第二四話 彼女たちは賭ける

「な、なあ、この勝負、何か賭けないか?」


 スポッティでバドミントンをしていたときのことである。

 アサキ兄妹VS飯塚姉妹でのダブル戦の最中、美希が急にそんなことを言い出した。


 賭け勝負か。確かに悪くない。

 しかし、いったい何を賭けようか……。

 あ、そうだ、僕が勝ったら美希に普通のブラジャー着けてもらおうかな。


「……は?」「アッくん?」「おにい?」


 うおおお、三人の僕を見る目がヤバい。

 そんなに変なこと言ったか?

 不自然なものを自然な形に正そうとしただけなんだが……。


「アッくん、前から言ってるとおり姉妹丼は別にかまわないけど、まず姉だよ、姉。分かる?」


 飯塚がめっちゃ自分のほうを親指でぐいっぐいっと指さしている。

 というか、姉妹丼は別にかまわないんだ……。


「おにい、やっぱりおっぱいが大きい子じゃないと妹じゃないってこと……?」


 いや、おっぱいが小さくてもアユミは僕の妹だよ。

 もちろん、大きいにこしたことはないけどね。


「やっぱりおっぱいが大きくないとダメなんだーっ!」


 大きな声を出すな。


「くっ、ケダモノ……お姉ちゃんがいながら、すぐそうやってわたしを手籠めにしようとして」


 美希は赤い顔をしながら自分の胸許を隠している。

 きっとあの中には圧迫されて苦しい思いをしているおっぱいがあるはずだ。

 僕はそれを解放してあげたいだけだ! おっぱい解放軍なんです!


「じゃあ、わたしが勝ったらアッくんの童貞をいただく!」


 ビシッと飯塚が僕にラケットをつきつけてくる。

 おまえもデカい声を出すな。


「じゃあ、アユが勝ったらおにいにキスしてもらう!」


 あれ、そういうのって相手側のチームに要求するもんじゃないの?


「え? そうなの?」


 そうだろうよ。


「じゃあ、サキちゃんが今日一日おにいとベタベタするの禁止!」

「はぁ!? なんでよ!?」


 飯塚がキレてる。

 要求のムチャクチャ度ではおまえのほうがひどいからな?


「だって、サキちゃんがおにいにベタベタしてるとアユぜんぜんくっつけないもん!」


 アユミはプンプンとむくれている。可愛い妹だぜ。


「ぜ、絶対負けねェ……!」


 うわ、なんか飯塚の背後に闇のオーラが見える!

 こいつ、地味にスポーツ万能だからあんまり本気出してほしくないんだが……。


「じゃ、じゃあ、わたしはアツにいとアユちゃんの両方からキスしてもらおうかな……」


 何故かちょっとニヤけながら、美希が言った。


「ええっ!? ミキちゃん!?」


 アユミが驚いたように目を丸くしている。

 一方、僕はそれほど驚きはなかった。別に意外ではなかったからだ。

 美希の目は最初から僕ではなくずっとアユミを見ている。

 たぶん僕は囮だ。本命はアユミだろう。


 美希が着ているティーシャツが百合アニメの公式グッズだということには気づいていた。

 飯塚がBL好きであるように、美希は百合萌えなのだ。

 しかし、飯塚と違ってリアルもいける口だったとは知らなかった。

 アユミ、おまえの貞操も狙われてるかもしれんぞ。


「ミキちゃん……ごめんね、アユの初キッスはおにいに予約されちゃってるから!」


 アユミがビシッと美希にラケットをつきつける。

 お兄ちゃん、そんな予約をした覚えはないんだけどな。


「ちっ……妹にも手を出して、何処までケダモノなんだよ……」


 美希がめっちゃ僕を睨みつけてくる。

 誤解を生むような発言はやめろ。


 ともあれ、それぞれの勝利報酬が決まったところでいよいよゲームスタートだ。

 やはり飯塚の動きは素人のそれではなかった。

 こちらはアユミがスポーツ万能タイプなので、僕はサポートに回ることにしよう。

 とりゃー! ダイビングレシーブだ!


「やるじゃないかブラザァ! それならこうだ!」


 逆サイド!? しかーし、僕の歩法を舐めちゃいかんぜ!


「ま、間に合うの!? 今のゴキブリみたいな動きはなに!?」


 蔵野流自在式柔術は相手を転ばせて踏むのが基本なので、逆に地に伏した状態からいかに攻撃をかわし反撃の体勢を作るかということにも重点がおかれているのだ。

 ダイブしたからといって、そのあとが隙だらけだとは思わないでいただこう!


「ぬう! まさかのここで古流武術! それならばわたしはこうだ!」


 おお、まるで踊るような軽やかなステップ! 

 そして、圧倒的なバランス力! まさかあの体勢からこの速度のスマッシュだと……!?


「ちょっと! おにいたちだけで楽しまないでよ!」


 む、すまんすまん。ついつい白熱してしまった。


 それから僕らは真剣なんだかボケてるんだか分からない状態で、ついに20対20のタイブレークを迎えてしまった。

 ただ、僕は正直、そろそろこのあたりでやめるべきだと思っていた。

 みんなは気づいていないようだが、先ほどから美希の息遣いが極端に荒い。

 おそらく、胸を締めつけられてるせいで呼吸がしにくいのだ。


「さあ、ついにアッくんの童貞を散らすときがきたようだねェ!」

「させないよ! おにいの純潔はアユが守る!」


 なんか魔王と勇者みたいな会話になってないか?

 それはそれとして、勝手に盛り上がってる二人をよそに僕はススっとコートを回り込んだ。


「美希、大丈夫か?」


 膝に手をつきながら荒い呼吸をする美希に声をかける。


「だ、大丈夫。もう少しで終わるし……」


 そう言いながらも、明らかに顔色が悪い。

 これ以上の継続は危険だろう。

 ――いたっ! なんだ!? ああ、シャトルか。


「ちょっと、おにい! なんでそっちのコートにいるの!?」

「そうだよ、アッくん……って、美希? 大丈夫?」


 飯塚も美希の様子に気づいたらしい。

 慌てた様子で駆け寄ってきた。


「トイレか授乳室に連れて行ってあげて。ブラを外せばマシにはなると思う。アユミ、何か飲みもの買って来てくれ。できれば、水かスポーツドリンクで」

「わ、わかった!」

「美希、歩ける? ごめんね、気づかなくて……」

「ううん、大丈夫だから……」


 バタバタッとそれぞれが目的の場所に向けて動き出した。

 僕はひとまずラケットとシャトルを片づけて、次の人たちに入室を促す。

 まだ僕らの利用時間は残っていたが、もう続きをプレイすることは不可能だろう。

 次の人たちに『大丈夫ですか?』と心配されたが、どうぞお構いなくと営業スマイルをしておく。


 飯塚たちは近くにあった授乳室に駆け込んだようだ。

 おそらくそこなら椅子もあるだろうし、少しくらいは休めるだろう。

 入口の前にはアユミが立っていた。


「おにい、よく気づいたね」


 まあ、視野を広く持つのは一対多戦における基本だからな。

 うちの柔術における十人組手は一対五を二セット行うという形式なので、常に全体を見れる眼を養っておかないと一瞬で床を舐めることになる。


「げげー……アユも再来年の春にやるんだよね? イヤだなぁ……」


 アユミが苦々しそうに舌を出している。

 可愛い舌だ。色んなところを舐めてほしい。


「えー? おにいが舐めてほしいっていうなら、アユはどこでも舐めてあげるけどぉ……」


 しまった。うちの妹はそういうタイプだった。

 迂闊なことは言うものじゃないな。


「二人ともごめんね、美希、なんとか大丈夫そう」


 ――と、授乳室から二人が出てきた。

 おお、美希のおっぱいが良い感じにデカくなっておる。

 代わりのブラジャーがあったのかな?

 あるいは……ノーブラか!? おっぱいの先にお星さまが浮かんでたりするわけか!?


「け、ケダモノ……!」


 美希が顔を赤らめながら胸許を隠した。


「はぁ……おっぱいが見たいならわたしのを見ればいいでしょ。でも、ありがと。美希、もう少しで貧血を起こしそうだったみたい」


 酸欠からくる貧血か。危ないところだったな。

 まあ、大事にならなくてよかった。


「ほら、美希もちゃんとお礼を言って」

「う……あ、ありがと……」


 美希が照れくさそうに上目づかいで礼を言ってくる。

 可愛いやつだぜ。いつかおっぱい揉ませてくれ。


「……っ! ケダモノ! そうやってすぐに姉妹丼に持ち込もうとして……っ!」


 顔を真っ赤にして、謎の憎まれ口を叩きながらアユミのほうに走って言った。

 小学生のころはもうちょっと素直な性格だった気もするんだけどなぁ。

 いや、どんなに素直でもおっぱいは揉ませてくれんか。


「まあ、思春期真っ盛りだからね。口ではああ言ってるけど、いっつもアッくんに姉妹丼されること想像してイケないことしてるの。さすが、わたしの妹ってところね!」


 そんなこと勝手にカミングアウトしてやるな。美希が不憫でならねぇ。

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