百物語

円谷丸子

第1話 鏡の中



 どんな学校にも「学校の七不思議」と呼ばれる話があるものだろう。

 Aさんの中学校も例に漏れず、やはり「七不思議」があり、その中の一つに「死を映す鏡」という話があった。

 校舎の三階、放送室の隣にある、屋上へと続く階段の踊り場に設置されている鏡に関する話である。

 噂によると、深夜一時にその鏡で合わせ鏡をすると、自分の死に姿が鏡の奥の方から近づいてくるのだという。


 三十年ほど前、まだ深夜の学校に忍び込むのが容易だった頃、この話を聞いたAさんの友人が「七不思議」を試してみようと思い立ち、Aさんを誘い学校に忍び込んだ。

 

 深夜0時、二人は鍵が壊れたままになっていた窓から学校へ忍び込み、Aさんが持つ懐中電灯の小さな灯一つだけを頼りに「七不思議」を一つずつ試していった。「校舎を歩き回る人体模型」や「音楽室から聞こえるピアノの音」などベタな話ばかりであったが特に収穫もなく、深夜一時を迎えたという。


 少し肌寒さを感じる夜だった。

 彼らは放送室の隣にある階段を登り、踊り場に着いた。

 Aさんはそのときなぜか、鏡を絶対に見たくないという気持ちになり、懐中電灯を消して顔を伏せたという。

 暗闇の中で俯くAさんに痺れを切らした友人は、Aさんの手から懐中電灯を奪うと灯りをつけて鏡に向けた。Aさんはそのまま俯いたままでいた。


「眩しいな」

 友人はそう呟き、懐中電灯を床に置いた。壁を照らして間接的に鏡を照らそうとしたのだろう。

「A、お前やらねえのかよ」

 友人に声をかけられたが、Aさんは断った。

 どうしてもこの噂だけは試したくなかったという。

「じゃあ俺がやるから待ってろ」

 友人が鞄からゴソゴソと鏡を取り出す音だけが聞こえていた。Aさんは俯いたまま、ぎゅっと強く目を瞑った。


 ん?と友人が小さく喉を鳴らした。それと同時に、生暖かい風が吹いた。

 Aさんは思わず耳を塞いだ。今すぐにでも逃げ出したかった。

「おいおいおいなんだよ」

 友人がそう声を上げるのが微かに聞こえたと同時に、Aさんは走り出した。一目散に階段を降り、友人を置き去りにして家まで走った。友人には明日謝ればいい、とにかく今はあの場を離れたい一心だったという。


「お前さあ、逃げることはねえだろ」

 翌日友人は笑いながらそう言った。Aさんが謝ると友人は、

「そんなことより、俺マジで見たぜ」

 と興奮気味に言った。

 何が見えたのかと聞くと、友人はよくわからないと答えたそうだ。

「真っ黒な塊みたいなのが、奥からゆっくり近づいてきたんだよ」


 それからしばらくしたある日のことだ。

 Aさんが教室に着くと、友人の姿がなかった。彼が学校を休むことなど滅多になかったので、珍しいこともあるものだと思っていると、担任の先生がやってきた。後にも先にも見たことのないような、憔悴しきった表情だった。

「昨晩、⚪︎⚪︎の家が火事で全焼した」

 放火だったという。夜中の犯行だったため、家族全員逃げ遅れてしまったらしい。



「今でも、あのときの声が忘れられません」

 Aさんは私にそう教えてくれた。

「彼が合わせ鏡をしているとき、ずっと耳元で声がしていました。『熱い』と」


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