1-3
「まずは
その言葉から始まった魔法の稽古。原理を知ることで、己が使う魔法について深く学べるということだろう。
「
光の三原色……? 何故
「光の三原色である赤と青と緑、二色合わせた赤紫と空色と黄色、そして三色合わせた白。この七色が白属性持ちは扱る、と文献には載っています。なのであなたにもこの七つの魔法を覚えてもらいます。」
「七つ……」
この世界の人間は幼い頃から魔法を練習していた。そんな中、年月というハンデを私は元々持っていると理解していたつもりだったが、今から七つも覚えるとなると相当な努力が必要だろう。
一瞬その果てしなさに圧倒されかけたが、ようやく与えられた私の役目を全うするためなら頑張れる。そう思い直して今一度気合いを入れる。
「まずは……そうですね、単色の……赤色の取得から始めましょうか。赤は『ライト魔法』です。」
色の三原色において赤は『火』であり、ガイストを討伐するにおいてもとても攻撃的で有用性が高い。
しかし光の方はライト魔法と……。どうしてもその色の魔法を使ってガイスト討伐するイメージが湧かず、一瞬肩透かしを喰らった気分になった。
「ライト魔法はまあ、ガイスト討伐においてはあまり使用されませんが、魔法の使い方のコツを覚えるためにも覚えておいて損はありませんよ。何せ『光』の三原色において『ライト』は基本ですから。」
それを見透かされてツユクサさんにそう窘められた。
「す、すみません。集中します。」
そうだよね、次期総指揮官に私を指名しておいて無駄なことをなさるわけないよね。駄目だ、気を引き締めないと。一度深呼吸をしてからツユクサさんの言葉にもう一度集中する。
「そうです、無駄なことなんてありませんよ。きっと。そうでなければ……」
そう最後の言葉を濁して、ツユクサさんは『いえ、何でもありません』と首を振った。総指揮官ともなれば色々思うところがあるのだろう。そう深く考えずに流してしまった。
その言葉についてもう少し深く考えることができていたのなら、あんなことにはならなかったのだろうか。それとももう引き返せないところまで来てしまっていたのだろうか。それはこの時点の私なんかには想像すらできるものでもなかったのだった。
…………
「む、難しい……。ライトを付けるってどういう感覚なんだ……?」
それからはツユクサさんの言葉による指導の元──だってツユクサさんは
まあ、今まで魔法の適正が無いと思ってサボっていたツケが回ってきたのだろうと腹を括り、ただひたすらに赤属性魔法を練習する。
「よくあるファンタジー物語にあるような呪文なんて都合の良いものなんてありません。自分の手の中で明かりが灯る様子を鮮明にイメージするのです!」
その言葉を信じて蝋燭の光がポッと灯る様子を鮮明に思い浮かべても、私の魔法はうんともすんとも言わない。イメージの仕方が悪いのだろうか。
「とにかくイメージです!」
人の機敏に鋭く心を読んでくるツユクサさんにしてはいやに抽象的で、私としてはどうして良いものかとホトホト困り果ててしまっていた。
「うーん、イメージの仕方に問題がありそうですねぇ……あ、なら同世代で将来的に仲間となる方々にご教授いただきましょう! ええ、そうしましょう!」
ここ三日の進展なしに焦ったのか、ツユクサさんが無理やり指南の方向性を変えた。その唐突さに違和感は覚えたが、総指揮官としてお忙しい中指導してくれているということもあり、そんなこともあるかと納得させた。納得『した』ではなく『させた』だ。
「ということで、唐突ですが今日の午後、お茶会という名のエンレイお披露目会を開催します! ……と言っても単色三家のご子息ご息女だけなのですが。もう連絡は入れているので、急いで準備しましょう!」
これまた唐突ですね!? とツッコミを入れなかった自分を褒めてあげたい。
「そうと決まれば、着替えをしましょう! 白花家がカナカ軍において最高位とは言え、赤青黄の三家もそのすぐ下にある昔からの由緒正しいお家ですからね。変な格好は許しませんよ。キンレンカ、着替えを手伝ってあげなさい。」
「かしこまりました。ではエンレイ様、」
「はい、よろしくお願いします。」
「エンレイ様、メイドである私に敬語は不要だと何度申し上げればよろしいのですか?」
ここ数日、キンレンカさんにはずっと同じことを言われてしまっていた。どうしても今までの『自分が底辺』という意識が抜けなくて。いや、これも言い訳だな。気を付けないと。そんな意気込みで返事をする。
「すみません、気を付けま……気を付けるわ。」
「ええ、ええ、その調子でございます。……では改めまして、ご案内します。」
そう言って微笑んだキンレンカさんに連れられ、着替えやら何やらの準備に追われることとなったのだった。
…………
身綺麗にして、知識としてしか理解していない礼儀作法を脳内で復唱しながらお客様の到着を中庭で待つ。
玄関まで迎えに行かなくても良いのかと聞いたら、ボスはドッシリ構えて待っていた方が良いのだとツユクサさんは自信満々に教えてくれた。
ということで中庭に用意された椅子に座り、品の良い淡い水色のワンピースの裾を手で遊ばせながら、ソワソワ落ち着かない気持ちで来客を待つ。ツユクサさんは慣れたもので、優雅に紅茶を嗜んでいた。
「貴女のその知識量なら大丈夫よ。だから今日は友達を作るくらいの気楽さでいなさい。」
私の知識量すら把握しているようなツユクサさんのその言葉に少し恐怖すら感じてしまうのも仕方なかろう。
瞳が見えないほどのニッコリ笑顔なのが余計に恐怖を掻き立てているような気もしなくもなかったが、まあ、それは置いておこう。というかツユクサさんの目は何色なのだろうか。いつか見られるだろうか。
「ああほら、そうこう言っている間に到着したみたいよ。」
その言葉の十五秒ほど後にタタタッと軽い足音が私にも聞こえてきた。え、ツユクサさんってもしかして聴覚も異常なほど発達している……? そう明後日な方向に思考が飛んでいくのも仕方ないだろう。だってツユクサさん、あらゆる面で超人的なんだもの。
「ツユクサ様! お久しゅう! 会いたかったですわ!!」
私がそんな風に思考を飛ばしている間にお客様がツユクサさんの目の前で綺麗に一礼した。
耳の上でツインテールに結ばれた鮮やかな赤髪と黒の大ぶりリボンを揺らし、真っ赤で大きな吊り目をキラキラと輝かせている少女は、ツユクサさんが大好きなのだと全身で伝えてくる。
この方は
「サクラ、来てくれてありがとう。今日は私の娘を紹介したくて、ね。」
そう言ったツユクサさんは私に視線を集める。真紅の彼女はそれに倣って私をジッと見つめ、ハンと鼻で笑った。
「ツユクサ様のご息女、ですか? それにしては似ていらっしゃらないし、オーラも何もありませんのね。」
「まあまあ、サクラ落ち着いて。確かに養子だから顔は似ていないかもしれないのだけれど、この子は力を内に秘めているわ。」
「お言葉ですがツユクサ様、ワタクシの目にはこの娘にその様なポテンシャルを秘めているようには見受けられません!」
「そうかしら……。私が自ら赴いて見極めたのだけれど……私も耄碌したかしらね。」
「いえ、ツユクサ様はそんな! まだまだお若いです!」
「じゃあ、判断を下すのは今じゃなくてもいいわよね? この子と関わってから改めて私の娘として相応しいか判断してくれないかしら?」
「……御意。」
わあ、さすがツユクサさんだ。嫌々とはいえ、私の存在を認めさせたんだもの。私もこうなりたいと今一度次期総指揮官として意識を高く持つ。
「あ、来たわね。」
また音が聞こえる前にツユクサさんは顔を外へと向けた。もう突っ込みは入れないぞ。そうだ、こんな超常的な現象もツユクサさんだから、で纏めてしまおう。そうだそうだ、そうしよう。
コツコツとゆったりとした足音を鳴らして現れたのは、これまた見たことのないほど鮮やかな青いポニーテールと、真紅の彼女よりも吊り上がった青い目が特徴の少年だった。
「お久しぶりでございます、総指揮官殿。」
「よく来てくれましたわね、ラン。今日は私の娘を紹介しようと思って呼んだのよ。」
「……」
青い……蒼天の彼はツユクサに紹介された私をジッと見つめ、何も言うことなく視線を逸らした。こ、これはどういう意味の行動だろうか?
「さて、全員集まったし、お茶会を始めましょう!」
「待ってください、ツユクサ様。ギンヨウの姿が見えないのですが。」
「ああ、彼は今日風邪を拗らせて来れないと事前に連絡が入っているわ。だから、彼にはまた機会を改めて紹介しようと思っているわ。」
「そうでしたか。」
「……軟弱な奴だ。」
「まあ、誰もがあなたのように脳筋なわけでは無くてよ?」
「俺は脳筋ではない。」
真紅の彼女と蒼天の彼のやり取りは一触即発な空気を纏っているように思える。私はどうしたら、と内心オドオドしていたが──勿論、表には出していないはずだ──、それをも見透かしたツユクサさんがさて、と話を変える。
「ではまずお互い自己紹介をしましょうか。まずはエンレイ、あなたよ。」
自分の知識を総動員して、失礼のないように言葉を慎重に選んでいく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます