1-9

 ガイスト討伐に使う短剣はいつでも懐に入っている。それの重みを今一度確かめてから、私は街の外、ガイストがウジャウジャ湧いているエリアへと赴いた。


 街とその他を隔てる門を過ぎ、辺り一面に広がる草原をサクサクと歩く。


 すると早速ガイストを発見した。あれはレンガのような、土壁のようなものだから……ゲルプ属性のガイストだろう。それが四体。


 一人で対峙するには少し荷が重い数だが、そうも言ってられない。頼れる仲間なんてものはいないのだから。


 ゲルプ属性の魔法自体が防御に特化していることもあり、ゲルプ属性魔法と似ているガイストであるアレもとにかく硬く出来ている。


 腕力だけで短剣を突き刺して攻撃する私のタイプの天敵とも言えるだろう。刃が通らなければ、攻撃も攻撃ではなくなるのだから。


 まあ、他のガイストも遠距離から攻撃的な魔法を放ってくるものもいる、という意味では天敵のような存在ではあるが、それを言っていたら私はガイスト討伐に出られなくなるのでこの話題はやめにしよう。うん、そうだそうだ、そうしよう。


 それよりも、今はあのガイストを狩ることだけを考えなければ。と言っても私の攻撃の選択肢からして特攻しかないのだが。


 少しでも自分の怪我が浅くなるように──無傷で帰ってこられるだろうなんて甘い考えは一ミリも持っていない──、ガイストが油断しているだろうタイミングを見計らって走り出そう。痛いのは少ない方が良いに決まっている。


(よし、今だ!)


 ガイストの油断、隙を見て私は駆け出す。


…………


 ガイストの繋ぎ目というか、弱点になり得そうな比較的柔らかい部分というか、そんな所に短剣を命からがら突き刺し、なんとか四体とも倒した。


 勿論こちらも無傷ではいられなかった。まあ、四体もいたんだから。頭を中心に、色んなところから血を流しながらフラフラと木陰へと向かった。そして座り込み木にもたれながら頭を手で押さえて止血を試みる。


「はぁ……早く、止ま、れ……」


 ここはまだ街の外。だからいつまたガイストが現れて攻撃されるか分からない。一刻も早くここから立ち去るなり何なりしないといけないのだ。


 そんな思いは気を急かしていく。しかしそれに反して血は一向に止まらない。


 ああ、どうしよう。血を流しすぎて少し意識がブレてきたかもしれない。駄目だ、このままだと死……


「エンレイ!」


「あれ、君、大丈夫……じゃあ無さそうだね。意識はある?」


 その時、第三者の声が二人分聞こえてきた。一人は聞き覚えのある女性の声、そして高くも低くもなくとても穏やかな見知らぬ声。後者のその温かいお日様みたいな声に私はホッと息を吐いた。


「……あ、りま、す……なんと、か……」


「そう。でも早く処置しないといけない感じだね。立てそう?」


「む、り……」


「そう。じゃあ失礼するね……」


 そう言って穏やかな声の主は私を抱き上げた。そして揺らさないように、でも素早く移動してくれたらしい。


 私の意識はそこで途切れた。


…………


「ぅん……ん?」


 ハッと目が覚めるとまず最初に白い天井が見えた。どうやらあの後どこかに移動して寝かされていたようだ。


「ひっ、気が付きましたか? ……ああ! 起き上がらないでください!」


 起き上がって辺りを見回そうとしたが、この方に止められてベッドへと逆戻りする。


「……ここ、は……?」


「ここはノコギリ荘。この街一番の療養施設です。で、私はここの職員のサンキライでございます。そしてあなたは大怪我を負ってここに運ばれました。だから今は絶対安静です!!」


 捲し立てるような物言いに圧倒されながらも『早く帰らないと』と気が急いてしまった。


「そう、でしたか……。お手間をかけてしまい申し訳ありませんでした。もう帰ります。」


「私の話聞いてました!? あなたを今帰したら私が怒られるのに!?」


「あ、それは駄目ですね。」


 少し休んだからもう帰ろうかとも思ったが、私を今帰してサンキライさんが怒られるのは本意ではない。ということでポスッとベッドに寝転がることにした。


「いつ頃帰れそうですか?」


「取り敢えず今日は確実に入院です! 何せ一番酷い怪我が頭でしたから!」


「ええ……どうしよう。」


 ツユクサさんに『ガイスト討伐には行くな』と厳命されて今日出てきたというのに。これではお叱りどころの話じゃあないぞ。本当どうしよう。


「運んでくださった方々があなたの親御さんに連絡をしてくださるそうですから、ご安心ください。」


「あ、そういえば運んでくださったのはどなたでしょうか。何せ意識が朦朧としていたもので、覚えていないのです。」


「ああ、それは……」


 そこで言い淀んだサンキライさん。何か言えない事情でもあるのだろうか。だとしてもこの方からちゃんと聞き出して(どこのどなたかは分からないが)お礼をしなければならない。そう思ってジッとサンキライさんを見つめる。


「……寒陽様とアカシア様です。」


 寒陽って……サクラさんのことかな? そうか、通りで聞いたことがある声だと思った。


 で、もう一人のアカシア様って誰だ? 寒陽さんと一緒にいたということは相当な実力者なのだろうことは分かるが……


「分かりました。機会があればお礼をします。」


「ええ、そうなさってくださいな。……でもお二人ともランクSの方々ですから、一般の隊員がおいそれと話しかけることは難しいでしょう。」


「そう、ですか……」


 やっぱりランクSは、一般の人からすると雲の上の存在なのか。そんな凄い方に魔法を教われたというのは途轍もない名誉なことなのだろう。場違いな感想を抱きながら脳内でツユクサさんに今一度感謝する。


…………


「エンレイさん、お手紙が届きました。」


 その日の夜、サンキライさんから一通の手紙を渡された。差出人の名前はなく、ただ私の名前だけが封筒には書かれていた。


「ありがとうございます。」


「はい、私、しっかり渡しましたからね!」


 それではまた、とサンキライさんが出て行った後、私は早速その中身を開けてみることにした。


 少し薄暗い室内で手紙は読みにくいので、この前覚えたばかりのライト魔法を使ってみることにした。おお、この魔法、使い道あったじゃん。


「ええと、『エンレイへ』、と……」


『サクラたちから、あなたがガイスト討伐に赴き大怪我を負ったと聞きました。お説教は帰ってきてからにしますが、取り敢えず今は怪我を治すことだけに注力してください。


 ツユクサ』


「ひぇっ」


 いや、言いつけを破って大怪我を負った──私の感覚的にそんな大怪我ではないと思うのだが──らしいのだから、お説教は免れないことは分かっていた。


 が、改めて文字としてそう書かれると、相当恐怖を煽られる。淡々とした文字というのもそれを助長している気がするが、それはまあ置いておこう。……帰るの怖いな。


 帰ってからのお説教を想像してガタガタを体を震わせると、その振動によってカサリと紙が落ちてきた。どうやらもう一枚手紙が入っていたらしい。気が付かなかった。


『PS・ノコギリ荘にいるなら、オランジェの子……ラナンキュラスという子に青属性の魔法を教えてもらいなさい。ちなみに青属性は「治癒」です。』


 わあ、ツユクサさん抜け目ない。怪我している時にも出来る魔法の鍛錬を指定してくるなんて。それも『治癒』だなんて、まさに今の私に必要な魔法じゃあないか。


 明日起き上がっても良いとサンキライさんにお墨付きをもらえたら、その……ラナンキュラスさん?を探しに行って魔法を教えてもらおう。


 そう決めて、この日は早めに眠ることにしたのだった。

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