1-16

「お二人とも、エンレイが困ってますわよ。」


 遠い目で黒鳩さんと華橋様を見ていると、それを不憫にでも思ってくれたのかサクラさんがお二人に声をかけてくれた。


 一度は言い合いに巻き込まれないようにと物理的に距離をとっていたところを見ると、仲裁に入るのは嫌だと思っていたのだろう。


 それを押し殺してでも声をかけてくれただなんて、やっぱりサクラさんはお優しい。


「ごめんね〜、エンレイ。」


 華橋様は軽いノリで謝ってくれた。その時もご自分のいい顔を存分に押し出していたことをここに記しておく。本当、華橋様は中性的で綺麗な顔だよな。鑑賞するにはもってこいだと思う。


「すまんな、エンレイ。もう俺は黙っておくから、存分に魔法を教えてもらいなさい。」


「はい!」


 黒鳩さんからも激励され──彼らの口喧嘩で時間を潰されたようなもn……ゲフンゲフン、何でもない──、本来の目的である魔法の習得へと思考を動かしていく。


…………


「ええと、僕はその毒無効化?の魔法を詳しく知らないんだけど……取り敢えず毒を出すから、それを消すか何かしてみてよ。」


 随分大雑把な指南に、ヴァイス属性についての知識が広まっていないことを思い出させられた気がした。そうだ、誰もがそれについての書物を読んだりできないんだったっけ。


「は、はい……」


 私が了承したのを確認してから、華橋さんは──『様』はやめてくれと懇願された──その手に毒を作り出した。


「取り敢えず即死しない程度の優しい毒を出したけど、それでも毒には変わりないから。気をつけて。」


「はい!」


 毒くらいでは死ねないと知っているはずなのに、それでも私のことを気にしてくれた。その優しさにジーンと沁み入りながらも、魔法習得に集中する。


 しかし、はて、毒を消すとはどういう仕組みなのだろうか。それが分からないままでは魔法は扱えないだろう。


 華橋さんの手の中にある毒を無効化する。それは光のようなものをピカーっと当てれば良い? それとも解毒剤みたいな作用でもって無毒化する?


 魔法はイメージだ。要は私がイメージしやすいのはどれか、それを探る必要があると言うわけで。


 私があの毒を無効化するなら、どうする?


「私なら……」


 その毒を解析して、解毒剤を作り、それをぶつける。それが一番イメージしやすいと思う。


 しかし解析といっても、魔法だけで作られた毒をどうやって解析するか。それがまず第一の壁だろうか。


 そもそも普通の毒を解析するのには然るべき薬品なりなんなりが必要だろう。それすら無く、さらに魔法で生成された毒だから薬品なりなんなりで成分を特定できるのだろうか?


「うーーーーん……?」


「エンレイ、あまり深く考えすぎてもいい事はないよ。意外と頭でものを考えているつもりでも、ただ堂々巡りしているだけだった、だなんてことも普通にあるからさ。」


 黒鳩さんが助言してくれる。考えすぎるな、か。それならまず適当にマナを毒にぶつけてみよう。


「まあ、ですよねー」


 己の手から飛んでいったマナの塊は、華橋さんの手中にある毒に当たって砕けた。これは……失敗か。


 まあ、すぐ出来るとは思っていないから、いいんだけど。それでも失敗というのはモヤモヤして好きじゃない。早々に習得してやろうという心意気だけが手に入った。


「そうそう、トライアンドエラーさ!」


「あとはあれじゃないかしら? 今まで習得してきた魔法の使い方を応用してみるとか。」


 サクラさんも遠くからそう言葉を投げかけてきた。そうか、私の場合は何種類も魔法を扱えるのだから、それ単独で考えない方がいいのかもしれない。


 じゃあ今まで習得してきた魔法で応用できそうなものと言ったら何だろう? それはすぐに答えが出た。


「青色……治癒……」


 あの時はラナンキュラス大先生のマナを意識して、それからマナを流したんだっけ。あの毒も魔法でできているなら、マナとして感知できるのではなかろうか。


 そこまで頭が回ったところで、私は徐に華橋さんの目の前にまで歩みを進める。近い方がマナを感じ取りやすいかと思って。どうせ私自身は毒で死ねないんだし。


「ちょ、近いって。流石に毒が効いちゃうよ?」


「大丈夫です。そうなったらそうなったで私としては都合がいいので。」


 と、その後も色々離れろだの何だの言われたが完全に無視をして、毒に含まれている華橋さんのマナに意識を集中させる。


「あ、これか……」


 毒の中に混ざっている微弱なマナを感じ取り、それに向けて己のマナを流してみる。青の治癒魔法を使った時のように。


「あれ……?」


 しかしそれも失敗に終わった。というのも、毒を消すどころか華橋さんの毒が倍の質量になっただけだったから。あれ、私、毒生成できたっけ……?


「これは……なんだろうね? なんでエンレイの魔法が僕の毒に反応して増えたんだ?」


 華橋さんですらも分からない現象だったらしい。二人揃って首を傾げる。


「と、取り敢えず、失敗ということで……また違う方法を考えますね……」


 そのままマナを流し込んだのが悪かったのだろうか。治癒魔法の時はその人のマナに寄り添う感じだったから……毒を『消す』為には寄り添うのではなく反発させる感じの方がいいのか……?


 自分で言っておいて何だが、マナを反発とか意味分からん。そもそもマナを寄り添うように変化させるのも無意識で出来ていたから、感覚としてはただ他人のマナを感じ取ってからマナを流していたにすぎないのだ。


「……あの、反発させる、と聞いて何を思い浮かべますか?」


「え? うーん、そうだなあ……磁石とか?」


 華橋さんは唐突な質問にも親切に答えてくれた。


 ふむ、磁石か……。じゃあそのようにしてマナを練り上げてみようか。とにかくイメージが大事だろうし、感覚的にで良いだろう。己のマナの質をグルグルと変化させ、それを毒に向けて放つ。すると、


 バチッ


 静電気が発生した時のような音を立てて毒が霧散した。


「……これで、合ってる?」


「……さあ? でも毒を消したと言えば消したと言えそう……?」


 シュワーっと蒸発するように消える想像をしていたが故に、虚をつかれたような気持ちになってしまった。なんだろう、これじゃない感が拭えないというか……。


 それは華橋さんも同じ気持ちだったらしく、二人して首を傾げてしまうのも何らおかしくはないだろう。


「ヤッタネ! エンレイは赤紫色、毒無効化魔法を習得した!」


 するとそんな微妙な空気を切り裂くように、テッテレテーと楽しげに歌いながら黒鳩さんが割り入ってきた。


「あー……ええと……まだこの毒は優しいやつだし、次はもう少し強い毒を無効化してみてよ。」


 もはや黒鳩さんの言動に突っ込むことを諦めたらしい華橋さんは、私に向けて言葉を投げかけた。


「わ、分かりました。」


…………


「うわぁー……これは、僕の存在意義を奪われたような気持ちになるやつだ……」


 先程掴んだコツをそのまま応用して、華橋さんが生み出す毒を消し続ける。それを十回程繰り返すうちに、華橋さんはそう言って顔を引き攣らせた。


「でも、毒無効化持ちがいると思えば……少しは自分を好きでいられるかな?」


 そういえば華橋さんは同族のリラ属性の人間からも怖がられるとか言っていたっけ。それが己を嫌う理由になっているだなんて、とても悲しいと思う。


「思わず毒を撒き散らしてしまったら私を呼んでください。どんな毒も消してみせますから。」


「はは、頼もしいや。……その時はよろしくね。」


「はい!」


 少しは華橋さんと仲良くなれただろうか。そうだと良いな。そんな願望を胸にしまいながら、私は笑った。

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