第13話 尻に敷かれてる……?

 酒場を出た後、二人はギルドでいつものやり取りをして宿に戻った。たのもう等と言えば当然、荒くれ者たちの視線を集める事になるのだが、頬を染めるのはシュアンばかり。私も、流石に止めるよう言い聞かせに行くべきかとも考えたが、今はこうして語り部としての役割を全うする事にした。

 私の事など聞いていない? それもそうだな。では、今日も彼らの旅を語っていくとしよう。


 さて、朝早くに宿を出たトキワ達だが、今日は依頼を受ける気は無いらしい。そんな二人が向かっているのは、翡翠色に輝く海の方、港だ。


「シュアンちゃんは海も初めてなんだよね?」

「うん」

「じゃあ船も初めて?」

「うんう、船は、川のやつなら、乗った事ある。皆んなに連れて行って貰った」


 皆んなとは孤児院の兄弟たちだろう。先の街で駄エルフと一悶着あった彼らだ。

 しかし駄エルフ、今日は幾分落ち着いているな? まあ、理由は何となく想像がつくが……。


(港には麗しのお姉様も愛しのキュートガールもいないよね……。まあ、シュアンちゃんが喜んでくれるからいいけどさ)


 うむ、駄エルフだ。

 ……シュアンの方の心も覗いてみようか。


(えへへ、トキワ君と海。嬉しい。楽しみだな)


 ……シュアンよ、本当にトキワでいいのか? 駄エルフだぞ?

 やはりこれは私が出て行ってガツンと……。ああ、分かっている。冗談だ、半分は。


 だがまあ、彼らが私の下に辿り着いた時は、一言二言言ってやった方が良いかもしれない。何、そう遠い未来では無い。私の住む場所は見えている筈だし、奇しくもここに至る道を彼らは歩んでいるのだから。

 ほら、今も、こちらへ一歩近づいた。


「へぇ、あの遠くに見えるのが世界樹かぁ」

「トキワ君はエルフだし、気になるよね?」

「う、うんっ!」


(ホントはエルフだからとかじゃないけど。だって世界樹だよ世界樹! ファンタジーのド定番! 行かないなんて嘘でしょ! エルフとか精霊のお姉様かキュートガールがいるかもしれないし‼︎)


 うん、駄エルフだ。

 どうして前半で止まらないのか……。


「なんだ、嬢ちゃん達、世界樹に行きたいのか」

「う、うん、そうだよ」


 突然話しかけてきたのは、半裸でガタイのいい無精髭を生やした男だ。

 だがしかし、トキワを一歩下がらせたのはそんな理由では無かった。


(なんで、ウサミミ……)


「おっとすまねぇ。俺はアンネ。漁師だ」


(なんで? なんでムキムキのイカツイおじさんについてるの? ウサミミってほら、お姉さんとか可愛い子とかに付いてるものだよね?)


 違うし自己紹介してくれているのだから聞いてやれ。


(しかもアンネって、どう考えても女の人の名前でしょ! なんでそんな可愛い名前なの? 強面のおじさんだよ?)


 聞いてはいたなら返してやってくれ駄エルフ。

 そもそも地域によって女性名と男性名が逆なんて珍しい事ではないだろう。ほら、シュアンはもう済ませたぞ?


(認めない、私は認めないからっ!)


「……なんで俺は涙目で睨まれてるんだ?」

「えと、気にしなくていい、と思います。トキワ君は、その、変わってるので……」

「そうか……。というか、嬢ちゃんじゃなくてボウズなのか。詐欺みてぇな顔だな」


(アンタには言われたく無いっ!)


 ……まあ、声に出さなかった事は褒めておこう。駄エルフだし。

 

「話を続けていいか?」

「フシャーッ!」


 猫か?


「あ、はい。気にしないで、続けてください」

 

 シュアン、駄エルフの扱いに慣れてきてるな……。


「お、おう……。それで、世界樹に行きたいって話だったな。なら、港に着いてすぐ左手の方に行ってみな。そこに船体にこう、ウネウネした文字だか模様だかが書かれたでっかい船がある。それに乗ってくルートがお勧めだ。ちと高いがな」

「分かりました、ありがとうございます」

「おうっ!」


 ウサミミおじさんは片手を上げてそのまま去っていく。駄エルフは結局最後までフシャーッ! としてたが、失礼にもほどがある……。


「トキワ君、ダメだよ? あんな態度……」

「うっ、いや、だって……」


 ほう……?


「だってじゃ、ない」

「……はい、ごめんなさい」

「よし」


 珍しい光景を見たな。あの気弱なシュアンが。トキワにそれほど心を許しているという事だろうか。

 それでもシュンとするトキワに少し不安げな視線を向けているあたり、彼女らしい。


 だがまあ、心配する必要はなかろう。


「……ハッ! 感じるよ! この気配は、麗しのお姉様!」

「あ、ちょ、トキワ君、待って……!」


 ほら、謎センサーにお目当ての存在が引っかかった途端これだ。シュアンを置いて走り出してしまった。

 重ねて問うが、シュアンよ、本当に駄エルフでいいのか……?


 彼の向かった先は、港の左手にある大きめの建物だった。白塗りにされたそこは、乗船管理局という看板が掲げられている。

 そして、駄エルフの視線の先にいるのは……。


「黒髪のウサミミお姉様! しかも受付嬢!」


 駄エルフだ。


「そうだよこれだよねウサミミと言えば! 強面のガチムチおじさんにあっていいものじゃないんだよっ! ああ、てぇてぇ……っ!」


 うん、駄エルフだ。

 それよりいいのか? すぐ後ろにはシュアンがいるのだぞ?


「トキワ君?」

「あ、えと……その、これは、違うくて……」

「何が、違う、の?」

「えと、あはは……」


 ふむ、シュアンめ、駄エルフを尻に敷きかけているな。この展開は少し予想外だが……まあ問題なかろう。


「さっき、そんな風に、思ってたんだね……?」

「いや、えっと」


 汗はダラダラ、視線はきょろきょろ。うん、どう見ても浮気現場を抑えられた夫の立ち位置だな。駄エルフだ。


「……ごめんなさーいっ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る