第2話 母と兄

さて、混乱してても仕方ない。現状を確認しよう。

俺、いや、私は漁師村の娘。親は母だけ。家族は母と兄。

父が居ない理由は知らない。幼女の私には伝えていないのか言えない理由があるのか知らないけど、とにかく思い出す限り私に父はいない。


私は多分2歳かそこらだと思う、多分。滑舌の悪さと発育からなんとなくの推測でしかないけど。


「ユーリ!大丈夫!?」


突然女の人が駆け寄って来て抱き上げられた。

そうか、私はベッド(寝台?)から落ちたんだ。そりゃベッドから落ちりゃ痛いし、後頭部を打って前世の記憶が蘇ったりしてもおかしくない。

いや、後者はおかしいか。


「うぅ……」


ベッドから落ちたと認識した途端に鈍痛が思い出したように後頭部を襲う。

女の人は私の身体を心配そうに見るも、


「大丈夫そうね、よかった」


安心したようにそう言った。

この人が母、サーラ。長めの黒髪で黒目、背は……私からすると巨人だ。そして美人。

そう、母サーラは美人なのだ。前世の記憶が蘇ったせいで頭の中が男よりになった私が美人に抱っこされている。役得とはこの事か。

およそ2歳児(推定)が覚え得ない喜びを享受していると、魚が焼けるいい匂いがしてきた。

腹の虫がくぅと鳴くと、


「ふふ、ご飯にしましょうね」


と母が笑った。

どうやら脳内のオッサンは腹の虫に退治されたようだ。


食卓にはほぐした焼き魚と具の少ないスープが並んでいた。

椅子に座るや否や、


「ユーリ、痛そうな音したけど大丈夫だったか?」


と向かいに座る男の子に聞かれた。

兄のガイだ。日焼けした肌に茶色の短髪、深い緑の瞳。

活発で、外で遊ぶ度に泥と海水が友達と言わんばかりの汚れ方をしては母を苦笑させる。


「いたかった」


そう答えるとガイは


「いっぱい食べりゃ元気になるさ!」


と答えた。


(見知らぬ父はきっと脳筋だったのだ)

そう思わずにはいられなかった。



朝食後は、疑問を解消するため母に何度も質問していた。


「あーち、なんしゃい?」


解消すべきは疑問より滑舌の問題かもしれない。


「ユーリは今度の冬に3歳よ」


隣に座る母は私の頭を撫でながら微笑んだ。

(どうやら本当に2歳児だったらしい)


「おかあしゃんは?」


「お母さんは23歳よ」


「じゃあおにいちゃんは?」


「7歳ね」


てことは、15歳そこらで兄を産んでるのか……思ったより前時代的というか、前世の常識とは違うというか。

なら父は、


「おとおしゃんは?」


私の質問に母は寂しそうな、諦めたような、複雑な笑顔を浮かべた。


「そうねぇ…お父さんは…」


どうやらあまり話題にしたくないらしい。前世オッサンの空気を読むスキルが発動する。


「おにいちゃん、どこ?」


母は我が子に気遣われたのを察してか先とは違う複雑そうな顔をして、また苦笑する。


「遊びに行ったわよ、また泥だらけで帰ってくるのかしら」


「あーちもあそびたい!おそと!」


「じゃあ、すこしだけね」


そう言って立ち上がる母について行き、家から外に出た。

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