1-4
「お初にお目にかかります、白花 エンレイと申します。若輩者ではありますが、お力添えのほどよろしくお願い致します。」
これで大丈夫だろうか、などと内心冷や汗ダラダラ掻いて──勿論表に出しているつもりはない──自己紹介をする。
すると真紅の彼女は『まあ、及第点ね』と呟き口角を上げた。
「ではワタクシも。三侯爵
「らんくえす……」
真紅の彼女……寒陽さんは自信満々にそう自己紹介し、私はその言葉を聞いて己の意識が遥か彼方に飛んでいきそうな心持ちになった。そして昔に読んだ書物の内容を思い出す。
カナカ軍では闘争心や向上心を刺激する為にランク制を取り入れているらしい。そして一般の隊員は実力によって低い方からE、D、C、B、Aと五つのランクに振り分けられる。
ランクBですら相当な実力者の称号を恣にできるくらいだというのに、この寒陽さんはまさかのランクS。
ランクSは、一般隊士の最高ランクAよりも上の最上級のランクで、カナカ軍の総勢が数千なのに対して、ランクSは両手で足りる程度の人間しかいない。それくらい狭き門であり、実力も化け物じみているという噂は私も知っている。
ランクAでは足りないと皆に思わせるような実力者であることは勿論、既にランクSになっている者の推薦が無いと正式にランクSは名乗れない。それくらい特別なランクであるのだ。
私と変わらないくらいの年齢──つまり見た目は十代──でそれとは……。寒陽さんは髪色以上にとんでもない実力者でした。まる。
「……俺は
あっ……(察し)。この蒼天の彼、もとい夜香さんもそうなんですね、はい。
まともに属性を扱えない私なんかが気軽に話しかけて良い方々では無かったようだ。このすごい方々を私が率いるという未来は全く見えてこなかったが、そうも言ってられない。唯一の存在意義を与えてくださったんだ、報いなければ。
少し心が折れかけたが、存在意義を失いたくないと心を強く持つ。私にとって存在意義とはそれほど大事なものなのだから。
「それで、二人にはエンレイの教育係になってもらおうかと考えているんですの。」
そして唐突に話をぶち込んでくるツユクサさん。
「ツユクサ様っ、何故ワタクシが!?」
絶対嫌だ、というような苦い顔を隠しもせずに反論する寒陽さん。それを見越したようにツユクサさんは追撃する。
「次期総指揮官を育てると思って、ね?」
「……」
「お願い。サクラやラン、ギンヨウたちにしか頼めないことなの。」
「っ……、分かり、ました。」
寒陽さんは嫌そうな顔をそのままに肯定した。その一方で夜香さんは終始無言で、何を考えているか分からなかった。
「ということで、あとは若い人たちで交流してくださいな。」
そう言ってツユクサさんはこれまた唐突に席を外した。あれなのか、ツユクサさんって何に対しても唐突でマイペースなお方なのかな? そうだよね、そうとしか考えられないよね。よし、納得した。
「……」
「……」
「……」
そして残された方としてはまあ、三者とも口を閉ざせば重い空気と沈黙が広がりますよね。はい。
中庭にある植物が風に揺れる葉音しかこの空間には存在しないのではないかと錯覚してしまうほど静かだ。ああいや、現実逃避は良くないな。
「……ええ、と……改めまして、属性魔法についてご教授いただければ幸いです。」
「……」
何とか話を切り出そうと口を開くが、寒陽さんからはプイッと顔を背けられ、夜香さんは返事もなく黙ってジッとこちらを見つめてくる。ええ、これ、どうしたら良いの……?
私が内心オロオロと慌てふためいていると、それを察したらしい寒陽さんが一つため息を吐いた。
「……ハア、分かりましたわ。エンレイ、だったかしら? 今から教えて差し上げますわ。このワタクシから直々に教えを乞うことが出来る贅沢をその身に刻み込みなさい。」
「ありがとうございます! 魔法を発動させる所で躓いていて……!」
「はあ!? 初歩も初歩じゃない! あなたは今まで何をしてきたのかしら!?」
「いや、本当、すみません……」
それに対してはもう言い訳するまい。こうなると分かっていたのなら孤児院で定期的に行われていた属性魔法の授業に、良い顔をされなくても我を通して出席するんだった。そんな後悔しか頭に浮かばない。
「で、あなたは何の属性を扱えるのかしら? 見たところ……と言ってもその髪色は見たことがないわね?」
寒陽さんは私の髪色を見ても気味悪がらずに接してくれる。それだけで信用に足る人だと私は思った。だから包み隠さず全てを曝け出す。
「
「あ、髪色そのままの色だったのね。……でも
「そこはなんとも……。今日、それもついさっきこの場を設けていたことを教えられて、何がなんだか分からないままここにいるので……」
「まあ、ツユクサ様らしいわね。あの方、結構そういう所があるから。」
あ、ツユクサさんってやっぱり普段からそうなんだ。
「……総指揮官には、何か思惑があったのだろう。」
「ラン……あなたのツユクサ様贔屓は変わらないわね。」
「……」
あれ、この二人、気安い仲だからこそこの容赦ない言葉のやり取りを繰り広げているのかもしれない……? そう私が思い始めた所で二人はお互いをギロリと睨んだ。
「ラン、あなたはまた黙りかしら? いい加減他人に察してもらおうだなんて甘い考え、捨てた方がよろしくてよ?」
「……」
あ、やっぱり撤回。あまり仲良さそうじゃないや。そう結論を出して内心ハラハラとしながら二人のやり取りを見ていたら、寒陽さんはギュンと音が聞こえてきそうなほど勢いよくこちらを向いた。それにビックリしてしまったのは秘密だ。
「ああ、こんな所で無駄話を続けている場合ではありませんでしたわ。ツユクサ様にお願いされた通り、早急にあなたが魔法を扱えるように指導しなければ。ツユクサ様にいっぱい褒めていただくためにも、カナカ軍のためにも。」
そう言ってニッと不敵に笑った寒陽さん。あくまで私に教えるのはツユクサさんに褒めてもらうため。そのスタンスでもなんでも、教えてもらえるなら私としては幸いだ。
「よろしくお願いします!」
…………
「まず、ワタクシたちの体内にあるマナと呼ばれるエネルギーがあるのはご存じ?」
「はい、それくらいなら。」
孤児院で読み漁った本の中にマナの原理は書かれていたのを思い出す。
確かマナは食事などから摂取されて、マナ溜まりという臓器に蓄積されていくんだったっけ。
「そう。じゃあ話は早いわ。それの存在を体感する、または感知する。そしてそれをマナ溜まりに貯めるのではなく全身に巡らせる。」
寒陽さんはそこまで言った所でビシッと人差し指を私に向け、『まずそれが出来なきゃ話にならないわ』と言い放った。
「ワタクシも暇じゃあありませんの。だからそれが出来るようになったらまたワタクシを呼んでくださいまし。」
言い方は優しくないかもしれないが、その表情はとても慈愛に満ちていた。それに数瞬見惚れたが、ハッと意識を戻して返事をする。
「頑張ります!!!」
思ったより大声が出てしまったが、それはまあ、見惚れていたのを誤魔化したわけではなくて、その、気合いを入れたかったからであって、その、その……
「ということで、ワタクシはそろそろ帰るわ。ランもこの後任務じゃあありませんでした?」
「……ああ。」
私が内心で言い訳を並べ立てている間に、次の行動へと移るために二人とも席を立っていた。
それに一歩出遅れる形で私も席を立つと、二人はその音に反応してこちらを向いた。
「ではまた、ね。エンレイ。期待しないで待っててあげるわ。」
「……また来る。」
「今日はありがとうございました!」
寒陽さん、期待しないと言いつつも待っててはくれるんだ……! 待っててもらえるだなんて相当幸せじゃあないか! と私は目を輝かせる。
だって私のことが心底嫌いで死んで欲しいとまで思われていたのなら、絶対『待つ』なんてことはしてはくれないのだから!
これは一日でも早く習得しなければ!
俄然やる気になったのは当然のことだった。
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