第5話 魔法

兄のガイが漁師見習いになってから3年経った。


私は6歳になり、背が少し伸びた。自分でベッドに登れるし、外を走り回ることだってできるようになった。


仕事に出るガイを母と見送り、家事手伝いをする毎日がずっと続いている。ガイが毎日無事に帰ってくることに小さな幸せを感じつつ、それでも私は退屈な毎日を過ごしていた。


3年前のあの日、黒髪黒目が気味悪がられていると知ってから村に出かける気にはなれなかった。海に行きたいと言った私に母が「いつかね」と言った理由も今ならわかる。母がたまの買い物以外で村に行かないのは、きっとトラブルを避けるためなんだろう。差別されているのかもしれない。周囲の人間になんと思われようと気にしなければ村に行くことだってできるはずだが、そうしないのにも理由があるはずだから。


そうなるとガイが漁師に釣りを教えてもらったり弟子にしてもらったりしていることを考えると、案外村人も割り切った考え方をしているのかもしれないな。あの家の子だからと忌避感を持つことなく弟子にまでしているからだ。まぁ忌避感が無いかなんて、ガイに聞けないし想像でしかないのだが。


「暇だなぁ……」


昼食後、椅子にだらんと座って天井を仰ぎ見る。この家には娯楽はない。ゲームもテレビもない。この世界に存在するのかすら怪しい。


皿を洗って掃除して、ガイが帰ってきたら洗濯して。それで今日のやることリストは白紙になる。

何か面白いことないかなぁなんてここ最近数百回は考えている。

前世なら「な」と打つだけで予測変換の最初に出てくるだろうと思えるくらいには何か面白いことないかなぁと考えている。


「ただいまー!」


ガイが帰ってきたようだ。ドカドカと元気よく入ってきて服を脱ぎ捨てる。

漁師は朝早く出て昼には帰ってくる。当然波をかぶっているから帰る頃には塩が浮いて服も汚れる。泥だらけになっていたガイが今度は塩だらけになるようになった。

そんなどうでもいい変化に少しだけ笑いつつ、言った。


「お兄ちゃん、洗濯物投げないでよ。まとめといて」


「はーい、いつもありがとなー」


お礼が言えるいい子である。


「それはそうと聞いてくれよ。今日から魔法の練習を始めたんだよ」


「……は?」


魔法。魔法って、あの魔法?火が出たり水が出たりビームが出たり。あれのこと?

退屈な生活から抜け出せる気配がしてつい興奮してしまう。


「魔法って何!?」


「魔法は魔法だよ。あー…、そっか、ユーリに魔法のことを話したこと無かったかもなぁ。思いどおりに火が出たり水が出たりするんだよ。」


知らなかった。転生モノの定番なのに魔法の魔の字もない生活をしていたし私の世界は家族3人で構成されていたから外のことなんて知らなかったし。


「私も魔法つかいたいっ!!」


もうこれしかないと言う思いでガイに縋り付く。ようやく見つけた退屈しのぎなのだ。見逃す手はない。それに、前世でファンタジー世界でしか見れなかった魔法がこの世界にはあると聞いて黙っていられるわけがない。


「待って待って、とりあえず落ち着いてよ」


落ち着いていられるか。という言葉を飲み込んで少し考えた。私が見たことないということは、他の2人も魔法を使えないのだ。使えないということは、使い方を知らないということなんだろう。だったら……


「じゃあ、魔法について教えてよ。知ってることだけでいいからさ」


「ユーリは魔法のこと一切知らなかったはずなのに、そこまで興味もてるのなんでなんだ?」


ぐ。確かにそうだ。魔法を見たことも聞いたことないのに、『魔法』という単語だけで興奮するのは不思議に思われても仕方ない。


「えーっとー…」


上手い言い訳が出てこない。キョトンとするガイの目を見ることしかできなかった。


「えっと、たまにうちに汲み取りに来る人から聞いたんだよ」


「汲み取り?あのおっちゃん?」


そう、外の世界は知らないけど、私の世界には本当はもう1人いる。

トイレの汲み取りに来るおじさんだ。


うちには水洗便所なんて無く、トイレには高くなった床に穴を開けて、外から大きな瓶(かめ)を置いてそこに用を足している。


いつも気付いたら瓶が空になっていて不思議に思っていたが母が教えてくれた。

瓶を交換する仕事をしている人がいるらしい。

汚れ仕事であり匂いも相当なものだが、それを交換する仕事と言えば、前世ならあまりいい扱いを受けていないのだろうと思っていたが、この世界ではそういった生活インフラに関わる仕事はエリート扱いされるらしく、給料が高く求人倍率も高いらしい。

人に嫌われる仕事を敢えて高給取りにすることで侮蔑の目で見られないようにするという考えらしい。

この世界のお偉いさんはなかなかいい考え方をするなぁと関心した記憶がある。


ただ、当然私や母はそのおじさんとは話したことがない。理由は言わずと知れた見た目のせいである。


「おじさんに持って行った瓶はどうするのか聞いたんだけど、魔法で焼くって言ってたんだよ」


かなり苦しいけど、


「そっか、まぁそれで聞いたことがあったのか」


よし。


「で、教えてくれる?」


「いいけど、俺もそんなに詳しくないぞ?」


そう言ってガイは魔法について話し始めた。

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