンを付けられて高揚感でドキドキしている。私も腐っても女なのだと実感したが、まあ、そこは置いておいて。
そう、一言で表すなら、すごく気に入った。
「女は髪が命とも言うし、髪を伸ばすことで願掛けする風習もあるらしいの。だからこのリボンを付けるためにあなたは髪を伸ばして、そして願いなさい。あなた自身の幸せを。」
真剣な表情でサクラさんにそう願われる。
「幸せ……?」
「そう。あなたにとっての幸せは何?」
「私にとっての幸せ、は……」
幸せなんて、普通の人間しか享受できない代物だと思っていた。それなのに、サクラさんは私の幸せを願う。まるで私が普通の人間のように振る舞う。
「何故、サクラさんは私の幸せを……?」
「そんなの、友達だからじゃない。友達の幸せは願いたくなるものでしょう? あ、ついでにランもあなたの幸せを願っていると思うわよ。」
「……何故俺の話になる。」
「あら、あなたは知り合いの幸せも願えない冷酷な人でしたの〜?」
「……知り合いじゃない。」
「まあ! なんて冷たいの!」
「……知り合いというより、エンレイは妹や娘のよう」
「友達をすっ飛ばして家族ですの? 狡い、ワタクシも混ぜなさい! 家族だとしたらワタクシはエンレイの姉ね!」
二人の漫才のようなやり取りを、まるで別世界を見ているかのような気持ちで眺める。
己の幸せ。それはどんなものなのだろう。漠然とした疑問は、その後も私の中で燻ることとなる。
…………
翌日。サクラさんと共に朝食後の優雅な時間を過ごしていると、突然来客の知らせが入ったらしい。
私はといえば、朝ごはんを食べながら『食後になったらサクラさんへ魔法の練習をしたいと提案する』という脳内シミュレーションを繰り広げていたというのに。と、出鼻をくじかれた気分になってしまったのは秘密だ。
お客様であるその人は鮮やかな緑色の髪を靡かせながら足を進め、私を見つけるなり手を振ってきた。
「やっほー」
「黒鳩さん!?」
「仲間外れなんて水臭いよなぁ。」
「黒鳩様! わざわざいらっしゃらなくとも、こちらから伺いますよ!」
「えぇ〜?」
あのサクラさんが黒鳩さんに対して敬意を払っているのを見ると、やはり黒鳩さんは相当なお家柄のお方なのだろう。具体的なことは想像すらつかないが。
「っていうか、エンレイ! 黒鳩
「え、」
「サクラちゃん、そう堅くならないでよ。エンレイの呼び方も俺が許しているから。」
「そんな、この国の
……(絶句)。
私がとった黒鳩さん……いえ、黒鳩様への態度を思い返して、口から魂が抜け出る気分になった。そしてそんな気持ちが極まり、パタリと倒れてしまった。
──無知、怖イ。
「エンレイっ!?」
「ありゃー?」
「『ありゃー?』じゃあありませんわよ黒鳩様! あなたが正体を隠しておられたから、エンレイは知らず知らず不敬を働いていたとショックを受けたのですよ!」
「もう、そんな風に思わなくても良いのに。エンレイには救われたんだし。むしろ俺の方が敬わないと!」
「……黒鳩様。それをエンレイに伝えたら、今度こそショック死しかねませんわよ。」
「ありゃ?」
「……ハァ」
薄れる意識の中、二人のやり取りが耳に入る。勿論、頭には入ってはいないが……
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