1-8

 さて、黒鳩さんに魔法を教わることになり、早速疑問をぶつけてみることにした。どうやら黒鳩さんはツユクサさん同様、ヴァイス属性について書かれている書物を読んだらしいからね。


「先生! 質問良いですか!」


「はいなんでしょう。」


 その場のノリで先生呼びをすると、黒鳩さんもそれにノって無いメガネをクイっと直しながら先生っぽく返事をしてくれた。この人は元々ノリが良い人なんだろうことが窺えた。


「赤のライト魔法と緑の太陽光魔法は何が違うのでしょうか!」


 ぶっちゃけ『発光する』という意味で言えばどちらも同じ魔法になりそうだから、一体どのような差別化を図っているのか気になったのだ。


「良い質問ですね。」


 そう言って褒めてくれた後、簡単に言えば、と教えてくれた。


「赤のライト魔法は人工的な光、つまり電灯のような種類の光を生み出します。そして緑の太陽光魔法はその名の通り太陽の光、つまり自然的な光を生み出します。それが一番の差かな。」


「なるほど……?」


 理屈は分かった。が、実際魔法として使い分けられるイメージが湧かない。


「で、太陽光の練習をするには俺のグリュン属性と合わせて使ってみるのが効果的、とかいう意味合いでツユクサさんは俺たちを引き合わせたんじゃないかな?」


 ということで、と前置きをして黒鳩さんはスッと右手を一度横に振った。すると何も無かった土からボコッと植物が生えてくる。そしてそれは黒鳩さんの身長の半分程度まで成長した。


 ここまで緻密で美しいグリュン属性の魔法は初めて見たが、これのどこがハズレなんだろうと余計不思議に思うだけだった。


「ある程度まで成長させたこの植物は俺と感覚を共有させているからさ。太陽光をこの植物に当ててみるイメージを持って、そしてマナを外に向けて流してみて。」


 黒鳩さんに言われるがままの通りにイメージ、そしてマナを流してみる。赤のライト魔法を既に成功させているからか、マナを流すイメージに労力が要らなかったのは嬉しい誤算だ。


 ポッと可愛い音を立てて点いた明かりは……どっちだ。人工的なのか自然的なのか、判断がつかない。


「あー、これはライト、人工的なものだね。」


「いやどうやって分かったんです!?」


「だってこの植物が喜んでないからね。それに、ヴァイス属性が持つ太陽光を浴びた植物の成長スピードは目に見えるほどに早いって書いてあったし。」


 前者については感覚共有している黒鳩さんにしか分からない感覚だが、後者である『目に見えるほどの成長スピード』は傍目から見ても分かりやすくて良い。


 なるほど、そういう見分け方があるなら早く言って欲しかった。そう思ったが、まあ、それは言わないでおく。


「では、この植物が成長するイメージでもう一回やってみます。」


「あいよ」


…………


 あれから何度も何度も試しては落胆し、遂には本物の太陽が落ちてきていた。それが傾いたことで薄暗くなった植物園の温室内は私の魔法練習のためにだろう、まだ照明がついていない。


「さて、時間的にもそろそろ今日は終わりかな。」


「は、はい……」


 精神的な疲れ出てきている頃合いだったが、今一度集中してさっきの敗因を頭の中で探し、それを修正しながらもう一度マナを流す。太陽、植物が喜ぶ、日向ぼっこ、暖かくも強烈な自然の光……


 ボウッ


 そうして流れたマナはさっきまでとは全く違う音を立てて明かりへと変換される。それもさっきまでとは温かみの違う……


「やったな! 成功だ! 正直あともう何日かはかかると思っていたんだけど、さすがヴァイス属性に適正がある子だな!」


 燦々と降り注ぐ太陽光を浴びながら、黒鳩さんはまるで自分のことのように喜んでくれる。そのことがより一層達成感を強めてくれるようで。私も今までにないくらい破顔する。


「やっぱり教えてくれる方が良かったからですかね! 黒鳩さん、ありがとうございました!」


「まあ、それほどでも……あるんだけどね?」


 陽気なノリが面白くて、気楽でいられて、もし私に兄がいたらこんな感じだったのかな、だなんて烏滸がましいことが頭をよぎったのだった。


…………


 あの後白花家に戻ってきてからも、今日の復習として何度も太陽光を生み出しては消してを繰り返す。勿論、それができない時間は体内を巡るマナを強く意識したりもして。


「エンレイ、今日は充実していたかしら?」


「はい! それはもう!」


 黒鳩さんとのやり取りは終始楽しかった。最初こそ少し気まずい感じだったが、よく分からないうちにそれも無くなっていたし。


「そう、それは良かったわ。で、明日の予定は今伝えておくわね。」


「はい。」


 ツユクサさんにしては珍しく唐突じゃない。そこに驚きながら話を聞く。


「明日は休養日にしようと思うの。だから家でゴロゴロするも良し、お出かけしに行くのも良し。好きに過ごしてちょうだい。」


「……は、はい。」


 ツユクサさんの言葉の真意が掴めず言葉が詰まってしまった。しかしツユクサさんのその笑みを見て、何か策略を巡らしているのだろうと無理やり納得させることにした。


「あ、ガイスト討伐には行かないように。せっかくの休養日なんだから、少しは休みなさいね。」


 ウッ、何故『じゃあ明日はガイスト狩りに行こうかな』だなんて考えていたのがバレたんだ。……いや、ツユクサさんだものな。思考を読まれてもおかしくはないか。


「では、少し街を見て回ってきます。」


「分かったわ。……あ、そうだ。外に出るなら、あなた用に仕立てたローブを着て行ってちょうだい。まだあなたのお披露目もしていないから、あなたの白髪を見た市民が何をするか分からないもの。」


 そうか、ここ最近出会う人たちは皆私の髪色を見ても気味悪がったりしなかったが、そうだ、ここに来るまでの迫害っぷりは身に染みている。


 それに遭わないための策も用意してくれていたのか、と感謝の気持ちでいっぱいになりながら明日着る洋服を頭の中でピックアップする。


「もう少しの辛抱だから、待ってちょうだいね。」


「ご配慮、感謝します。」


「ええ。明日は楽しんできてね。」


「はいっ!」


 珍しいほどに柔和な笑みを浮かべてツユクサさんはそう言った。


…………


「わあ……!」


 次の日になり、私は一人で街に降りてきた。今日は分厚い雲に覆われている少し残念な天気だが、それを忘れてしまうような高揚感に包まれる。


 何故って、そりゃあ、この街の活気づいた様子を見たからだ。今までいた孤児院の近くにはここまで発展した街が無かったから、余計そう思うのだろう。


 あれちょうだい、幾らだい、銅貨三枚だよ、などと買い物を楽しむ声、それぞれが雑談に花を咲かせる声、パタパタ走り回る子供の靴音、キャラキャラと笑う声。エトセトラエトセトラ……


 ワクワクするなと言う方が無理だろう。キョロキョロと辺りを見回していると、近くの出店の店主と買い物客の子供の会話が耳に入ってきた。


「あら、お兄ちゃんは今日は来ていないのかしら?」


「あのね、おにーちゃんね、カナカぐんにはいったんだけどね、とーばつちゅーにおおけがしてね、まだおきないの」


「そう……」


「ねぇ、いつになったらガイストっていなくなるの? もうおにーちゃんけがしてほしくない!」


「そう、ねぇ……」


 その会話を聞き、楽しんでいた気持ちが一気に現実へと引き戻される感覚に陥った。


 私みたいな穀潰しこそ、一匹でも多くガイストを討伐して世界に貢献しなければならないのに。それを思い出させられ、私の足は無意識のうちに街とは反対方向へと向いたのだった。

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