第14話 シュアンちゃん、強し!

 気を取り直して、二人は先程教えられた船を探しにいく。

 目的の船は、すぐに見つかった。それが巨大であったのもあるが、何より、周囲の流れがその船に向かうようになっていたのだ。


「みんなあの船を目指してるみたいだね?」

「うん。有名、なのかな……?」


 その予想の通りだ。トキワやシュアンの通って来た辺りは観光産業というものに縁が薄く、生い立ちもあって二人は知らなかったが、今彼らのいる国では最も有名な船であり、その船による旅は一種の憧れであった。

 そんな話をしている間に船のすぐ下まで辿り着く。


「うわぁ、近くで見ると凄いね。首が痛くなりそう」

「だね……」


 巨大な青い船体を見上げるシュアンとトキワ。周囲の誰もが似たり寄ったりで、駄エルフの間抜けヅラに視線が向けられる事はない。

 その船体には確かにアンネと名乗った男が言っていた通りの紋様がある。


(あの文字、魔力が込められてる?)


 実はこれ、魔法文字と呼ばれるもので、イメージによる魔法の不得手な種族や個人では到底実現できないような魔法を込めた魔道具を作る際によく使われる。

 トキワは当然そんな事は知らない。首を傾げ、そのまま考える事を止めた。


「これに乗るのが良いって話だけど、乗れるかな……?」

「高そう、だよ、ね。人数は、たくさん乗れそう、だけど……」


 お金には余裕がある筈だが、不安になる。最悪別の船でも良いかという話になりかけた時、トキワの耳がその言葉を拾った。


(ん? 海底の国と天空の国を経由する?)


 おっと、この流れは……。


(つまり人魚なお姉様とか、文字通り天使なキュートガールに会えるかもしれないって事⁉︎)


 やはりか……。いや、まあ、何も言うまい。駄エルフであるし。


「シュアンちゃん!」

「え、な、何……⁉︎」


 ほら、近いぞ。シュアンが真っ赤だ。


「絶対この船に乗るよ!」

「う、うん」


 理由は理由だが、私としてもこの船に乗るのは勧めたい所だ。彼の望む相手に会えるかは兎も角として、是非ともそれらの国々を見てきて欲しい。

 若くして死んだ彼女の新しい生。少しでも楽しい記憶で埋めてやりたいではないか。彼は、私の子のようなモノなのだから。


 話が逸れた。

 件の船に乗る事を決めた二人は、近くにいた人に聞いては先ほどの乗船管理局に戻ってきた。そう、黒髪のうさぎ獣人女性が受付をしていたあそこだ。


 だがしかし、先ほどのように呼吸を荒くする事など許されない。


「あの、シュアンさん?」

「な、に?」

「何で私、手首を掴まれているのでしょうか?」

「うん? 理由、いるの、かな?」

「いえ、要りません……」


 暴走しないように決まっている。当然駄エルフも自覚はあるので何も言わない。

 一応弁護するなら、彼も相手が嫌がるような事は決してしないのだ。そこについては私は信用している。

 ただ、先程の行動がまずかった。シュアンもさっきの今では疑わざるを得ない。


(ひぃぃぃっ……! シュアンちゃんの目、ハイライトが無いよ⁉︎ えっ、こんな怖い子だったっけ? 違うよね、違うよね⁉︎)


 冷や汗が止まらないトキワ。今回は同情の余地もない事は無いが……うん、日頃の行いだな。しっかり反省するといい。


(だがしかーし! そこに麗しの黒髪ウサミミ受付嬢お姉様がいて、ただ黙ってる私じゃ無いよ!)


 いや、黙ろうか。


「トキワ君? 声に出てるよ?」

「ひっ、黙ってます!」


(いや、諦めないっ!)


 学習しないな、この駄エルフ……。


「次の方どうぞ」


(む、順番。さあ、どう出るっ?)


「トキワ君は、横に、いて?」

「あ、はい」


 シュアン、強し。


 結局、駄エルフが何もできないままに手続きは終わった。小さくなるトキワを受付嬢が時折不思議そうな目で見ていたが、それだけで頬を染め息を少し荒くしていた辺り、駄エルフは駄エルフなのだと改めて思う。……シュアンに見られなくて良かったな?

 今は必要な買い出しを済ませ、宿で一息ついている所だ。


「ごめんね、トキワ君。お金、ちゃんと返すから……」


 やはり人気なだけあって乗船チケットはそれなりの値段がした。パーティの共有分だけでは足りず、個人資産からも出すことになったのだが、シュアンの手持ちでは足りなかったのだ。

 その点、彼女に会う前からそれなりの稼ぎだったトキワは余裕があり、彼女の分も立て替えた。

 そんな訳で彼女は申し訳なさそうにしているのだ。


「いいのいいの! 気にしないで!」

「でも、補充も、トキワ君に出してもらったし……」

「これは必要な事だからいいの! あの船に乗るなら、シュアンちゃんと一緒がいいしね!」

「トキワ君……」


 輝かんばかりの笑みでシュアンにそんな事を言うから、ほら、リンゴのようになっているでは無いか。この駄エルフ、人を垂らしこむ才能でも持っているのか?

 自分が女だった時の感覚のまま喋っているのだろうが、本当に、いい加減自分が男になった事を自覚して欲しいモノだ。

 しかもだ。これだけわかりやすい反応をされていて、この駄エルフ、まったく彼女の気持ちに気がついて居ないのだから信じられない。


「でも、やっぱり、お金は返すよ。出航も、ひと月後だし……」

「んー、わかった。急がなくていいからね!」

「うん」

「それじゃ、明日からガンガン稼ぐよ!」

「うんっ!」


 はてさて、これから二人はどうなるのやら。楽しみだ。


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