第4話 就職したよ!……テンプレはどこ?


 翌朝だ。

 この世界に来てもう二月近くなるトキワは、すっかり日の入りと共に寝て日の出と共に起きるという習慣に馴染んでいた。


(ここのごはん当たりだったね!

門兵さんナイスだったよ!……できればもう会いたくないけど……うぅぅぅ)


 まだ昨日の失態……という名の平常運転を引きずっているようだ。


(ま、まあやってしまったものは仕方ない!

予定通りいこうかな!

テンプレ通りなら、きっと……デュフフフフ!)


 またらりってんのかこの駄エルフは。

 まあ、異世界もの好きならテンションが上がっても仕方ないだろう。……一般的な点と違う部分でテンションが上がっているのは間違いないが。はぁ。


「あ、女将さん。これから道中採集したものを換金に行くんですけど、あの部屋そのまま抑えておいてもらうことってできますか?」

「そうねぇ。うーん、まあいいわ。お昼までに追加分払ってもらえるなら」

「わかりました。それじゃあ行ってきます」





 意気揚々と宿を出たトキワ。既に商店も各々の活動を再開しており、町の大きさ相応の賑わいを見せている。


(さてさて、どんなかんじかな?)


 最重要項目は多少元女としてずれているかもしれないが、数々の物語で語られてきたとある事件というテンプレにも興味がないわけではない。

目的地についても、既に確認済み。迷わずたどり着く方法にも見当は付けているため、その足取りは――スキップしそうなくらい――軽かった。







 見ている側としては迷ってくれたほうがおもしろかったのだが、残念ながら予定通り目的地にたどり着いてしまった。


(おー、ここがって、思ったより小さい?

辺境っていうからもっと大きいかと思ってたんあだけどなー?)


 当然だ。

確かに未開地に接している辺境ではあるが、未開地がどこも資源豊富であるわけではない。

彼が想像しているだろう辺境は、強い力をもった魔物などによって、人類の力が及んでいない魔境に対する最前線の開拓基地、フロンティアだ。

対して、ここミナヅの町は、それ以上開発しても労力に見合った資源がない終着地点ターミナル。つまりはただのド田舎である。彼の期待は的外れだ。


(ま、小さくてもテンプレには関係ないよね!

デュフフフフフフ)


 訂正、期待していたわけではないようだ。


「それじゃあ、た~のも~う!」


 だからそこは……あながち間違ってもないか。

なぜなら今トキワが訪れているのは、荒くれ者たちの巣窟。


トキワの声に視線を向ける、強面たちが仕事を求める場所、『傭兵ギルド』なのだから。


 ここまでもったいぶってきたわけだが、よくある何でも屋、物語によっては冒険者などとも呼ばれる、異世界への来訪者たちにとって定番の職業のギルドである。

 定番というか、異世界出身の人間が周知されていたり、よほど制度というか、住民の警戒心ががばがばだったりしない限り、どこの馬の骨とも証明できないような人間が初めにつけるのはこういった職業くらいだ。


そして、やはりこういったところではどうしても期待してしまう。


(うぉ!

ギロッ!ってなったよ!

じゃあ次はあれしかないよね、って言ってるそばから来ましたよ!)


 テンションアゲアゲのトキワに一人の雄ゴリラ、もとい筋肉の鎧を身にまとった傭兵が近づいてくる。


(さぁ!

君はどのパターンでくるのかな?)


 なぜにこの駄エルフは上から目線なのか。


「嬢ちゃん…じゃなくてぼうずか。

ぼうず、その恰好を見るに登録にきたんだろ。新規の登録ならあっちのカウンターだぜ」


(……あれ?)


 よかった。今回は筋通り期待を裏切ってくれた。……じゃなくて、駄エルフの想定に反して親切な傭兵G。腰に帯びた剣で判断したのだろう。今の彼の恰好で他にそう判断できる部分はない。


「あ、ありがとうございます!」

「おう」


 (……いやいやいやいや!

そこは、『ここはガキの来るとこじゃねぇぞ!』とか、『先輩が親切に色々教えてやるから、ちょっと来いや(ニヤリッ)』とかって悪そうな顔してからんでくるとこじゃないの!?)


 いやいや、はこっちのセリフである。

第一、絡まれたところでチートもないのにどうやって切り抜けるつもりだったのか。

駄エルフである。

咄嗟に礼を言えたことは、まあ日本人として受けた教育の賜物だろう。褒めんぞ?


(む、むぅ。

ま、まだだよ!

まだテンプレは残ってる!

諦めたらそこで試合終了なんだよ!)


 おい、違う意味で試合終了するだろうが。考えて思え!……ん?



期待を込めてカウンターへ向かう。

……くっ、天は彼に味方するのか!?


(キタ――――!

美人受付嬢!

あとは気に入られて他の冒険者、じゃなくて傭兵に嫉妬で絡まれるまでがセットだよね!)


 いや、だからどうやってきりぬけるのだお主は。


「おはようございます。新規のご登録ですね。

登録料はお持ちですか?」


(う~ん、まだタイプかはわかんないなぁ。

お姉さんよりお姉様がいいんだけど……)


 ……そういえばこいつの目的って、出会いだったな…………。


「はい、確かに。

では、こちらに必要事項を記入してください」

「はい!」


 受付嬢から渡されたのは、古代エジプトで使われたパピルスよりはマシ、程度の品質の紙だ。ぱっと見、各欄は手書きに見える。


(印刷技術はないのかな?

……これは、もしかしたらチャンスかも?)


 そんな皮算用をしつつ、一緒に渡された羽ペンを使い、引っ掛かって書きづらい用紙に必要事項を書き込む。

とはいっても必要なのは名前と年齢、それから魔法が使えるかどうかのみなのですぐに書き終わる。

ちなみに、トキワの年齢はルーナと同じ十二歳ということになっている。


「はい。ありがとうございます。

魔法が使えるなら、十二歳でも鉄ランクからですね」


 この世界において、多くの国では十五を成人としているため、魔法を使えない十五歳以下は町の外の依頼を受けられない決まりになっている。そういったものは木札と呼ばれ、駆け出し未満、見習い傭兵として扱われるのだ。


 そのあたりはルイスから聞いていたトキワ。思うことは何もない。


「それで、ギルドの規定はきいていかれますか?」

「もちろん!」


 周りでは、カウンターの方に意識を向けていた傭兵の何人かが満足げにうなずいている。実はこれ、一つの試験であったのだ。


 若い傭兵が情報収集を怠って失敗するころはよくある話である。

それが当人の損――損して失われるものに当人の命が含まれるあたり、掛け金の大きさが垣間見える――ですむならいいが、依頼者やギルド、他の傭兵にまで迷惑を掛けられてはたまらない。そもそも組織のルールすら聞こうとしないなんて、ルールを守る気がないと言っているのと同じである。

そのあたり、信用できるかどうかで斡旋できる仕事も変わってくるのだ。

 ここで躓いた場合、信用の回復はなかなか難しかったりする。いざというときが怖いからだが。

 もちろん、事前に聞いて知っている旨を話せば説明を聞かなかったとしても大きな減点はない。情報の信用度という理由で多少減点される場合もあるが。


 一応、そのあたりも聞いていたトキワだが、駄エルフらしくなくしっかり説明をきくことにしたようだ。


 とまあ、駄エルフが真面目に説明を聞いているところ悪いが、コメディでギルドの制度を事細かに説明する必要もないので省く。

 あまりもめごと起こすな!起こしても自己責任だぞ! あと、依頼は定期的に受けろよな! ということだけ覚えておいてくれればそれでいい。


(まあ、急いでランクを上げる必要もないかな)


 そうだぞ。英雄願望なんて持つんじゃない。無理に強力な魔物に挑んだところで死ぬだけだ。ピンチで超強化なんて少年漫画の主人公属性なんてないんだからな。駄エルフにあるのは駄エルフ属性だけだ。…………別に駄エルフが心配というわけではないからな?


(予定通りこの町でしばらく頑張るよ!)


 うむ、その息d(宿の天使ちゃんと美人受付嬢さんの攻略を!)


 ……駄エルフはどう転んでも駄エルフだな。うん。

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