第二八話 彼女は隠していた

 昼休み明け、翠川は学校から姿を消していた。

 そして、翌日も学校に来なかった。

 僕たちはこの状況を重く受けとめ、改めて昼休みに屋上で作戦会議を行うことにした。


「……んで」


 フェンスに背中を預けながらその場に腰を下ろし、飯塚が前髪を掻き上げた。


「なんでわたしが呼ばれてるのかなァ?」


 うむ、分からん。


 今回の作戦会議を提案してきたのは、八鳥である。

 そして、今回は僕だけでなく飯塚も一緒にくるよう言われた。

 八鳥が何を思って飯塚を呼んだのかは分からない。

 ただ、八鳥の顔は神妙そのものだった。


「飯塚……いや、サキちゃん」


 八鳥が飯塚の前に立ち、真剣ながらも恐る恐るといった様子で口を開く。

 飯塚は座ったまま、その視線をジッと見つめ返している。


「こんなに近くにいたのに、ハルちゃんにばっかり目が行っちまって、まったく気がつかなかった。いや、サキちゃんも、たぶん本気で隠してたんだよな……」


 八鳥が俯きながらギュッと両手を握りしめる。

 なんだなんだ? なんの話をしている?

 飯塚はしばらく黙って八鳥の顔を眺めたあと、口の端をニィッと吊り上げた。


「バレちまっちゃァ仕方がねェ。何処で気づいた? この前のフードコート?」

「それは……」


 八鳥がスマホを取り出して、飯塚に差し出した。


「サキちゃん、インストでけっこう匂わせしてるだろ」

「んぐ……べ、別にそういう意図はないケド……」

「アサキも見るか? これ……」


 あん? 僕が何を見るって?

 インストって言うのは、たぶんインストグラムのことだよな?

 僕みたいな陰キャには無縁の世界だが、そういうSNSがあることは知っているぜ。

 どれどれ……あん? これは飯塚ではないか?

 こいつ、陽キャモードでこっそりインストなんてやってたのか。

 IDは『@saki_x_atsu』……って、露骨だな。こういうの、好きだぜ。


「わたしも好きだぜ、アイボォ」


 ――で、この画面に写ってる画像がなんだと言うのだろうか。

 本気モードの飯塚が財布を顔の横に持ってエンジェリックスマイルをしている。

 くそ、加工してんのか? 神々しすぎて失明しそうだぜ……。

 キャプションには『高校生でバリバリ財布ってありですか?(*'ω'*)』と書いてある。

 ――って、この財布、僕のじゃないか!

 こいつ、バリバリ財布をバカにしやがって……! 使い勝手は最高なんだぞ!?

 くそ、まあいい。コメントも読んでみるか。


『まさかサキちゃんのじゃないですよね』

『弟さんとか?』『もしかして彼ピの?』

『彼氏がバリバリ財布とかないわぁ』

『サキちゃんのピがバリバリ財布とか、逆にありかも』

『いや、普通に蛙化案件でしょ』


 ぐおお、好き勝手に書き込みやがって……。


「……なるほど、アッくんの財布を見たんだね」

「う、うん。この前、フードコートで飯を買ってるときに見てダッセェと思ってたんだけど、そういやと思ってサキちゃんのインスト見たら、まったく同じやつで、あのときのアサキの変な反応とかと合わせて考えたら、もう飯塚がサキちゃんだとしか……」

「名推理だぜ、ヤトリン……」


 飯塚はフッと薄く笑って立ち上がると、何を思ったのかクソダサ黒縁眼鏡を外し、さらにクソダサ三つ編みお下げをほどきはじめた。

 そして、前髪をとめていたピンを外し、手櫛でサラッと髪全体を撫でつける。

 三つ編みの癖が残った髪は美しいウェーブを描き、クソダサ眼鏡を外したことで目のサイズは一回りほど大きく、下ろされた前髪はチャーミングにその表情を彩って――。


 これは、美少女モードの飯塚だ! 制服の美少女モードとか初めて見た!

 く、くそっ! 眩い!

 可愛くておっぱいデカくて制服とかヤバいって! 危機感持ったほうがいいって!


「すまねェ、アイボォ、ずっと隠していたんだがよォ……」


 飯塚が薄い笑みを浮かべながらこちらに向きなおる。

 正面から見るとさらに可愛いぜ……このままじゃ見てるだけで好きになっちまう……!


「ふっ……アイボォもわたしのカリスマ性にすっかり参っちまってるみたいだなァ」


 飯塚がニィっと口の端を吊り上げた。

 この溢れ出んばかりのカリスマ性……ま、まさか、おまえは……。


「そうさァ! ポップティーンのカリスマ読モ、サキちゃんとはわたしのことだゼ!」


 くるっと回ってニカッとスマイル! そして、横ピース!

 だ、ダメだ! こんなものを見せられたら、今すぐ求婚してしまう!

 抑えろ! 抑えるんだ、僕!


「安心しなァ……アイボォの滾る思い……全部受けとめてやるからよォ……」


 飯塚が両手を広げて受け入れ態勢を取っている。

 この場で僕があと一歩踏み出すだけで、あのたわわなおっぱいに抱かれることができる。

 天使のごとき愛らしい美少女のおっぱいに包まれることができるのだ。

 何を躊躇うことがあろうか。このまま心のままに身をゆだねるのだ……。


「おまえ、昨日もあたしにも似たようなこと言ってたよな……」


 八鳥がジトっとした目でこちらを睨んでいる。

 おっと、八鳥さん? あんまり飯塚の前でそういうこと言わないでくれる?


「……アッくん?」


 あ、受け入れ態勢が終わった。そして、なんかすごい目つきで睨まれてる。

 よし、オーケー。いったん落ち着こう。

 僕たちは翠川をどうするかについて話をするんだったよな?


「……ヤトリン?」


 飯塚の首がカタカタカタッと壊れた人形のように八鳥のほうを向く。


「ち、ちがっ……! こ、こいつがあたしのスポブラ見て勝手に興奮してただけで……!」

「スポブラ……?」

「あ、いや、それは、別にそういうことではなくて……!」


 おいおい、勝手に地雷を踏み抜いていくスタイルはやめてもらっていいですかねぇ……。


「……そンなら、わたしは……」


 うわ、こいつ、脱ごうとしてるぞ! 八鳥、とめろ、とめろ!


「サキちゃん、待って! 話をしよう!」


 二人で何とか脱ごうとする飯塚をおさえ、その場に座らせる。


「ふっ……ヤトリン、わたしですら写真でしかやったことのないセミヌード大公開をやっちまうなんて、とんだライヴァルの出現に震えがとまらねェよ……」

「す、スポブラだから! そこまで見られて恥ずかしいもんじゃないからさ!」


 まあ、最近はスポブラみたいなトレーニングウェアとかもあるしね。


「いやでも、おまえは興奮してただろ?」


 いや、だから、そうやっていちいち僕に話を振るなって!

 飯塚を見ろ! またすごい目つきになってるだろ!


「まさか、このわたしが新参者にマウントをとられちまうとはなァ……まァ、わたしがここまで絆される男を他の女が放っておくわけがねェとは思っていたがよォ……」


 飯塚が燃え尽きたボクサーみたいになっている。


「さ、サキちゃん……」


 八鳥は複雑そうな表情で飯塚を見下ろしていた。

 そして、意を決したように口を開く。


「そろそろ、話を前に進めようぜ……」


 意外と進行とか気にかけるタイプだった。

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