我らが愛しきTS駄エルフ(♂)の旅

嘉神かろ

第1話 転生/性転


 冷たい機械音が木霊する。


 人間が慌ただしく駆け回る音が聞こえる。


 誰かが泣き叫び、彼女を揺らす。


 静寂な空気に満ちた、喧騒の気配。


 そして、


世界は、夜のとばりに消えた。






◇◆◇

「……知らない天井だ」


 そんなありきたりなセリフを吐いてから、自分の声に違和感をその者は感じた。


(ん?………まあいいか。ともかく、私は助かったのかな?)


 その者はそう言いつつ、疑問に思う。

医者から受けていた説明では、あの状態から回復するようには思えなかったからだ。


(ん~、でも、天国の天井が素朴な木目のってのも変な話だよね?

いや、地獄かもしれないけど。そんなうぬぼれてるわけじゃないよ?)


 ますます混乱を深め、なぜか誰かに言い訳を始めた時だった。


「あ、起きた!」


 鈴の音が聞こえた。

(間違えた。女の子?)


 その者はとりあえず起き上がろうと上体に力を入れる。


「あぁ、そんな慌てて起きなくていいよ。

今水持ってくるから、寝てて」


 その少女が母親を呼びながら部屋を出ていくのを見送り、その者は少女の言葉に甘えて再び脱力した。


 数分後、そのものがうとうとし始めたころ、少女が木製のコップらしきものをもって戻ってきた。


「はい」

「ありがとう」


 少女の手を借りながら、上体を起こし、コップを受け取って礼を言う。


(???)


 やはり己の声に違和感を感じるようだ。


「どう?

気分が悪かったりしない?」

「ええ。大丈夫です」


 違和感を気にするよりも、どうやら看病をしてくれたらしき目の前の少女との会話を優先する。

 しかしその少女の服装もおかしい。まるで、某国民的RPGに出てくる村娘のようだ。


「あら、思ったより元気そうね?」


 そんな声が部屋の入口の方からきこえた。


「母さん。父さんは?」

「なにか獲ってくるって出てったわ。ほら、あの人人見知りだから」

「まったく。ごめんなさいね。変な所見せちゃって」


 そこでその者も再起動する。


「お気になさらず」


 必殺の世渡りスマイルを添えてそう返す。


「それで、あなたはなんであんなところに倒れてたの?」


 そう言われ、考える。


(倒れてたも何も、病院のベッドで寝てたはずなんだけどなぁ?

でも、ここって明らかに病院じゃないし。

誰かが寝てる間に私を誘拐して森の中に捨てたとか?


じゃあなんで苦しくないのさ?

そもそも、この人たち明らかに日本人じゃないよね?


死にかけの病人をみんなに気づかれないうちに外国の森まで運ぶ?

できるわけなくない?


じゃぁ、これって、もしかして…!!)


 なにやらその者の思考がオタクな方向にずれてきた。

その前にあるだろう。やることが。


「ちょっと、ルーナ?

先に自己紹介くらいしなさいよ」

「あ、ごめんなさい!

私はルーナよ。よろしくね」

「まったく。私はこの子の母親で、アイナよ。よろしくね」

「あ、はい。私は…私の名前は………」


その者の前で首をかしげる親子。


「何か、言えない事情でもあるの?」


 アイナが問う。


「あ、いえっ、違います!

そうじゃなくて……」


(私の名前、なんだっけ?)


その者は焦る。

早く、この優しい親子に名を告げなくては、と。


「もしかして、思い出せない、とか?」


 ルーナの言葉だ。


「そう、みたいです…」


 その者は、申し訳なくてうつむいた。


「しょうがない。そのうち思い出すわ。

あなたはルーナが森で倒れてるのを見つけてきたの。

きっとその前になにかあったのね」


 元気づけるような軽い口調に、その者の心も少し軽くなった。






◆◇◆

 夕暮れ頃になって、ルーナの父が帰ってきた。


「ほら、いつまで人見知りしてるの?

あなたも挨拶くらいはしなさいよ」


 そんなことを言いながらアイナが連れてきたのは、がっしりとした体格でほりが深めの四十手前くらいの男性だった。

ちなみに、三人とも暗めの金髪である。


(けっこうイケメンだね)

「…起きたか」

「は、はい…」


「……ルイスだ」

「はい。えっと、私は、記憶がなくて…」


「そ、そう、か」


(うわーーー。ぜんぜん目を合わせてくれないんだけど。

こりゃ筋金入りだね)


 男、ルイスはそのまま部屋をでていった。


そして、すぐに戻ってきた。

アイナに耳を引っ張られながら。


「ごめんなさいね。夕食の準備ができたから、起き上がれそうか聞いてくるようにも言ってたんだけど」

「あ、はあ。……大丈夫です」


 片手を頬にあて、困ったようにため息をつくアイナを見て確信する。


(ああ、やっぱりアイナさんがカーストの頂点なんだね)






 場所を移動して夕餉。

「どうぞ、粗末なものしか用意できないけど」

「今日は父さんが張り切って肉獲ってきてくれたから、これでもいつもよりは豪勢なんだけどね?」


 そういう二人の言葉に謙遜はなく、現代日本に暮らしてきたその者からすればかなり質素な食事だ。

とはいっても、最近その者が食べていた病院食とはあまり変わらないが。


「あ、おいしい」

「そう。それは良かったわ」


「これ、なんのお肉なんですか?」

(魔物、魔物、魔物……!)


 その者はいまだに期待しているようだ。

とはいえ、こう言った期待というのは裏切られるのが筋である。


「チャージディアよ」


 筋……ではないことも時にはあるのだ。…あるのだ!


「こんなんでもこの人、昔は領都の兵士だったの」

「ケガして引退しちゃったけどね」


 妻と娘の言葉に少し恥ずかし気に頬をかくルイス。

だが、その者は気にしない。

そんなことよりも大事なことがあるのだ。


(チャージディア…。魔物!!

やっぱり異世界だよ!ここ!

それに領都だって!


あ、でも、そしたら私、やっぱりあの時死んじゃったのかな?

………お母さん、お父さん、お姉ちゃん。


ごめんね?

先に逝っちゃって。


………もう、顔も名前も思い出せないのに。なんでこんな気持ち、覚えてるかなぁ






……………よしっ!


くよくよしたってしょうがないよね!


切り替えよう!思い出は思い出として、大切にするよ!)



「…ねえ、大丈夫?

やっぱりまだ寝てたほうがいいんじゃない?」

「えっ?

……えっと、大丈夫、です…はい」

「そう?

突然百面相するから、気でも触れたのかと思ったわ」


(は、恥ずかしいよ~~~~~~~~!)


 もう、真っ赤である。

某歌人がいれば、きっと『ちはやふる~』と詠んだであろうくらい、真っ赤である。


「ま、まあ、色々あるだろう」


 さすがに哀れに思ったのか、まさかのルイスからの援護。

しかし残念。これがとどめとなってしまった。


「ぐふっ…!」

「あ、死んだ」


 その者は胸を鷲掴みにして顔を伏せてしまった。


「でも皿は持ったままなのね」


 食い意地がはっているというかなんというか。


「ふふ。面白い人ね」


 まあアイナ一家には好意的に受け止められているようであるが。





 そんなこんなで、団欒の時は過ぎていった。


「ごちそうさまでした」


 その者が手を合わせてそういうと、一同がきょとんとする。


「それは、あなたの故郷でのお祈りかしら?」

「あっ、はい。食べ物や、その食べ物を作ったり、狩ったりした人へ感謝をささげる言葉です。色々あって言いそびれたんですが、本当は食べ始めるときに『いただきます』って言うんです」

「へえ。ごちそうさまでした」


 ルーナが真似すると、アイナとルイスも続く。


「それじゃ、かたずけましょうか」

「あ、手伝います!」

「いいのよ。お客さんで、さっきまで寝込んでた人は休んでなさい。ルーナに手伝わせるから」

「そーよ。それに、これは私たち女の仕事なの。あなたの故郷は違ったかもしれないけどね」


 と、そこでその者は固まる。


(ん??)


 その間にも、てきぱきと片づけを進める二人。


「君には今夜もあの部屋を使ってもらう。まあなんだ。何かしたいのなら、明日の朝薪割りでも手伝ってくれたらいい」


 夕食の時間である程度打ち解けたルイスの言葉で、その者はやっと意識を取り戻した。


「わかりました。少し疲れたので、明日に備えてもう寝ますね!では!」


 そう早口に言い、その者は与えられた部屋へ駆け込んだ。


(お、落ち着け私!

ままま、まずは上から…)


 その者は両の掌を喉の下方、左右の脇の間に当たる位置へもっていく。


(………うん。前世と同じだ。柔らかみも何もない。……ってうるさい!

誰が空気抵抗ゼロだ!まな板じゃないやい!抵抗値1くらいはあるし!

……やめよう。むなしいだけ)


 じゃあなぜそこから確かめた。

もしかして、期待してたのか?ん?


(…なんだろう。すごい馬鹿にされてる気がする。

そ、それじゃあ、ここしかない、よね?)


 その者は、そーーっと右手を伸ばす。

両足の付け根へと。


意識してから、もう“何か”の存在を感じてしまっているが。


(き、気のせいかもしれないしねっ!)


 そーーー……むぎゅ


もみもみ


「い、ん~~~~~~~~~~~!!!!!」


 かろうじて、アイナ達三人の存在を思い出して口をふさいだ。

そして認める。


(わ、わ、私……男になってる!?)

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