第3話 やっと町に着いたよ!


 十分な光が差し込む森の中、長い年月をかけて踏み固められたその道を一人のエルフが歩いていた。

 腰に帯びているのはこの地域ではありふれた安物の片手直剣。鎧の類は身に着けておらず、厚手の服とマントを身にまとい、麻でできた布袋を肩から下げている。


 彼が村を出て早十日。

このあたりでは珍しい淡い青のかった銀色の髪を風になびかせながら歩くその道は、あの村ができた頃より多くの旅人が踏みしめてきた。

 とはいえ、かなりのド田舎であることには変わりなく、最寄りの町まで馬車を使っても三日から四日かかるような場所だ。こんなところで盗賊稼業をしても大した実入りもなく、使う場所もない。

そんな理由から何事もなく、時折布袋の中にある短弓で食料を調達しながら旅を続ける美少年の心境であるが…。


(うぅぅぅ…。遠すぎるって~。寂しいよぉ~、ルーナぁ~)


 早くも一人で旅立ったことを後悔し始めていた。


(だいたい、エルフなら精霊とか見えたっていいじゃない!

ふよふよ魔力の塊はいっぱいあるのにぃ!)


 と、突然憤り始める情緒不安定な美少年(笑)であるが、別に見えていないわけではない。

彼がただの魔力の塊と認識しているだけで、それらが低位の精霊と呼ばれるものである。

とはいえ、このあたりになると精霊といっても自我のない魔力の集まりに過ぎないので、彼の認識も間違ってはいない。

ちなみに、自我のあるような力ある精霊はこんなところにはいない。火山や広大な森の奥深くなど、魔力がたまりやすく自然の力にあふれている場所に発生して、そこから出ることはめったにないのだ。



 そんなこんなで泣きそうになりながら歩き続け、彼がそろそろ野営の準備をしようかと思っている時に、それは見えた。


(あれって、城壁!?城壁だよね!?)


 城があるわけではないので実際には違うかもしれないが、彼の知識体系にある城壁としての防壁がそこにあった。


 彼はたまらず走り出す。

まだ見える位置は遠いが、日が暮れるまでには着けるはずだ。






「こんにちは。通ってもいいですか?」


 勝手がわからないので、一応その場にいた門兵に尋ねてみるトキワ。


「身分証はあるかい?エルフのぼうず」

「なかったらダメですか?」

(ここまで来て町に入れないとかないよね・・・?)


 ちょっと泣きそうである。


「い、いや、通行料が余分にかかるだけだから。おい、泣くなよ?」


 女顔の美少年(笑)のうるうる眼にうろたえる門兵のおっちゃん。がんばれ。そいつは駄エルフだ。見た目に騙されるな!


「そうですか!

よかったです」


 一転、満面の笑み。

おっちゃん、一安心である。


「そんじゃ、通行料銀貨二枚な」

「はい。どうぞ」


 ひと月の間に、自分で獲った獲物をルイスや行商人に換金してもらっていた。あんな辺境の村では二束三文にしかならなかったが、まだ銀貨二枚ほど残っている。

今トキワが帯びている剣もその行商人から買ったものだ。


「あ、そうだ。どこかおすすめの宿ってありますか?」

「そーだな、条件によるが…」

(もちろん、かわいい看板娘かお姉様がいるとこがいいんだけど、私はここでそれを言っちゃうなんて間抜けな真似はしないよ!)


「安くて、料理がおいしいところでお願いします」

「それと看板娘な」

「はうっ!?」


 ダダ洩れだった。

おっちゃん苦笑い。よかったな、若くて。


「まあ、料理がうまいとこってったら、『宿り木』かな。エルフのぼうずのお眼鏡にかなうかはわからねえが、看板娘もいるしな」


にやり、と笑って付け加えるおっちゃん。

駄エルフ、いつぞやのようにちはやふっている。いいぞおっちゃん、その調子だ!


「あ、ありがとうございました~!」

「おう!」





 脱兎のごとく駆け出したトキワ。

立ち止まって気づいた。


(『宿り木』の場所聞いてないじゃん!

誰かに聞かなきゃ。ああでも、ただで聞くのもあれだし…。

でもでも無駄遣いできない!)


 駄エルフクオリティである。


(ま、まずは自分で探してみよう。

そんなに広い町じゃないから、きっと見つかるよね!?)



………

……


「や、やっと見つけた…」


 一方を見れば、既に夜のとばりに包まれ始めている。

 彼が『宿り木』の探索に要した時間、三時間。これはこのミナヅの町を一周するのにかかる時間に等しい。


(気が付いたら変な路地裏にいるし、結局宿も門が見えるところにあるし…私、こんな方向音痴だったっけ?)


 森や村で道に迷うことはなかった。迷ってたら森の住人失格だろう。

つまりこの駄エルフ、もといトキワは“まち限定”の方向音痴――それも極度の――ということだろう。初めに駆け出した方向がそもそも真逆だったこともあるが。

…いや、それも含めての方向音痴か。


「ま、いっか!

たのも~う!」


 そこは道場じゃないぞ、駄エルフ。


「はいはい。あら、かわいいお客さんね。

宿泊かしら?」


 アイナと同年代くらいの…お姉さんがトキワを出迎える。……言葉は選ぶべきだぞ?

例によって長命種のエルフだが、トキワくらいの年齢なら人間と成長具合は変わらない。


「はい!」

「それじゃあ一泊銅貨五枚、食事は一食銅貨一枚追加よ」


 銅貨十枚で銀貨一枚であるため、食事だけなら四泊できる計算だ。

大きな街になればもっと高いが、辺境の小さな町なら相場通りといった額だろう。


(銀貨一枚は残しとかないとだから…)

「とりあえず一泊で、今夜と明日の朝の食事をお願いします」


 銀貨を一枚渡しながら言う。


「わかったわ。はい、これ部屋の鍵とおつりね。そこの階段を上がって、奥から二番目よ。

荷物をおいていらっしゃい。準備しておくから」

「ありがとうございます!」


 ひとまず今夜は野宿をしなくていいようだ。

彼が銀貨一枚を残したわけだが、その時になったらわかる。


 ちなみに、銀貨百枚で金貨一枚、金貨百枚で白金貨一枚になる。

普通に暮らす分には銀貨までしか見ることはないだろうが。


(よかった~ほんと。野宿しないで済んで。

明日は予定通りとして、今日はゆっくり休もうかな)


 荷物を置き、貴重品だけもって部屋に鍵をかける。

やろうと思えば簡単に破れる簡素な鍵だ。信用しすぎるのはよくない。


 食堂は酒場も兼ねているらしく、鍛えられた体をした者たちや、仕事帰りと思しき町の住民、トキワと同じく旅人らしい者など、様々な人で賑わっている。


(あ、ケモミミ。獣人もいるんだね。エルフもちらほら。

ん~ドワーフとか竜人とかはいないのかな?)


 彼はモフラーでもケモナーでもないようだ。そもそも、いくら猫好きでもその本体がいかついおっさんではテンションも上がるまい。むしろ下がる!


「その辺適当に座ってて。今もって生かせるから」

「はい!」



 さて、お忘れかもしれないがこの『宿り木』を選んだ理由は食事のほかにもう一つある。


「お兄さん、どうぞ~!


 看板娘だ。


(キュートガールキタコレ!!

うへへへ~。ヤバいよ!かわいい!

あ~でも後三歳上じゃないとまずいよね。

しょうがない。イエス!ロリータ、ノータッチ!だね!


あ~~やばかわ~。食べちゃいたい!)


 ヤバいのはお前だ、駄エルフめ。

看板娘(9歳)が怯えてるぞ。


「ありがとう。うへへ~」


 女顔でエルフの少年だからぎりぎりなんとか…いや、やはりアウトだな。

お巡りさん、こいつです!


 なお、夕食はとってもおいしかったらしい。まる。

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