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「起き上がって少し散歩するくらいなら良いですけど、絶対安静は変わりませんからね! 言うことを聞かないで激しく動き回るようなら、紐でミノムシみたいにグルグル巻きにして物理的に動けなくしますから!」


 翌日。サンキライさんにこの中を歩き回っても良いかと聞くと、そんな怖いことを言われた。


 でもまあ、施設内を散歩と称して歩き回る許可はもらえた。だから良しとしよう。


 何となく、サンキライさんを怒らせてはいけないような気がするので、言いつけは守ろうと思う。昨日の時点で既に約束を破ってしまっているから、ツユクサさんのお説教が日に日に迫ってきているのだ。これ以上怒られるのはごめんだ。


「では、に行ってきます。」


「良いですか、散歩だけですよ?」


「分かってますって!」


…………


 キョロキョロと辺りを見回しながら施設内を歩く。手紙に書かれていたラナンキュラスさん?を探して。


 オランジェ属性の、とも書かれていたから橙の髪色で……


 そこまで考えて、そういえばここにいる職員の方たちは彩度は違えど皆橙色だったよな、と思い当たる。


 確かオランジェ属性は『回復』の魔法を使えたんだっけ。だから大抵実力のあるオランジェ属性持ちはここのような治療施設に勤める、とどこかの本に書かれていたはずだ。


 その中でもここ、ノコギリ荘は街一番というか、この世界でも数少ない『カナカ軍に入隊したオランジェ属性』が働く施設だったような気がする。


 と、そこまで考えて、ハタと気が付いた。もしかしたらツユクサさんが言っていたラナンキュラスさん?は寒陽さん同様ランクがお高い方なのでは? と。


 ……いやいや、考えすぎだ。ただ私と同年代の方々を引き合わせてくれたのだろう。うん、そうだそうだそうに違いない。


 嫌な考えを振り払うように頭を振って──勿論傷に響かない程度に、だ──、その時ふと視界に入ったもの……と言うより人、に視線が釘付けになる。


「……」


「……」


 庭のベンチに座っていたのは、鮮やかな短髪を外ハネに遊ばせ顔に仮面を付けている人だった。怪しさ満点なその人はここの職員の制服を着ているので、かろうじて不審者ではないと分かった。


 その仮面の人(仮)はかめんをこちらに向けて、ジッとこちらを見つめる。何故かそれに負けたくないと私も無言でジッと見つめ返すが──半分睨んでいたかもしれない。初対面なのにごめんなさい──、その人も負けじと見つめてくる。


 あれ、これっていつまで続けていれば良いんだ……?


 私から目を逸らすのはどうも負けたような気がして嫌なので、とは思っていたが、これでは決着がつかない。さてどうしよう。


「……あ、あのぅ……」


「……」


「ラナンキュラスさん、と言う方を探しているのですが、ご存知ありませんか?」


「……」


 ジッと見つめながらも聞きたいことを聞いてみる。が、仮面の人(仮)は一言も喋らない。え、本当どうすれば良いんだ??


「……お前が、ツユクサさんの後継か?」


 思ったより低い声が聞こえてきた。多分仮面の人(仮)が喋ったのだろう。


「そ、そうですが……?」


「フン、たかがガイスト討伐でそんなに怪我を負うような奴がツユクサさんの後継だなんて、俺は絶対認めない。」


「そ、それは……」


「だいたいツユクサさんもツユクサさんだ。こんな弱い奴が次期総指揮官だなんて、何をお考えなんだか。」


「……申し訳ありません。それは私の実力不足です。ツユクサさんは悪くありません。」


「それは勿論だ。ツユクサさんが悪いはずがない。悪いのは弱いお前だ。」


「……はい。」


 相当ボロクソに言われるが、言っていることは正しい。弱い私が悪いのだ。


 そしてまさか私の行いがツユクサさんの采配ウンヌンに直結するという考えに至らなかったのも悪い。


 私が弱いせいでツユクサさんも悪く言われてしまうという事実を突きつけられ、私はぐうの音も出なくなった。


「……ハァ、ツユクサさんたってのご命令だから完璧に遂行したいが、なぁ……お前の魔法の練習に付き合えだなんて、嫌だなぁ……」


 あれ、その言い方……もしかしてこの人がラナンキュラスさんってこと?


「弱いお前なんかと一緒にいることすら苦痛だが、それよりもツユクサさんに褒められたいからなぁ……仕方ないから魔法、教えてやる。」


 ラナンキュラスさん(仮)は全身で『私が嫌だ』と言いながらも、魔法を教えてくれるらしい。意外と良い人かもしれない……?


「お願いします! ラナンキュラス先生!」


「シャラーップ! ラナンキュラス大先生と呼べ!」


「はい! ラナンキュラス大先生!」


「よし、仕方なく! し、か、た、な、く、ツユクサさんのご命令だから本当に仕方なく、お前に魔法を教えてやることを覚えておけぇ!」


「はいっ!!」


 言い方はキツいし私のこと嫌いすぎだけど、嫌々でも魔法は教えてくれる。それだけでも救われた気持ちだ。


…………


「俺とお前の魔法は厳密に言うと違う。だが系統が似ているということで俺が抜擢されたのだろう。何せ俺はランクSのオランジェ属性だからな!!!」


 あっ……(察し)。やっぱりそうなるんですね。ドヤ顔──顔は見えないけど、態度がそれだ──でそう言われた。


「よろしくお願いしますっ!!」


「まずは俺のオランジェ属性魔法は『回復』。これは戦いで足りなくなったマナを食事以外で補給する時に使われる。マナは使えば使った分無くなるからな。」


「なるほど。」


「そしてお前の青属性『治癒』はその名の通り怪我を治すらしい。と言っても軽い怪我だけらしいが。だがぶっちゃけそれでもオランジェ属性よりも有用だろう。だから俺はお前が気に食わない。」


「すみませんっ、でも自分の属性は自分でどうにかなるものではないので!」


「わぁっとるわ!! イチイチ五月蝿い奴だな!?」


 そんなに怒って血圧大丈夫だろうか。頭の血管切れないかな? そんな風にどこかアサッテな方向に思考は進む。


「で、治癒の練習をするためには勿論傷が必要、なんだが。お前、ちょうどいい感じに怪我、してるな……?」


 表情は仮面で全く見えないはずなのに、ラナンキュラス大先生はニヤリと笑ったような気がする。


「取り敢えず、その自前の傷を治してみろ。」


「は、はい!」


「自分のマナを傷に向かって流して、傷が塞がるイメージを強く持つんだ。俺の場合はマナ不足の人に向けて、己のマナをその人が持つマナの形に整えて流していくんだが……」


 自分の傷ならマナの形を整える必要は無いだろう。


 なんだかんだラナンキュラス大先生は親切に教えてくれる。分かりやすい説明に、取り敢えず己の傷を塞ぐイメージを強く持つ。


 頭にマナを集めて、それで傷を塞いでいく……。そんなイメージでいたのだが、己の傷はうんともすんとも言わない。イメージの仕方が悪かったのか?


「下手くそ。」


「うっ、返す言葉もありません。」


 それならどうする? 頭にマナを集めてみて駄目だったんだ。それなら……


 己の指先──今まで使ってきた他の属性魔法を使うように──にマナを流し集め、指先を額の傷に当てる。そのままマナを指先から体外に流して……


「下手くそ」


「……」


「下手くそ」


「……」


「下手くそ」


「そんなに言うなら集中させてくださいよ!」


 そんなに何度も言われると傷つくんですけど! 主に心が!


「だって下手くそすぎるからな!」


「じゃあコツを教えてくださいよ!」


「何でも教えてくれると思うなよ!」


「それもそうですねすみません! じゃあ集中したいのでちょっと黙っててもらってもよろしいでしょうか!」


「じゃあ今日はここまでだな。明日までにその傷治しとけ!」


「はい!」


 確かにその段階すら出来ないと次にも進めないし、無駄にラナンキュラス大先生の時間を潰してしまう。それは良くない。


 この後はずっとこの練習をしないと。そして明日の朝までには完成させないと。またラナンキュラス大先生に何言われるか分かったものじゃないもの。


 今一度気合を入れ直し、自分の病室に戻ることにしたのだった。

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