1-12 サクラside

「エンレイっ!?」


「誰かお願いだ。こんな命なんて、ゴミ箱に捨ててくれ。」


 ツユクサ様に呼び出されたワタクシはそれに従って白花邸に来ていた。すると玄関前には今まで見たことのない程全てに絶望しきった様子のエンレイの姿があったの。


 それを目にして、彼女に聞こえているかも分からないままワタクシは言いたいことを言って、己の服が赤く汚れるのも気にせずエンレイを抱きしめる。


 するとエンレイは急にガクッと意識を失ったようで、私に全体重を預けてきた。


「エンレイ!? エンレイ!! ……ツユクサ様! 一体これはどういうことですか!?」


 状況も理解できず、ただとにかく目の前にいて何もしなかったツユクサ様に問うたのだが。


「……どうしたもないわ。ただ私はエンレイに、少しの間魔法の稽古とガイスト討伐を禁じただけよ。そうしたらその子、自分の胸に剣を突き刺したの。」


 ニッコリ笑顔のままそう言い切ったツユクサ様。しかしその声は聞いたこともない程冷たくて。


 でも、そんな冷たい空気で誤魔化せる話ではない。私は珍しくツユクサ様に突っかかる。


「一番近くにいたあなたなら出来たはずです! 何故止めなかったのですか!?」


「私にはその資格がないからです。」


「それでエンレイが死んでしまっても良いと!?」


 これでもし是と言われたら、エンレイをワタクシの家で保護するつもりだ。そんな気迫で問う。


 するとツユクサ様はピクリと顔を歪め、しかし瞬きの間にいつもの読めない笑顔に戻っていた。


「この子は死なないわ。」


「何故そう言い切れるのですか!?」


「死ねないからよ。」


「理由になっていませんわ!」


「……そうとしか言えないわ。この子はどんな怪我を負っても死なない。いえ、死ねないの。そんな体質、とでも思ってくれて良いわ。」


「っ……! だとしても! 痛いのは誰だって嫌です! 止めない理由にはなりません!」


「……」


 それでも黙りを決め込むツユクサ様に、ワタクシはもう感情が爆発してしまった。


「ツユクサ様! それなら、しばらくの間エンレイはワタクシの家で保護致しますわ!」


「……そうしてちょうだい。」


 それだけを言葉にして、ツユクサ様はお屋敷の中へと足を向ける。


「ああ、そうだ。エンレイはまだ単色の魔法しか習得していないわ。もし是が非でも習得したいと言ったのなら、教えるなり人を紹介するなりしてちょうだい。


ちなみにエンレイはロートブラオグリュンオランジェの人間としか関わりはないわ。……では、ね。」


 そう言い残してツユクサ様は本当にお屋敷の中へと消えていってしまわれた。


 ツユクサ様のお考えは全く分からない。いや、分かりたくもない。エンレイを消耗させるやり方なんて。


「っ……」


 今までで初めてかもしれない。ツユクサ様の言動に違和感を抱いたのは。それくらいの衝撃がワタクシを襲う。


 あれだけ誰に対してもお優しかったツユクサ様が、どうして……?




 ワタクシのそんな疑問が晴れる機会なんてものは、ついに訪れることは無かった。


…………


 あれから気を失ったエンレイをワタクシの屋敷に運び、客間に寝かせる。


 その間、エンレイは無意識のうちに己の首を絞めようとしたり、苦しそうに顔を顰めながら聞き取れない程小さく寝言を呟いたり、と不安定な様子を見せた。


「明日、目を覚ましたら……気晴らしにお出かけにでも行きましょうか。」


 この子の一生懸命なところは尊敬に値する。このワタクシにそう思わせるのだから、あなたはもっと胸を張って良いのよ。


 エンレイが目覚めたら、まずそう伝えてみよう。そう決めて、ワタクシは今日己に課されていた任務に向かうために客間を離れた。


 廊下で通りがかった執事にエンレイのことを頼み、ついでに今日の任務はどこかも聞く。すると、聞かれたその執事はおかしなことを言った。


「サクラ様はしばらくの間任務なし、との言伝を先程いただきました。」


 ランクSであるワタクシの任務を変更できるなんて、そんな権限があるのはお一人しかいない。


 でもエンレイをぞんざいに扱うような方が、このタイミングでワタクシに休みを与えるなんて。まるで『エンレイを頼む』と言われているようで。


 あまりにもチグハグな彼女の言動に、事情も知らないような執事に聞き返してしまった。


「そんなこと、一体誰が……? それに、何故? だって、だってあの方は……」


「ご指示は総指揮官様からでございます。」


「……」


 まあ、予想の範囲内の答えではある。が、やはり先ほどまでの態度がどうしても頭をよぎるのだ。


「ああ、それから総指揮官様はこうも仰っておりました。『エンレイは存在意義に飢えている。でもそれは元を辿れば愛に飢えているということ。だから後はあなたたちに任せるわ。』と。」


 それは、ツユクサ様ご自身はエンレイに愛を与えてやれないからワタクシたちに託す、ということかしら。


 今まで誰に対しても惜しみない愛を注いできたツユクサ様らしくない言い様に疑問は湧いたが、それを考えるよりもまずエンレイのことに気を配るべきかしら。そう思い至る。


「……言伝、確かに受け取りました。ただ、ワタクシランクSにしか任せられない類の事案が起こったら、すぐ出動するわ。その時までは情報収集をお願いするわね。」


「かしこまりました。」


 執事の了承を聞き、それに今一度お願いね、と念押ししてから踵を返してワタクシはエンレイが眠る客間へと戻る。


…………


 それから何時間経っただろうか。目覚めるのを『待つ』というのはこれほどヤキモキするものなのかと思い知らされたようだった。


「ん……」


「エンレイ! 目が覚めたのね!」


「……サクラさん?」


「ええ、そうよ。具合はどう?」


 あまり気を失う前のことを思い出させるのも良くないだろうと、当たり障りのない言葉の応酬を繰り広げる。まだボンヤリしたエンレイの意識を、いつも通りの方へと引き寄せるために。


「具合……? 普通です。」


「そう。それならまず良かったわ。」


 普通、ということは悪くはない、ということだと思いたい。痛そうにすることも、苦しそうにする様子もなく起き上がったエンレイを見てひとまず安心する。


「あ、そうそう! しばらくの間、ワタクシのお家にお泊まりしません? ワタクシ、あなたともっとお喋りしたいの。」


「お泊まり……」


 楽しいことでいっぱいになれば、気も少しは晴れるかと思ってそう提案する。


「そう! 友達の家にお泊まり。楽しそうでしょう?」


「友達……」


 ワタクシが発した言葉を今一度噛み締めるように呟くエンレイ。その声と表情は明らかに嬉しそうだ。


「あら、違ったかしら? ワタクシ、もうあなたのことを友達と思っているのだけれども。」


 (ワタクシにしては珍しく)正直に話すと、エンレイもパァッと顔を輝かせた。


「友達、いいなぁ……」


「でしょう? だから明日、一緒にお出かけしません?」


「お出かけ……」


「そう! 友達とお出かけ、良いでしょう?」


「っ……! はい!」


 『友達とお出かけ』その言葉を強調してあげれば、いつもと同じ、花が咲いたような笑顔でそう肯定したエンレイ。


 ワタクシとのお出かけに対してマイナスな感情がないことにワタクシ自身も内心安堵し、そして明日の予定を頭の中でまとめていく。


…………


 翌日。ワタクシはお出かけ用の服をエンレイに選んであげていた。


「サ、サクラさん、このワンピースはちょっと……」


「あら、ワタクシのファッションセンスをお疑い?」


 確かに今までエンレイが着ていた服はどちらかと言えば綺麗系。多分ツユクサ様の好みも多分に入っているのだろうことは窺えた。


 そんな服を着慣れていたエンレイを見てきたからこそ、冒険してみたくなるのも必然というものでしょう。


 だってこの子、相当美人……というか可愛い顔をしているのよ? キラキラ輝く水色のタレ目と困り眉は加護欲を唆る。そしてそれぞれのパーツは綺麗に整っている。


 そんな美人を着飾れるなんて、そんな名誉なことはないわ! (訳・綺麗なお人形の着せ替えはとても楽しい!)


 ということもあり、いつもエンレイが着ないような系統、つまり可愛いに全振りしたワンピースなりスカートなりを当てているの!


 髪色が白ということもあり、淡い色も濃い色も似合うだなんて、本当お得よね。


 レースやフリルがふんだんに使われた、着る人を選びそうなピンク色のワンピースは、しかしエンレイが着ると着せられている感が全くないのだ。今度はそれに着替えてくるよう言う。


 そして着替えて第一声が冒頭の『このワンピースは……』と拒否したいと言わんばかりな言葉だった。


 でも、どう見ても似合ってるのよねぇ……。むしろ似合いすぎて困ってしまいそうだわ。主に周りの目を引いてしまうウンヌンの意味で。


 美しいエンレイに引き寄せられた虫ケラ共をワタクシ自らが追い払うこともやぶさかではないのだけれども、面倒くさいのには変わりはないし……


「……よし、ランを呼びつけましょう!」


 用心棒を付けましょう! それが良いわ、と近くに控えていたメイドを呼んでその旨を伝える。


 エンレイと顔合わせを終わらせたランクSはワタクシとランと黒鳩様とラナンキュラスだけだとツユクサ様は仰っていたから、その中でマシな人間を選別したつもりだ。


 黒鳩様はその地位の高さ故に急に呼びつけるだなんて畏れ多いし、ラナンキュラスのあの性格ではきっとエンレイとソリが合わないだろうと思って。消去法よね。


 ウンウンと満足げに頷き、今日の予定をもう一度反芻する。

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