第7話 お買い物だよ!part2…じゃない!?
人々が安らぎの場に帰り、寝静まったころ、とある宿屋の一室で一人のエルフの少年が怪しげな笑みを浮かべていた。
駄エルフこと、トキワである。
ん?隣の店で魔法の発動媒体を買う話じゃなかったのかだと?
ああ、うん。何事もなく金貨二枚ほどする指輪型のそれを購入できたからな。
つまらないから端折ることにしたのだ。
その指輪、ミスリルという魔力に対して非常に親和性の高い金属が混ぜられており、金貨二枚ほどで買える媒体としてはかなり優秀だ。
これの含有量は少ないし、上を見ればきりがないが、今のトキワには十分すぎるものだろう。
駄エルフの癖に店の婆さんに気に入られたのもつまらない。
おまけでそこそこ品質のいいポーションまで受け取っていた。
そんなのが気になるのか?
駄エルフの駄エルフっぷりは見られないぞ?
…しかたn「ふへぇ~~~」
残念ながらそんな場合ではないようだ。
ベッドの上で丈夫な魔物の皮でできたリュックを抱えた駄エルフが目を回している。
このリュックは宿に帰る途中で買っていたもので、銀貨三枚ほどした。
ふむ、目をぐるぐる回す駄エルフだが、その内に感じる魔力の量がひどく少ない。
これは、リュックに何かしら細工をしようとして魔力を一度に大量に消費したのだろう。
一体何をしようとしたのだ?
(はひーーー、すっごい魔力使ったよ―…。
でも、容量無限もできなくはなさそうだよね?)
なんっ…!
……はぁ。無事だったからよかったものを、なんという無茶をしているのだ、この駄エルフは。
魔力は精神に密接に関わり、生命活動の補助もしているものだ。
これがなくなると、かなりの確率で死んでしまう。
今回は、一度にほとんどの魔力を使ったショックで魔力が完全に枯渇する前に目を回したことと、周りの低位の精霊たちが駄エルフに魔力を分け与えていたことが理由で大事には至らなかったが…。
まったく、精霊に愛されるエルフであったことに感謝だな。
だいいち、容量無限など、この私でさえ不可能だ。
それを転生者とはいえただのエルフの小僧に成せるわけがなかろう!!
倉庫程度なら余裕でできたはずなのに、無茶をする…!
そもそも、この駄エルフの頭の中には、容量は無理でも、無限に収納することを可能にする知識はあるはずなのだ…!!
ほんっとうに、駄エルフである!
………熱くなってしまったようだ。謝罪しよう。
「う~ん、いつかはできるかもだけど、しばらくは無理、か。
容量無限のアイテムボックスとか、テンプレなのになぁ。
…しょうがないか。とりあえず学校の体育館くらいで我慢しよっと」
それで十分だ、この駄エルフが。
◆◇◆
気を取り直して翌日だ。
(さてさて、何かいい依頼あるかな?)
また数日掛けて希少な薬草を取りに行くのもメンドウ、値崩れしそうなものもある、ということで今日のトキワは傭兵ギルドに依頼を探しに来ていた。
(新しい剣と魔法も試したいし、できれば討伐依頼がいいんだけどね)
今のトキワのランクは鉄三級。受けられる討伐依頼はスモールスライムというスライム種の幼生体の核の入手か、チャージディアのような多少戦闘の心得があればその辺の村人でも狩れるような獲物のものしかない。
今回の目的を考えると、不十分である。
(んー、やっぱりだめかぁ。
しょうがないから、採取依頼受けるついでに何か適当な奴探そうかな)
参考までに言っておくと、かの有名な小鬼、ゴブリンは銅ランクの魔物である。メイジやソルジャーなどの上位種で一級、普通種で三級だ。
また、スライム種の成体は銀~白金ランクの強力な魔物である。
(これでいっかな。大きな街まで行けば買取価格でも倍はするんだけど、貢献度もあるしね)
トキワが選んだのは
『マナフル草十束の採取
報酬:銀貨六枚
備考:追加報酬あり。一束につき銅貨五枚』
という依頼。
マナフル草は魔力の流れを良くする作用のあるもので、魔力関係の薬品や魔道具を作る錬金術の触媒としてよく使われるものだ。
そのうちトキワになじみ深くなるのは、魔力の回復を促すマナポーションであろう。
(さてさて、受ける依頼は決まったし、あの受付のお姉さんがお姉様か見極めるためにもアプローチかけないとね!)
二兎を追う駄エルフは、看板娘ちゃん(九歳)だけでなくギルドの受付嬢にも手を出すようだ。やっていることは完全に最低男のそれである。
相手は幼女と年上というなかなか特殊な状況ではあるが。
依頼表を掲示板から剝がした依頼表を持って先日の受付嬢のいるカウンターへ向かう。
「お姉さん、これお願いします!」
「はい。…受注手続きを完了しました」
「ありがとうございます!
質問なんですけど、この依頼の依頼主さんは薬師さんですか?錬金術師さんですか?」
マナフル草の薬効が最も強いのは、根である。
しかしこれは人体には強すぎるため薬には使われず、代わりに葉の部分が使われる。
錬金術師ならどちらも使うことがあるが、薬師が根を使うことはないのだ。
したがって、依頼主が薬師であった場合は葉だけ採集すればよい。根がある程度残っていれば再び生えてくるし、その量が多ければ周期も短くなる。
「この依頼は薬師の方からの依頼ですね」
「わかりました、お姉さん!」
いい笑顔を返してくれる受付嬢。駄エルフの癖にしっかりポイントを稼げたようである。
もちろん、傭兵としての、だが。
◆◇◆
時間は進み、マナフル草の採集を終えたトキワは、木の上から手ごろな獲物を探していた。
日の光が十分に差し込むそこは、ミナヅの町に来る途中にも通った森である。
(んーいないなー。
あ、そだ。魔力で視力って強化できないかな?)
街にほど近い森だけあって、トキワが魔法を試すのにちょうどよい魔物はそうそういない。
そこで彼が試みた魔力による視覚強化を含んだ感覚強化は、身体強化と同様にポピュラーな技術の一つだ。
(えっと、遠くが見たいから、取り込む光の量がふえたらいいのかな?
あ、処理する脳も強化しないとね)
もっとも、この世界の住人はモノが見える仕組みを理解しているわけではない。
虹彩や水晶体がどうなって…などと詳しく知っているわけではないトキワだが、それでもただ『遠くが見えるように強化する』としかイメージできない現地民と、『脳の画像を処理する能力とモノの像を取り込む能力を強化する』とイメージする彼とではかなり強化倍率に差が出る。
まあ、ただ強化しただけだと…。
「ぎゃあぁぁぁ!!
目が、目ぇがぁぁぁっ!!」
と、このようにム○カすることになるのだが。
(うぅ、取り込む光が強すぎたよ…。
その辺を処理する能力も強化しないとだね…!)
気を取り直して目標を探す駄エルフ。
(いたよ!
グレイウルフの群れ!
地上じゃ厳しいけど、木の上から狙えばいいから、魔法の実験にはちょうどいいね!)
確かにトキワの言う通りではある。
だが、我々は期待しているぞ、君がきっと何かやらかしてくれると!
木の枝から木の枝へと飛び移り、グレイウルフの群れの頭上まで来たトキワ。
風を操って臭いと音を消しているため、まだ気づかれていない。
群れの数は十頭。
グレイウルフ単体では銅一級とゴブリンより少し強い程度だが、その真価は群れでの狩りにある。この規模なら銀二級~一級程度にはなるだろう。
だが、まあ木の上からの不意打ちだ。
大けがを負うことはないだろう。
(それじゃあまずは、よく使うこれ!)
トキワが放ったのは。真空の刃。
つむじ風で肌が薄く切れる現象を、魔法として強化した術だ。
彼のイメージは創作物のそれだが、それでもやはりこの世界の他者よりは強力になる。
これまででも、グレイウルフの毛皮を切り裂き、頸動脈を傷つけることくらいは容易であったはずだが…。
(…うっそぉ。首落としちゃった…)
「Gau!?」
なかなかの威力になったな。
今の出グレイウルフたちに敵対者の存在が気づかれたようだが、風で臭いを消しているトキワの位置はまだばれない。
すんすんと鼻を鳴らして臭いをたどるグレイウルフたちにめがけて、トキワは次の魔法を放った。
(火系統は危なそうだから、次は水かな?)
水魔法においても、この世界の住人が想像するそれは質量攻撃か、窒息を狙ったものだ。
だが、トキワの場合はウォーターカッターというものを知っている。
これも、以前なら骨を断つには至らなかったはずだが…。
(三体同時まで行けちゃったよ…!?
これって…)
二頭の首と一頭の体を切り裂くことに成功した水流は、地面にまでくっきり傷跡を残している。
ふむ、調子に乗り始めてきたな。いい調子だぞ?
(とりあえず、基本がわかればいいから、次は土!)
これの場合はトキワも他のものと大差のない使い方、イメージのはずだ。
グレイウルフの最も柔らかい喉か、腹を打って打撃を与えることが精々だったはずの地面から延びる石柱は、そのまま肉を貫き、内臓を破壊した。
(うっひゃあ~、これ、すごくない!?
今のであと四体だけど、おっきいのなら一発でいけそうだよね!)
これは…複合魔法だな。
火の力も感じる。組み合わせれば試せると踏んだのだろうか。
(これはもう少し離れなきゃだよね。
あの木まで移れば平気かな?)
魔法の準備をしながら、トキワは三メートルほど離れたところにある木をうつる。
学習はしているようだ。これは何も起きなさそうだな…残念だ。
水を生み、熱で蒸発させ、一気に膨れ上がろうとするところを風で抑える…。
なるほど、火山の原理だな。
(よーっし!
準備完了!
あとはこれを解放するだけ!)
一か所に集まり、周囲を警戒する狼たち。
悲しいかな。彼らに魔力を感知する能力はなく、頭上に出来た魔法の原型には気づかない。
(さーん、に!いち!ごーー!)
そして猛威を振るう水蒸気爆発に巻き込まれ、その命の灯を消した…。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
威力、つよすぅぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……!!」
遠ざかっていく悲鳴と共に。
うむ、やはり駄エルフは駄エルフだな!
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