第2話 トキワ


 翌朝。

 おはようございます。


(おはようございます。…うん?誰に言った?

 まあいいや。

 昨日はびっくりしすぎてすぐ寝ちゃったけど…私気づいちゃった。

 実は私って天才かも・・・?


 男になったってことは…合法的に!

 まだ見ぬお姉さまやキュートなあの子とお近づきになれる!)


 今の思考で分かっただろうか。

 何を隠そう、その者がまだ女だった頃、彼女の心には百合の花が咲いていたのだ。


 まあそんなわけで、脳みそに、百合に限らず、お花が咲き乱れているその者であるが、今現在避けては通れないピンチに陥っている。


(うん。男の人に朝訪れる、噂の生理現象は、まあいいんだよ。

 見えないからね。

 でもさ、見るしかない時ってあるよね。

 今なんだけど。


 いや、わかってる。これから何回もするんだから、慣れなきゃダメだって。


 でもでもでもでも、やっぱり恥ずかしいじゃない!


 これ、どうやってやればいいのかもわかんないしさ!


 え、持つの?持たなきゃなの?


 我慢…してやっちゃったらやっぱりすっごく恥ずかしいし…。


 ………よし、腹くくるよ!)

「すいません、ルイスさん。トイレ、借りてもいいですか?」

「ん? ああ、いいぞ。こっちだ」


 ルイスに連れられ、トイレへ向かう。


「裏で薪割りを始めてるから、終わったら来てくれ」

「はい」


 ルイスが言ったのを確認すると、改めてシュミレーションをするその者。

 というか、いい加減名前を決めてくれないだろうか。呼びづらいのだが。


(よーし、やるよ!


 まず、ズボンのひもを緩めて――一応、ウェストにひもを通して調整できるようになっていた――で、少しズボンを下す。


 オーケー。ここまでは問題なし。


 次に下着をずらしてっと。


 お、思ったより小さいけど、これを…)


 まだまだかかりそうな気配はあるが、人が用をたすところの解説をされても困るだろう。

 というわけで、割愛だ。


(よし!うまくいったよ!

 さすが私だね!


 ……で、どこで手洗おう?)


 その者が見る限り、手洗い場のようなものはない。

 本来であれば井戸まで行って手を洗うのだが…。


(異世界といえば、剣と魔法!

 よし! 魔法だ!

 むむむ、何か感じるよ!)


 電波か?


(魔力かな?)


 違った。


(これを手の上に集めて~、水! H₂O出ろ!)


 この世界において魔法はイメージである。

 だから、この結果もおかしくはないのだろう。


 魔力さえ操れれば、現代の科学知識があり、サブカルチャーにあふれる日本で育ったその者にとって魔法を使うことは難しくない。

 魔力さえ操れれば…。


「わっ!」

(あーびっくりした。地面がちょっと濡れちゃったけど、もともと土だし大丈夫だよね? ……一応乾かしておこう)


 その者は再度魔法を使用し、地面にしみ込んだ水を操って便器の中に入れた。

 ちなみに、そのトイレは汲み取り式だった。





「ルイスさん、お待たせしました」

「ああ、長かったな。…すまん。井戸の場所教えてなかった」

「あ、大丈夫です! 魔法で水、出しましたから」

「そうか。さすが、エルフだな」


(ん? エルフ!? まじで!? やっほーい!エルフきたこれ!)


「それじゃ、そっちの斧を使ってくれ。薪は、この山のだ。そっちのはまだ乾いてない。割ったらそこに積み上げてくれたらいい」

「わかりました!」


 やけに上機嫌のその者に首をかしげながら、ルイスは作業を再開する。


(でゅふふっ。エルフだよ? イケメンの代名詞! これでお姉様もキュートガールもより取り見取り? きゃっほ~い!)


 本当に、残念な脳みそである。

 仮にも元女が『でゅふふ』はないだろう。『でゅふふ』は。

 というか、まじでさっさと名前決めやがれ、駄エルフが!


「て、重!?」

「大丈夫か?」


(手伝いくらいできないとまずいよね! それに、魔物がいる世界でひ弱な男の子じゃあモテない!)


「大丈夫です!」


(身体強化もきっとあるはず! えっと、瞬発力は白筋だっけ?

あ、でも持久力もいるよね。よし、白筋7、赤筋3の割合で[身体強化]!

イメージは密度が上がる感じで!)


 何度も言おう。

 この世界の魔法はイメージだ。こんなんでも割とどうにかなる。


「よっ!ほっ!」


 先ほどとは違って気持ちのいい音が響く。


「ほう、[身体強化]か。かなりの倍率だな」


 そんな感じで驚いてるルイス。

 ちなみに、駄エルフ、何に驚かれてるのかわかってない。

 薪割りが楽しくなってきて、思考も放棄している。

 駄エルフだ。


 で、何に驚いているかだが、今この駄エルフは一刀のもとに薪を割っている。

 薪割りなどしたことがなかったその者は気づいていないが、普通そんな風に割れるわけがない。


 もちろん、技術的な問題で何度か空振りもしているが、まあそれはいいだろう。

 ともかく、斧を持つだけでふらついていたもやしが、そんな達人みたいなマネ――力技だが――をできるほどの強化倍率であることに驚いているのだ。


 参考までに、一般的な[身体強化]の使い手だと、熟練のものでも100M18秒を10秒と少し程度まで縮めるのが精いっぱいである。

その者の[身体強化]ならもう3,4秒は縮められるだろう。


 まだ未熟な魔法でこれほどの効果の違いを出せているのは、駄エルフが優秀というよりこの世界の住人の知識が不足しているためにイメージが弱いという理由があるからだ。


 まあ、そもそものはなし。


「ところで、それだけ魔法が使えるのになぜ魔法で薪を割らないんだ?」

「あっ…」


 駄エルフだ。


「ト、トレーニングです! 身体もなまっているようなので!」

「そ、そうか」


 身を乗り出して言い訳する駄エルフに、ルイスも引き気味、いや、かなり本気で仰け反っている。


 そんな感じで、いまさら魔法で薪割りをするわけにもいかないその者は、[身体強化]で作業を終えた。

 ああ、かわいそうに。きっと明日は大変だなぁ。いい気味である。




 薪割りを終え、朝食の用意ができたとの声を受けて、二人は家の中に戻った。


「お疲れ様。それにしても、あなたがこんなに早くなじむなんて珍しいこともあるのね」

「ああ、そういえば。…なぜだろうな?」


 ルイスは首をひねる。


「あれじゃない? 彼、なんか残念な空気があるから」


 おい、駄エルフよ。会って二日目のルーナにすら残念呼ばわりされているぞ。


 そこに、部屋に着替えに行っていたその者が入ってくる。


「残念って、わt、俺のことですか?」

「ふふ。ごめんなさい? 気を悪くしたかしら?」


 アイナも否定しない。


「むぅ、知人からもよく言われてた…気がしますけど」


 やはりか、と三人に頷かれ、不満げにするその者。


 それより、いくら女顔だからと言って、『むぅ』は男が出していい声ではないぞ。

 男になったのだから、一人称だけでなくその辺ももう少し意識すべきである。

 どこまでいっても駄エルフは駄エルフだな。




 翌日。


「ノ~~~~!」


 そんな声が村中に響き渡った。


(く、まさか[身体強化]にこんな代償があったなんて…!)


 筋肉痛である。


(でも、人にはやらなきゃいけない時だってあるの! そう、たとえどんな代償を払ったとしてもね…)


 筋肉痛である。


(だから私は、負けない!!)


 何度でも言おう。

 ただの筋肉痛である。


 そんな感じで気合が入りまくる駄エルフを見つめるのは、三対の生暖かいまなざしであった。





 その後、(筋肉痛に耐えて)畑仕事を手伝ったりしながら、数日を過ごした。


(う~ん。そろそろ先のことを考えなきゃだよね。

 まだまだ居ていいってアイナさんは言ってくれるけど、いつまでもってわけにはいかないし…。

 魔法も練習はしてるけど、魔力切れがあるからそれ以外の攻撃手段がいるよね。

 あと、サバイバルのしかたもわかんないし…。

 ………ルイスさんに頼んでみるしかないかな?)


 彼らの村は、あまり大きな村ではないためその者も他の村人との面識はある。

 それでも、何か教えを乞えるほど親しくはないために選択肢は初めから存在しないのだ。





 それから三十回ほど太陽が昇って沈んでを繰り返した。


 その間その者は、ルイスに剣術と気配の消し方や獲物の捌き方、弓の扱いなど、猟師の技を学んだ。

 剣術の才能はそこそこであったが、種族の本能ゆえか、弓の扱いと森での動き方はすぐにルイスのお墨付きをもらえた。


 はじめは、既に持っていると思っていた技術の指導を頼まれて変な顔をしていたルイスだったが、人のいい彼は心よくその者に指導をしてくれた。




 そして、今日。


「お世話になりました」

「いいのよ。色々手伝ってもらったしね」

「俺も、しばらく楽ができた」

「そうよ。また来て。約束よ?トキワ」


 トキワとは、その者が自身につけた名前である。…もう駄エルフでよくないか?


「もちろんだよ。ルーナ」


 このひと月、同年代らしきルーナとトキワはかなり仲良くなった。

 まだまだ少女と少年といった二人だが、もう三年もすれば今いる国で結婚の認められる十五になる。

 アイナ的には、そのままゴールインしてほしかったのだろうが、トキワには目的があった。

 別に、ルーナが伴侶としてダメだというわけではない。

 好みにも近かったので、真剣に悩んだ。


 だが、決定することはしなかった。


 せっかくの異世界転生だ。世界をみてみたいのもある。

 だけど、それ以上に…。


(まっててね!

まだ見ぬお姉様 おあ キュートガール!)


 どこまでいっても、例え何が起きたとしても、駄エルフは駄エルフだった。


(それに……)

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