第二九話 彼女たちは知っていた

「それでヤトリン、わたしの正体を白日の下に曝して、何が望みだってェ言うんだい?」


 フェンスに背を預けながら、飯塚が長い脚を組む。

 顔は美少女モードでも制服は陰キャモードなので、どう足掻いてもパンツは見えない。

 もう身バレもしたんだし、次からはスカートも短めでお願いできないかなぁ……。


「ダメだぜ、アイボォ。そんなことをしたらわたしがモテモテになっちまうからなァ」


 まあ、確かに。飯塚が他の男子にモテるのはすこぶる不愉快だな。

 カリスマ読モの飯塚は仕方ないとして、隠キャ飯塚は引き続き僕専用であってほしい。

 やっぱり明日からはいつものクソダサ眼鏡お下げにロングスカートでオナシャス……。


「んぐぐ……だからさぁ、そういうのがダメなんだって……」


 おお、照れておる。美少女モードで照れ顔とか、僕を昇天させる気か。


「サキちゃん……そんな顔やめてくれ……ここままじゃ推し変しちまう……!」


 八鳥も身悶えていた。分かるぜ、友よ。


「ていうか、けっきょくヤトリンはどうしたかったわけ? わたしが読モのサキだってことを認めたからって、翠川さんがどうにかなるわけじゃないでしょ」


 急に真面目な顔に戻って飯塚が言う。

 こいつもそろそろ進行について意識しはじめたか。

 

「サキちゃん……あ、あたし、ずっと前からサキちゃんとハルちゃん両方のSNSを追っかけてるんだ。もちろん、インストだけじゃなくて、レックスとかタックトックも……」

「……なるほど、そういうことね」


 なんだなんだ? どういうことだ?


「……サキちゃんとハルちゃん、同じダンス教室に通ってるよな?」


 ……なんだと?


「タックトックで何度か一緒に踊ってるとこ上げてたし、高校の制服バージョン見れるかなって期待してたけど、ぜんぜん音沙汰なくて、不思議には思ってたんだ」


 いやいや、マジで言ってる? 飯塚と翠川が知り合い?

 なんだったら、動画系のSNSで一緒にダンスを踊るくらい仲良しってこと?


「ハルちゃんはアサキとの間を取り持ってくれる友達がいたけど、あてにならなくなったからってあたしに助けを求めてきた……」


 そう言えば、そんなことを言っていたな。

 ――ん? いや、待てよ。それって、つまり……。


「ハルちゃんとアサキの間を取り持ってくれてた友達って、サキちゃん……だよな?」


 飯塚は上目遣いに八鳥を見つめながら押し黙っている。

 まさか、そんなことがありえるのか?

 考えろ。これまでの飯塚の行動に何かおかしなところはなかったか。

 ――いや、何もおかしなところはなかった。

 飯塚に相談すれば、常に状況が前進した。

 何か翠川について困ったことがあれば、飯塚に相談すればすぐに解決した。


 ――つまり、そういうことか?

 僕が飯塚に相談し、その情報を翠川が受け取る。

 あるいはその逆だったのかもしれない。

 翠川によって、逆に僕が飯塚に相談するよう仕向けられていたのかもしれない。

 そして、なんらかの事情で飯塚は翠川への協力を継続できなくなった……。


 理由については、言われなくとも分かる。

 もう僕はあの夏の日の僕ではない。


 いや、そうか……すべてはあの日から仕組まれていたんだな……?


「さすがアイボォ……集まった情報から、ついに真実に辿りついたなァ?」


 飯塚が薄い笑みを浮かべる。まるで泣いているかのような笑みだ。


「そう。わたしはずーっと、ハルナのためにアッくんの周りに余計な虫がつかないようにしてたんだよ」


 ずーっと……?

 それはつまり、高校に入学してからではない……ということか?


「そう。中一のころからだからね。さすがにアッくんと仲良くなったあとだけどさ」


 そうか。よかった。さすがにちょっと焦ったぜ。

 飯塚がもしも翠川のためという打算で僕と友情を結んでいたのだとしたら、僕は今ここで舌を噛んで死んでいたかもしれん。


「はっはァ! アイボォはやっぱりわたしのことが大好きだなァ! 安心しな! アイボォとわたしの友情は間違いなく本物だぜ!」


 当たり前だ。

 僕にとってこの三年間で真に友人と言えるのは飯塚だけだった。

 それが偽りであってたまるものか。


「……アッくん……」


 飯塚はちょっと泣いていた。

 良いことを言ってしまった。我ながら罪な男だぜ。


「……くっ……尊いぜっ……」


 何故か八鳥も泣いていた。こいつ、根っこはオタクだな?


 ――と、飯塚が急にスマホを取り出して弄り出した。

 そして、僕のスマホがブルっと震える。

 画面を確認してみると、飯塚から何処へやらの住所が送られてきていた。


「ハルナちゃんの今の家の住所。行ってあげなよ」


 そうか。また直接対決をしろと言うのだな。

 確かに、翠川が引きこもってしまった以上、こちらから出向くより他はない。

 僕も、翠川には謝らなければならないことがある。


「……でも、サキちゃん、いいのかよ」


 何故か心配そうな面持ちで八鳥が言う。


「こいつを行かせちまったら、サキちゃんは……」


 なるほど、八鳥はそういう心配をしているんだな。

 舐められたもんだぜ……。


「安心しな、ヤトリン。わたしは何も心配してねェさ。何故なら、アイボォは……」


 そう、何故なら、僕は……。


「童貞を拗らせちまってるからなァ!」


 そういうことさ! 心配しないでくれよな!

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