1-2
「この子を引き取らせてください。」
ガイスト狩りから帰り、その報酬を孤児院の職員に分取られた後。戦闘で負った痛みに鞭打ってズルズルと体を引きずりながら自室となる物置小屋へと向かう道中のことだった。
少しだけ薄い青色のサラサラストレートロングヘアを風にたなびかせ、閉じられたような細い目を微笑みに歪めたミステリアスな女性がこの孤児院にやって来た。そして一言目にそう言った。私を指して。
孤児院の職員たちは気味が悪い
それからは息つく間もなく孤児院を出て行く準備をさせられ──と言っても持っていく物なんて無かったからすぐ終わったが──、そのまま女性と共に車と呼ばれる最新の乗り物に乗り込んだ。
車なんてまだ最近出始めの最高級品であるのに、それを足として普通に使うこの人の得体の知れなさには戦々恐々してしまった。さらに言えばあまりの展開の早さに頭が追いつかないでいた。
混乱した中でうっすら感じた車の乗り心地の良さは筆舌に尽くしがたく、逆に落ち着かなかった、とだけ言っておく。
…………
「これからあなたは私の娘です。ようこそ、白花家へ。」
車から降りると、目の前には豪邸が広がっていた。気後れす、る……
「白花家!?」
今の今まで自己紹介もせずホイホイとついて来てしまったが、まさかのその苗字が出るとは思わず、痛みも忘れて大声で聞き返してしまった。
白花家とはカナカ軍において一番大事なお家だ。というのも、この組織のトップである総指揮官を代々担うお家なのだから。
そんな白花家の娘に私がなる、と!? そんなそんな恐れ多いこと出来るはずがない!
「あなたは私の跡を継いで、ゆくゆくはカナカ軍の総指揮官になるの。あなたが渇望した存在意義、それが次期総指揮官であることよ。」
そう言って女性はカナカ軍の総指揮官しか持つことを許されない紋章を目の前に掲げた。これでは疑う余地はないだろう。
「いやいやいや無理です! こんな何も無い私に務まるはずがありません! それに、私は白花家の血筋とかでも無いですし!」
「大丈夫。それについては追々教えてあげるから。血筋は……まあ、どうにかなるでしょう。それに、今までのような待遇ではないわよ? ちゃんと人並みの、普通の生活を与えてあげられる。」
私が渇望してやまないモノを的確に当て、そしてそれを私の目の前にぶら下げた。まるで見透かされているかのようで少し怖かったが、カナカ軍の総指揮官ともあろうお方ならそれくらい察することなど容易いのだろう。
「……本当に、私なんかで良いんですか?」
「ええ。私の次は貴女と決まっているわ。」
考える間もなくこの女性に言い切られてしまえば、私に拒否する権利はないだろう。何せ埃みたいな私なんかが楯突いていいお家ではないのだから。
そうと決まれば、と私はスッとこの女性に対して跪く。
「……それが何もない私の役目だというのなら、血反吐を吐いてでも遂行してみせます。」
「ええ、頑張ってちょうだいね。私の娘、白花 エンレイ。」
「はい。」
これがカナカ軍総指揮官、白花 ツユクサさんとの出会いだった。
「さて、と。難しい話は一旦終わりにして。まずはお風呂に入って、手当もして、あとは髪も切り揃えてしまいましょう。それからまたお話ししましょ?」
女性、ツユクサさんはニコニコと笑って話を変えた。確かにガイスト討伐帰りであまり綺麗ではない状態のまま来てしまったことに今更気が付き、車とやらの座席を汚してしまったのでは、とサッと顔が青ざめる。
「それは無いから気にしないで。ほら、早く早く。」
私の心の声に返事をしたツユクサさん。わあ、さすがの総指揮官様だ。読心術もお手のものというわけか。目標は高い方が燃えるという私の心理をも突いている、と。
私もいつかはこうなれるように頑張らなければ。初めて与えてもらえた役目を果たさんと意気込んでしまうのも何らおかしくはないだろう。
…………
風呂に入り傷の手当ても受け、不揃いだった髪を肩にギリギリつかない程度に切り揃えて貰い──孤児院の子供達に気味悪いと切られたやつだ──、一段落ついたところでツユクサさんのメイド、赤髪のキンレンカさんに案内されたのはツユクサさんの執務室だった。
「……良かった、ちゃんと白ね。」
さっきよりは綺麗になった私を見てそう言葉を零したツユクサさん。どうやら私の白髪が目当てだったらしい。こんな何もない白をどうして欲しがったのかは謎だが、それも含めてこれから説明されるのだろう。
「はい、何もない白です。」
「まあまあ、そう卑下せずに。さあ、座って。」
そう勧められた椅子に座り──これも相当お高いものだろうと想像できる座り心地の良さだった──、ツユクサさんと対面する。
その間にキンレンカさんがお茶を出してくれて、長話する準備が整ったようだった。
「さて、まずは改めて自己紹介を。私はこの白花家当主、白花 ツユクサよ。」
「私は深山 エンレイです。あ、でも白花さんに引き取られましたので、これからは白花 エンレイになるのでしょうか。」
「ええ、まあそうなるわね。」
深山という苗字には思い入れもないし、別に変わったからと言って私という存在が変わるわけでもない。だからあっさりそこは受け入れる。
が、私はそこではない部分を知りたいと思っていたのだ。お風呂に入れられた時に考えていたことをさっそく聞いてみることにした。
「あの、質問はいいでしょうか?」
「勿論。そのために設けた場ですから。」
「ありがとうございます。では、まず何故数ある子供の中から、何もない私を引き取ろうと思ったのでしょうか? 確かに白髪は私だけですが、それが引き取る決め手になるとは到底思えません。」
「そうね、まずはそこから話しましょう。」
そう言って一度お茶で湿らせた口から聞かされた事実に、私は衝撃を受けた。
「まず、この世界の属性は七つではないの。本当は八つ。あなたのその
では何故その
でも、一つだけ分かっているのは『
まあ、つまり詳しいことは分からない、ということか。しかし私にも属性があったという事実を聞き、とにかく嬉しかった。
「ということでまず最初、あなたには属性魔法を扱えるようになってもらうわ。ガイスト討伐に必要なものは身についているようだからね。」
「分かりました。」
ガイスト討伐に必要なもの、とは剣捌きとかだろう。確かに小銭稼ぎとしてガイスト討伐には何度も駆り出されているから。
そして属性魔法について私は何も知らないのだから、先見の明を持つツユクサさんに従うのが最適解だろう。考える間もなく肯定した。
「じゃあ善は急げとも言うし、貴女の疲れもそれほどでもなさそうだから、さっそく魔法の稽古に入ろうと思うのだけれど……良いかしら?」
「勿論です。属性魔法が扱えなければ、私の存在意義はありませんから。」
ツユクサさんが私を引き取った理由がそれなのだから、最低限魔法を扱えるようにならないと私はただの穀潰しでしかない。
だから内心気は急いていた。それを汲み取ってくれたツユクサさんに頭を下げ、またとない申し出だと即答した。
そしてその答えは正解であったようで、ツユクサさんは今まで以上に笑顔を深めて一つ手を叩いた。
「その返答を待っていたわ。では、今から中庭で属性の習得に励んでくださいな。」
そう言ってツユクサさんは私を引き連れて外へ出た。中庭と言っていたが、どれほどの広さがあるのだろう。少しだけワクワクした気持ちを持って歩いていくと、それが見えてきた。
「わあ……!」
魔法の練習ができそうな拓けた土地を中心に、品よく植えられた植物の数々。太陽の光でキラキラ輝くそれが放つ爽やかな香りが鼻を擽った。どれも綺麗に手入れされているのが良く分かる。
「綺麗でしょう。何たって私プロデュースの庭だもの。稽古が終わったらジックリ案内してあげるわよ。」
「是非!」
稽古を頑張るためのやる気を引き出すのも上手い。さすがツユクサさんだと感心しながらも気を引き締める。弛んだ気持ちで臨んではいけないから。
「……良い顔ですわね。では、教師役は僭越ながら私が。何せ
「はい! よろしくお願いします!」
まさかツユクサさんに教われるとは思っておらず、真剣に稽古しなければならない状況なのに高揚感でいっぱいになってしまったのだった。
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