第2話

 確か、僕はこれまで2度家出を試みたことがあった。一回目は父とのけんかで、2回目は自分のテストの結果に絶望したからだ。そんなことが懐かしく、今では笑えてくる。だが、今考えるとあれは家出ではなかったのかもしれない。旅行程度のものなのだ。だが、今回は残念ながらそうはいかない。父はいないし、僕は重要参考人として警察に追われている。旅行などではない。立派な逃走なのだ。

 そんなことが頭を過り、僕は差し伸べられた手を握り、起き上がった。すると、勇人が驚いたように言った。

「女...」

よく見ると、その人は小柄な女性だった。だとすると、あそこまで大柄な男をなぜ一瞬で倒せたのであろうか。武術を用いたのかもしれない。その時、僕の脳裏に一つの可能性が過った。

「警察...」

思わずそう呟いてしまった。すると、その女はにやりと笑い、僕に言った。

「君もまだまだだね。警察ならとっくにこいつらを逮捕してるはずでしょ。」

確かにそうだ。それにその女は髪を半分赤く染めていて、革ジャンを着こなしていた。服装から見ても、明らかに警察ではない。そして、女は男の手から通帳をもぎ取り、僕たちに渡した。

 そして、僕たちはその女に礼を言い、その場から去った。そして、急いで大通りにでた。

「ふー、怖かったー。」

僕がそういうと、勇人は何かに気づいたようなそぶりを見せた後、僕に向かって呟いた。

「あいつら、まだ僕たちのこと監視してやがるよ...」

勇人が見ていた方向を見ると、確かに先ほどの男たちのような服装をした人が僕たちの方を見ていた。もしかすると追ってくるのかもしれない。

「勇人、少しギア上げよっか。」

そう言い、僕たちは走り続けた。

「直樹、行くホテルは決まっってるの?」

「ああ、さっき調べたんだ。とりあえずこのまま大通りを進んだら近くまで行けると思うよ。」

「そっか。じゃあ案内よろしく。」

 東京ではあるものの未知の管理は行き届いておらず、背の高い雑草があちらこちらに生えていた。そしてあちらこちらに落書きがあり、若干ながら治安の悪さが感じられた。案の定、ホテルには何事もなく到着し、僕たちはロビーで受付を済ませていた。ホテルは言っては悪いが廃れていて、壁紙などもはがれ職員も僕たちを相手してくれた一人しか居なかった。そして、一つ不審な点があった。それは、僕たちが未成年であるにもかかわらず身分証の提示などを求めてこないことだ。ホテルとしては、未成年が宿泊する際は保護者の同意を得ている事を確認するというのが普通である。そしてその時、勇人が何かに気づいたようで、僕の手を引っ張りホテルの外へと連れ出した。

「ちょっ、なにするんだよ!」

僕がそう言うと、勇人は小声で僕に言った。

「さっきの客見たか?手に白い粉みたいのが入った袋を持ってた。このホテルは流石にやばいよ...」

確かに、よく思い出してみるとそんな客がいたかもしれない。麻薬なのだろうか。だがその時、一台の白い車が僕たちの前で止まった。そしてその車の助手席の窓がゆっくりと開いた。

「やっぱここ来ちゃうよねー」

助手席には20代半ば程に見える、金髪の男が乗っていた。そして、男は窓から手を出し僕たちに向かって手招きをした。

「車乗って、安全なところまで連れてくよ。」

だが、当然僕たちはそんな言葉に惑わされるわけもなくそっとその場を去ろうとした。しかし、その時車の中からまた別の声が聞こえた。

「はい警察でーす。あんたたち家出でしょ。事情聴きたいからこっち来て。」

よく見てみると運転席には、さっき僕たちを助けてくれた赤髪の女が警察手帳を持ち、こちらを見ていた。やはり警察だったのだろうか。そんなことを考えていると客席の方のドアが開いた。そして僕たちは、なす術もなく車に乗り込んだ。

 ドアが閉まるや否や女は振り向き、僕たちに向かって言った。

「このホテル、ヤクザと繋がってて警察も困ってるんだよね。今日は休日だから刺激はできないけど、君達みたいなのが行ったら大変なことになるから、流石に野放しにしておくわけにもいかなくてね。」

「やっぱりそうだったんですね。」

そして車は発進した。休日中とのことで警察車両でもなったため多少違和感は感じたが、やはりこのままここにいてはさっきと同じような目にあってしまうのであろう。

「で、あんた達はこれからどうするの?」

赤髪の女がそういうと、僕は少し考えた後答えた。

「これからは...とりあえずホテルで暮らしながら働いて生きていきます。」

「働くって、どこで?身分証明書の提示を求めない職場なんて、ヤバいところしかないよ。」

確かに、僕たちはこれからのことなんてそう明確には考えていなかった。16歳以下はバイトもできない。働きようがないのだ。

「良かったら、うち泊まってく?」

「え?いいんですか?」

勇人は乗り気だったが、僕は違った。甘い言葉に惑わされてはだめだ。いくら警察だとはいえども、リスクは伴う。

「そんな、家に帰さないんですか?」

僕がそういうと、金髪の男が言った。

「警察の仕事って、なんだか分かる?」

僕は少し考え言った。

「人助け、ですか?」

「そうなんだよ。だけど、だからこそ君たちを家に返すというのは警察の仕事ではない。そんなことしたって、誰も助からないし、むしろ迷惑でしょ。そんなこと君たちの目を見れば分かるよ。マジの目、してるじゃん。」

「あなたも警察の方なんですか?」

「いや違う違う、ただ適当に言っただけだよ。」

それを聞き赤髪の女はクスッと笑い、言った。

「なら、うちの警察署にでも行く?そんなに厳しくないから、保護のためなら1日や2日程度なら泊めてくれると思うよ。」

これにはやはり勇人も違和感を感じていたようだったが、あえて問い返さなかった。そして、車は進行方向を変え、警察署へと向かった。

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