第3話 村
外はいい天気だった。
まず目に入ったのが海だった。家から少し離れた低いところに青く輝く海が広がっている。
海は良い。前世でも好きだった。
そして、海が低いということは今立っている場所は少し高い位置にあるということだ。
山の途中に開けた土地があり、そこにぽつんとうちの家が建っている。
なだらかな緑の下り坂の先に家がたくさん見えた。前世で慣れ親しんだ瓦屋根なんてものはない。瓦屋根なら遠くからでもキラキラと光るように見えるはずだ。入り江に沿って三日月のように並ぶ木の屋根の家々。そこからこちらに向かうにつれて家はぽつぽつと減り、1番近い家でも500メートルくらいは離れていそうだ。
道は舗装されておらず、幅も狭かった。
予想してたけど、自動車のようなものは無いのだろう。家に家電はなかったし。
風が頬を撫でる。
「ほわぁ……」
海からの風が気持ちいい。
日差しはあるがうだる暑さはない。これから夏が来るのか、夏が終わりそうなのか。
四季があるのかも分からないけど。
「うみ!いきたい!」
きっと泳げばもっと気持ちいい。そう感じられずにはいられなかった。
「またいつかね」
母は苦笑しながら答えた。
いつかね……。今度ね、ではなく。
父と海は母にとってはあまりいいものではないのかもな。
「おかあしゃん、うみきらい?」
つい聞いてしまった。
「ううん、海は好きよ。でもね、見てるだけでいいの」
海を眺める目は優しかった。母は泳げないのかもなぁ。
少し後ろから母を眺めていると、遠くから泥だらけのガイの嬉しそうに走って帰ってくる姿が見えた。
「ただいま!」
「あらあら、ガイはいつも泥だらけね。水を浴びてらっしゃい」
「はーい。今日は漁師のおっちゃん達に魚の釣り方を教えてもらったぜ!」
魚釣りで全身泥だらけになるのか?
「そのあと猟師のおっちゃんに動物の捕り方を教えて貰ってたんだ!」
…それでか。
ダッシュで家の裏へ行き水を浴びるガイに呆れた目線を送りつつ私たちは家に入った。
漁師と猟師ね…。言葉遊びのようだけど、別々の人だってことはわかった。
魚はともかく、肉を食べるには狩りをする必要があるらしい。この辺も前世とは違うなぁ。
泥を落として身体を拭きながらガイが入ってきた。
嬉しそうに今日あったことを報告するガイ。母は嬉しそうに聞いていた。
いいなぁこういうの。家族の団欒というか、何気ない日常というか。前世では久しくなかったものだ。
夜、前世の記憶が蘇った日が終わろうとしている。
外はすっかり暗くなった。
母に寝かしつけられて一度は眠ったものの、少し経って目が覚めた。
2歳児の体力じゃ、横になったら即オチなんだなぁと感じながら、それでも気になることが多くて目が覚めたのだ。
夜に考え事をするのは前世での癖だったが、多分今世もそうなのだろう。ふと目が覚めた途端に考え事を始めてしまったのだ。
なぜこの家は村の端に孤立する形であるのか。なぜ母は父の話を避けるのか。なぜガイは泥だらけになるのか。これはどうでもいいか。
そもそも、なぜ前世の記憶が蘇ったのか。頭を打てば蘇るのか。ここは異世界なのか、それとも同じ世界でド田舎の娘に生まれ変わっただけなのか。
思考がグルグルと頭の中を駆け回り、小石に躓き転けそうになる。
違和感という名の小石。何に違和感を覚えたのか…。
今日一日だけで感じられる違和感。
(大丈夫?)(元気になるさ!)(またいつかね……)(漁師と猟師……言葉遊び)
小石がバチッと弾けて閃光を放つ。
「……にほんごだ」
日本語。祐理が唯一話せた言葉。英語やらは中学校で止まってた。
でもおかしい。日本っぽいけど、瓦屋根の家なんてなかった。うちの家なんて丸太を並べて立てたログハウスだ。ログハウスと言ってもコテージのようなリゾート感は皆無で、冬になったら寒そうだし、窓だってガラスじゃなくて木の板とつっかえ棒だし。テレビもねぇ、ラジオもねぇ。文明の利器なんてどこにもねぇ。
思考が寄り道を始めそうな気配がしたので身体を起こしてベッドに座る。
遠くから見ただけの景色で判断しようにもどうしようもない。詳しいことを聞いたわけでもない。
レシピも材料もないのに台所に立って悩んでるようなものだ。
「よし、ことばでなやむことはなくなったのらからすこしじゅつまなんでいけばいいや。あとはなんとかなるでしょ」
まずは滑舌からだな。
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