罪なき逃走者

水町咲希

第一章

第1話

 僕は猛スピードで自転車をこぎ、川沿いの道を走った。涼しい秋風を浴びながら、僕は不安と緊張に駆られていた。この先どこへ行くとも決まっていない中、そうなるのは当然だ。この時間帯、僕の他にジョギングをしているおじさんが2、3人程度しかおらず、車はほとんど走っていなかった。そんな中、大きなリュックを背負って走る中学生の僕は、かなり目立ってしまっていた。

 案の定、僕は途中で巡回中の警官に声をかけられ、身分証などを提示したうえで一人旅だと言い訳をし、その場はなんとか乗り切れそうだった。だが僕が去ろうとしたその時、警官は何かを思い出したようにポケットにしまってあった携帯を見て、僕を引き留めた。

「君、ちょっと待って。君の名前”水舞直樹”であってるよね...」

僕はすぐに状況を理解した。おそらく極秘で僕の名前が何らかのデータベースに載せられていたのだろう。一瞬の出来事に僕は混乱し、対応をあせっていた。だがその時、僕の右隣から聞き覚えのある声がした。

「おーい直太、今日早朝の部活あるから急いで。」

「直太?」

警官は一瞬その言葉に惑わされていた。右側を見ると、自転車で一段下の車道を走っている勇人の姿が見えた。そして僕は、そのすきを狙って自転車を急発進させた。

「そうだね。急がなきゃ...」

僕はわざとそう叫びながら、全力で走った。そしてタイミングを見計らって下の車道に降り、勇人に追いついた。

「ありがとな、あのままじゃ今頃取り調べだったよ。」

そういうと、勇人はすまし顔でこう返した。

「当然だよ。直樹も家出だろ。」

「もしかして、勇人も...」

「家出だよ。行先やプランも決まってる。」

やはりそうだった。自転車に私服、そして大きなリュック。僕とそっくりだ。そして僕は、勇人に尋ねた。

「行先が決まってるって本当?」

「ああそうだ。俺は奥多摩のホテルへ行く。俺たちの年齢だったら一人旅といっても違和感はないだろ。」

「そうだね...」

 そんなことを聞いてしまうと、不安はさらに募る。僕は何のプランも、行先も決まっていない。そもそも家出は昨日思いついた訳で、そんなこと決まるはずがない。すると、勇人は僕の顔を見て言った。

「行先が決まってないなら、俺について来なよ。」

「えっ...」

「いや、そんな感じの顔してたから、なんとなく」

僕は一瞬迷った。勇人のその言葉に甘えてしまってよいのだろうか。だがまあ、こんなところで偶然勇人と鉢合わせたのも運命であろう。このまま別れるというのも納得できない。

「じゃあ、ついて行ってもいい?」

「もちろん!俺も一人だと何かと不安だしな。」

勇人はそういい、僕たちは川に沿って上流へと進み続けた。

 しばらく走っていると、僕はふと疑問に思った。なぜ行先が奥多摩なのだろうか。都心ではだめなのだろうか。それについて勇人に聞いてみると、こう言っていた。

「東京だと人が多いだろ。見つかるリスクが高まるからだよ。」

「一応奥多摩も東京ではあるけどね。ただ、逆に都心の方が多くの人にまぎれられてリスクが減るんじゃない?」

僕がそう言うと、勇人は少し考えたのち、同意した。

「そうだな。田舎だとアクセスも不便だし、よそ者が来る事は少ない。だけど、都心といってもどこに行けば良いものか...」

「それだったらいい場所を知ってるよ。人通りも多いし、ホテルだってあるだろう。昔その近くに友達が住んでいてね、よく遊びに行っていたんだよ。」

そう言い、僕は勇人にスマホで地図を見せた。そして、僕たちは地図に沿って、北へと向かった。その間、僕たちは決まって大通りは通らなかった。目撃証言から居場所を特定されてしまうかもしれないからだ。そしてそんな時、長い道を走りながら勇人が言った。

「一応言っておくけど、お前がどうであれ俺は帰らないからな。俺にとっては決死の覚悟での家出なんだ。」

勇人の表情は珍しく真剣だった。

「僕もだよ。見つかったって絶対に帰らない。だから一緒に逃げ切ろう。この家での大まかなゴールはもう決まっている。」

「そうだな。ならよかった。」

勇人はそういい、少しスピードを上げた。

 そしてしばらくすると、お互い体力をかなり消費していた。あたりには廃れたビルが立ち並び、僕たちはその裏路地を走っていた。人目も無く、休憩には最適だった。そして、僕たちはそこで荷物の確認やホテル探しなどをしていた。そして、僕は通帳の残高をこの辺りで一番安いホテルの料金で割り、ざっと何日泊まれるのかを計算してみた。おそらく、食費などを含めるとここで暮らせるのはせいぜい30日程度であろう。勇人は正面の段差にどっしりと腰を掛けながら言った。

「俺の金だと、まあ精々40日程度しか暮らせない。ただまあ、その間に何とか策を考えればいいんだけけど......」

 その時、勇人の声が詰まった。僕はリュックへ向けていた視線を勇人に移すと一瞬で恐怖に支配された。勇人の後ろには体格の良い大柄な男が居た。首や腕にはチャラチャラとした飾りを付けていて、頭は綺麗にセットされていた。年齢は20代後半程度。おそらくヤンキーやヤクザの類であろう。その男は通帳を持っている勇人の右腕を強く掴み、低い声で勇人に囁いた。

「おいお前、ガキの癖に結構な額持ってるなあ。こいつのパスワードを教えてくれれば見逃してやる。どうだ?」

勇人は怯え、口すらも動かなかった。そして僕はふと後ろの方に気配を感じ、ゆっくりと振り返ってみることにした。すると案の定、僕の後ろにも勇人の方と同じような身なりをした男が立っていた。男は上目使いで僕を睨みながら、手招きをした。通帳を出せということであろう。姿は見えなかったが、おそらくこの二人以外にも同類の男は4、5人居るであろう。勝ち目はない。僕はリュックの中からそっと通帳を出し、男に投げ渡した。

「パスワードは?」

 男はそう僕に言った。だがその時、僕はあることに気づいた。もしここでパスワードを言ってしまえば、この家出は終わる。ホームレス生活をするしか無くなるのだ。だが、それはあまりにも非現実的だ。そしてその決断を煽るように、後ろで勇人が蹴られる音がした。僕の方の男も、僕に近づいてきた。そして、勇人は何回も何回も繰り返し蹴られていた。後ろで勇人のうめき声がする中、僕はいまだ決断を渋っていた。すると、男は僕を蹴り飛ばした。一撃の威力が強く、突き飛ばされると勇人にぶつかり、目が合った。お互い息が荒く、勇人の方はもう限界のようだった。そして、僕も次第にそう感じパスワードを言った。

「21...」

 だがその時、僕は誰かが走ってくるような足音に気づいた。地面に耳がついているため、反響音が聞こえるのだ。方向からして、おそらく大通りの方からだ。警察なのだろうか。足音は非常に小さく、二人の男はまだ気づいていないようだった。どうやら勇人もそれに気づいたようで、僕に向かって笑みを浮かべた。気づくと足音はすぐそこまで近づいていた。

 そして次の瞬間、男は一瞬のうちに地面に叩きつけられ、もう一人の方もあっという間に突き飛ばされていた。そして、僕たちの周りに潜んでいた男たちが逃げていくような音も聞こえた。僕たちは震える首を動かし、何とか状況を把握しようとしていた。そして、上を見上げるとそこには人影があった。強くけられたせいか、視界がかすみよく見えなかったが、その人は僕たちに手を差し伸べていた。

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