第6話 お買い物だよ!


 宿に無事、今日の分と追加で六日分、つまり一週間分の料金を払ったトキワは、商店街を歩いていた。

装備の新調をするためだ。


 今の彼の手持ちは、商業ギルドでの稼ぎである金貨五枚と銀貨六十枚ともともと持っていた銅貨三枚から、商業ギルドの登録料である銀貨三枚と宿で払った銅貨四十九枚分、つまり銀貨四枚と銅貨九枚を抜いて金貨五枚と銀貨五十二枚、銅貨一枚である。


 なお、硬貨のルールからもわかるようにこの世界も十進法を基本にして、一週間は七日である。


(ん~まずは武器かな~?

この辺にはそんな強い魔物はいないし、全身そろえようと思ったら足りないだろうしなぁ)


 しばらくこのミナヅの町を拠点にして装備を整えるつもりのトキワ。

次の街付近ではそれなりに強力な魔物も出るのだ。

 トキワは防具を一式揃えるのに、手持ちでは不十分と言っているが、これは正確ではない。

今より多少まし程度ならおつりがくるぐらいだ。

彼の言っているのはある程度以上の性能アップ、最低でも次の街の魔物相手に通じる程度を求めるなら、という話である。


(優先順位は、まず魔法の発動媒体。

次に剣。最後に弓だね)


 魔法の発動媒体とは、多くの魔法使いが魔法を使うときの補助に用いるのもので、特にエルフであるトキワにとっては別になくても魔法の発動には問題ない。

それらの正確な機能を述べるなら、魔力の操作の補助と増幅。

傭兵として魔物を相手にする以上、威力と継戦能力の向上につながるそれは必須である。


 そして得意な弓より剣を優先する理由だが、まず弓は矢という消耗品が必要になるため、費用が嵩むこと。そして、このあたりで売っているような弓では、さほどの戦力アップにはならず、魔法に代わる遠距離攻撃にはならないことだ。




 さて、武器を売っているはずの武器屋か鍛冶屋を探すこと一時間。

駄エルフは目的の場所にたどり着いた。

 場所は、宿泊している『宿り木』の斜め向かいである……おい。


 今回は初手はあっていたのだ…。なのに!

この駄エルフは全く見向きもせず、果ては商店街とは町の対角にある、次の街に続く門まで行っていたのだ!


 先ほどの商業ギルドでの頑張り、褒めてもいいと思っていたのだが、やはり取り消しだな、うん。


 そんな自分の方向音痴具合は気にも留めず、呑気に武器を選んでいる駄エルフ。

しかもこいつ、鼻歌まで歌ってやがるぞ…。


 まあいいだろう。

肝心の店、鍛冶場に併設されているらしきそこを覘いてみる。


 店の中は、壁に高そうな剣や槍が展示され、数打ちは樽に纏めて無造作に並べられており、整然としているとは言い難い。

しかし展示される武器は樽の中のそれも含めてよく磨かれ、冷たい金属光沢を身にまとっている。

そのせいか、砂ぼこりが吹き込む開けっ放しの店内に小汚さを感じることは不思議となかった。

 鍛冶場の土の音が聞こえないのは、防音の魔術的な処理がされているからだ。


 店の内装には大して興味がない様子のトキワは、樽に入った数打ちを何本か手に取りつつ眺めている。

 しかし、駄エルフに剣の良しあしなんてわかるのだろうか?


(う~ん、うん。ぜんぜんわかんない!)


 …うん、だろうな。

まあ仕方あるまい。むしろただの女子高校生が剣の目利きをできたら驚愕である。


(魔法媒体はなんとなくわかるけど…。そんなにいいのはなさそうだね)


 エルフだとその辺もわかるようになるらしい。………駄エルフだからなわけがないだろう?

駄エルフは駄エルフなのだ!


「おう、客か。すまねえな、奥で仕事してて気づかなかったぜ」


 そんな乱暴な口調でトキワにその大きな声をかけてきたのは、ずんぐりとした体形のひげだるま。土の精霊を祖先に持つといわれるドワーフである。


「あ、こんにちは!」


 耳を押さえるのを我慢しつつ、こちらも声を張り上げて挨拶する。


「ぬ?

エルフか・・・?」

「は、はい…」


 トキワがエルフと知って雰囲気を変えたドワーフに、トキワはふとあることを思い出した。


(よ、よくドワーフとエルフは仲が悪いって聞くけど、まさかこの世界もそうなの!?

ちょ、逃げたい!すっごく逃げたい!今すぐ回れ右したい!)


 しかし元日本人としての性か、礼儀を気にして動けなくなるトキワ。


「ふむ」

「っ…」


 一つ頷いたドワーフに、肩を跳ねさせ挙動不審になる。

ごくりと飲み込んだ唾の音が、相手に届いてないことを願いながら、いつでも逃げれるよう重心を後ろに移していく。


(よ、よぅし。もう腹くくったもんね!

さあこい!怒鳴られた瞬間逃げてやる!)


 ちょっとずれた決意をする駄エルフ。

そしてドワーフの口から出たのは…、


「ワハハハ!そうかそうかエルフか!」


 笑い声だった。


(へっ?)

「じゃあたっぷりサービスしねえとな!」


(さ、サービス?

それはいったいどんな攻撃のことでしょう?)


 しかし偏見を持ってしまっている駄エルフは言葉通りには受けとれない。

「んで、今日は何が欲しいんだ?」

「え、えっと、魔法の発動媒体と、剣をお願いします」


(どんな粗悪品を持ってくる気!?

いいよ!見破ってあげるんだから!)


 再び変な決意をするトキワだが、残念ながら…残念ながら?

この世界のエルフとドワーフはむしろ仲がいい。


 土の精霊を祖先に持つというドワーフはその力で森の土を豊かにし、風の精霊を祖先に持つとされ、森の民であるエルフは、森を健全に保つための間伐によってできた大量の木材を燃料としてドワーフに渡す。

まさにwin-winの関係である。


 近年では新たな燃料資源の発見により、鍛冶の場において木材が燃料として使われることは少なくなったが、そもそも精霊を同じく祖とする種族同士もともと仲がいい。


 まあ、そんなことは知らないトキワは、無駄に警戒心バリバリなわけだが…。


「そうだな…。ちょっとこの剣振ってみろ」


 その辺の樽に無造作に突っ込まれていた剣を一本抜き、トキワに渡すドワーフ。


「わかりました」

(あれ?

いや、でもまだわざとバランスが悪い剣を渡してくるかもしれないもんね!)


 素直に従っているふりをしつつ、内心これである。

いや、そろそろ信じてやれよ。


「よし分かった。ちょっと待ってろ」


 その後ドワーフが持ってきたのは、二本の剣と指輪一つ。


「振ってみろ」


 トキワは、何やら瞳に炎を映して剣を受け取り、言われた通り振ってみる。


(…………………あれ?あれれ?

おっかしいな?めちゃくちゃいいんですけどっ!?)


 だから言っているだろうに…。


「ん?どうした?あわないか?」

「い、いえ!

完璧です!めちゃくちゃ振りやすいです!」

「おう、そうか。次こっちな」


 渡された二本目は、始めの長剣より短い、短剣に区分される長さだ。

コロッセウムで使われたグラディウスより少し短いくらいだろうか?


(これも、使いやすい…)


「よさそうだな。そいつは予備のサブウェポンだ」

(あ、考えてなかったけど、必要か)

「その顔だと、やっぱり考えてなかったみたいだな」

「あ、えと、はい」

(もしかしてもしかして、エルフとドワーフって仲いい!?)


 ようやく気が付いた駄エルフは、頬を赤らめてもじもじもじもじ。

忘れてないか?今お前男だぞ?


「あー、うん。まあアリ、か?

…そんで、こいつが発動媒体だ。剣と、エルフなら弓も使うだろうから、杖じゃなくて指輪を選んだ……んだが、うちじゃそれが精いっぱいだな。

となりのばあさんの店なら、もっといいのがあるぞ」


 いや、ちょい、何が『アリ』なんだ!?

おい、おっさん!?『蟻』だよな?な!?


「あー、そうですね…」

(これでもいいけど、ちょっと物足りないかな?)

「ちなみにこの二本でいくらですか?」

「そいつらは、そうだな、金貨二枚と銀版五枚でいいぞ」

「え、安すぎませんか!?」


 銀板とは、銀貨十枚分の価値のある銀の板だ。銀の量で言えばほとんど等しいため、まだ物々交換の域を出ていないともいえる。


 それはさておき、提示された値段は相場からすると少し安い。

トキワがエルフだから、だと思いたいが…。


「心配するな。利益は十分出る。

こういうのはほとんど技術料だからな」

(この指輪なら、だいたい金貨一枚くらいだし、もっといいのが買えるね!)

「それじゃあ、お願いします」

「おう、まいど!

媒体は、となりのばあさんのところに行くか?」

「はい、そうします」

「そうか。なら、この店に向かって右にあるのが、そのばあさんの魔道具店だ。

ポーション類もいいのが揃ってるぜ」

「わかりました。ありがとうございました!」


このおっさん――今更だがおっさんだよな?――ドワーフの趣向はさておき、予定より安く武器を買えたトキワは、ほくほく顔で店を出て、右へ曲がるのだった。






………ああ、うん。やると思ったよ…。

やっぱり駄エルフは駄エルフだな。

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