いっしょう
1-1
今日も今日とて、私は痛みに鞭打って孤児院の図書室に忍び込んだ。月明かりがあれば少しは文字を読めるだろうと踏んで。
私は存外焦っていたのかもしれない。己の存在意義を追い求めて。
まだ読んでいない本──これは歴史書らしい──をパラ、と巡っていく。
………………
…………
……
この世界は、色の三原色からなる七人の始まりの魔法使い、通称アンファングが創り上げたとされている。
そして、
そうして出来た『ブント』というこの世界は、魔法が常識として存在するものとなった。
そして、いつから存在するか定かではない世界の異物、『ガイスト』と便宜上名称を付けられた魔物のようなモノとの長きに渡る戦いで主にそれは使われるようになった。
ガイストとは、人間を憎く思い『人間絶滅』を望む人外の総称であり、何の種別の生き物なのかは未だ解明されてはいない。
というのも姿が色々あるからだ。火の玉のようだったり、レンガのようだったり、水の玉のようだったり……
まるで属性魔法の精霊のようだと言った昔の人間がそれらを『
人間絶滅を望み、人間に害を齎すモノとしてガイストは見つけ次第排除され、対して人間はガイスト絶滅を夢見て一致団結して戦っている。
…………(中略)
それから千年経ったアンファング暦一〇二七年、今現在。魔法と文明が発展してきたこの現代ですら、ガイストとの戦いが世界各地で絶えず繰り返されていた。
人間もガイストもこの千年で絶滅しなかったという歴史から、ガイストの厄介さや何やらを推し量ることは容易だろう。
お互い勝つこともなく、負けることもない。そんな殺し殺され拮抗した力の中、人間側はこの世界的な戦いに参加する
名はカナカ軍。ガイスト殲滅を組織の理念として掲げて活動している。
この世界においてカナカ軍に入るということはとても名誉なことであり、子供の憧れの職業第一位でもある。
………………
…………
……
パタリと歴史書を閉じる。ああ、やっぱり知っていることしか載っていなかったな、と落胆しながら私は息を吐いた。
どう読み込んでも私の状況に関連したものは無いのか。優しく辺り一面を照らす月を見上げながら私はもう一つため息を吐いた。
この世界では魔法は当たり前。絶対誰でも七つのうちの一つ属性を持っている。それが髪色と目の色にも現れる中で、私はただ一人の属性無し。
髪色は何もない白で、目は何故か水色。誰もがこの存在しないはずの髪色を見て気味悪がった。
だから親にも捨てられ、孤児院でもその他でも虐められ続けている。ご飯は三日に一度あれば良いくらいで、髪が気持ち悪いとざっくばらんに切られる。その他心身共に……いや、もう何も言うまい。
しかし私はそれに甘んじるつもりはなく、魔法が使えないのならと代わりに知識をつけた。そして同時に何故私は属性無しなのかを出来る限りで調べた。
しかし、まあ、成果は……ご覧の通りだ。収穫ゼロ。どの書物をどんなに隅から隅まで読んでも魔法の属性は七つ。
・色の三原色からなる属性
『
・そしてそれを二色混ぜた属性
『
・最後に三色合わせた
『
それ以外の色属性は存在しない。そう本には書かれているし、実際それ以外の髪色の人間なんて私も見たことがない。自分以外で、だが。
この世界において異物として知られるガイストですら、それの説明はどこかしこに存在している。そう考えると、何の情報も無い私の方が余程この世界において異物だ。そんな風に考えてしまうのも仕方なかろう。
と、まあこんな人生を送っていれば、辛い現実から逃げるためにも死んでしまおうか、だなんて考えてしまうのも必然というもので。
まあ、何故かそれは毎度説明が付けられない力によって阻止されるから今も生きているのだが。五十回を過ぎた辺りで死ぬことすら諦めた、とも言う。この現象についても調べているが、成果はご覧の通りだ。
知りたいことは何一つ分からず、魔法が扱えないからと短剣一つ持ってガイスト狩りに連れ出され、それで狩った報酬は全て分取られ、穀潰しだと死なない程度に暴力を振るわれる。それが私の毎日。
この世界に神様がいるのなら、こんな私を作り出した意味を教えて欲しい。何か私にも役目があるのかもしれない、そう思うことでなんとか今まで騙し騙し生きてきたが、そろそろそれにも疲れてきた。
人間に虐げられる程度の価値しかないのなら、はたまた神様の余興程度の価値しかないのなら、いっそのこと殺してくれ。
最近はそんな他力本願なことばかりを考えながら寝る間を惜しんで知識の探究に時間を費やしている。まあ、この孤児院の図書室の本は粗方ほとんど読んでしまったのだが。
「……、」
誰か、教えてくれるだけで良いんだ。私の存在理由が分かったら、それで良いんだ。それが出来たのなら、私はどんな辛いことでも頑張れる。
だから、お願いだ。誰か、助けて……
今日も今日とているかも分からない神に向かってそう祈るのだった。
…………
「今日もたんまりとガイストを狩ってこい!」
いつものように食事なんて碌に食べられないまま孤児院の院長に蹴り出され、街の外へと一人向かう。
街の門を抜けると自然豊かな草原が広がっている。サァ、と草が揺れる葉音を聞きながら、見つけ次第ガイストを狩っていく。
「見つけた。」
最初は
私以外の人間なら遠距離から魔法を放って終わりだが、魔法が使えない私には勿論短剣で刺し殺すしかない。剣が届く範囲まで足音なく近づき、それを突き刺す。一体目、討伐完了。
しかしそのことで二体目三体目が私の存在に気付き、
勿論これに当たれば火傷では済まない。ソースは昔の私。本当、あんな酷い火傷を負ってよく生きてたと思うよ。……いや、ただ単に死ねないだけか。それだ。
「っ……、と」
小さかった頃は、そりゃあもう毎度毎度死にかけながら戦ったものだ。それでも生き汚くも狩り続けて、何年もそうしていたらどうにか人並みにガイスト討伐が出来るようになったんだっけ。
そんな風にしみじみと思い耽りながら二体目も討伐完了。利き腕と両足に火傷を負ったが、まあ、これくらいはいつものことだからと気にせず三体目に立ち向かう。
…………
いつものことだと言っても、痛いものは痛い。あの後出てきた
そもそも何故カナカ軍ではない一般市民である私がガイスト狩りをしているのか。それは単なる小銭稼ぎだ。
カナカ軍に入らずとも、ガイストを討伐するとその場に落ちる『魔石』と呼ばれるものを然るべきところに提出すれば、幾らかお金をもらえるのだ。私はそれにあたる。
しかしカナカ軍はそれ専門の職業であり、基本給プラス出来高で給金を貰えるため──これもガイスト殲滅に一役買っているだろう──、高給目当てでカナカ軍に入りたい人は絶えない。
まあ、そうは言っても能力値が高いエリートしかこの職業にはなれないのだが。
私なんかは特に属性魔法を持たないため、どんなに渇望してもカナカ軍にはなれないのだ。
カナカ軍にでも入れれば、こんな地獄のような場所から一秒でも早く出ていけるのに。そう願っても、体裁を重んじる孤児院が私を追い出すことはない。
この世界はどうにもままならないようだ。
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