第二三話 彼女たちの休日

 飯塚は自分で何かのスイッチを入れてしまったようで、僕のことをバックハグしたまま首筋に鼻をうずめている。

 マジで観衆の注目を集めているので、そろそろやめていただけませんかね。


「ダメだ、ブラザァ、このままホテルに行っちまおうゼ。場所はもうおさえてあるんだ……」


 行かん。というか、なんですでにホテルの場所チェック済みなんだよ。


「そりゃ、あわよくばお持ち帰りするつもりだからに決まってンだろうがよォ……」


 マジかよ。相変わらず考えることがヤベエな。


「サキちゃん、ダメだよ。あんまりなめなめしてると、またおにいの耳がかぶれちゃう」


 アユミがポーチからハンカチを取り出しながら駆け寄ってくる。

 やはり最後に頼りになるのはこんな状況でも冷静に対処してくれる我が妹ですよ。

 

「ごめんね、アユちゃん。でも、一度この体勢になると、もう離れられなくて」

「分かるー! でも、アユは別に耳はいいかな。なんか苦いし」

「大人の味ってやつさァ」


 それ、単純に耳垢の味だからな。


「あれ? そういえば、ミキちゃんは?」

「なんか自撮り棒を買うってミックカメラに行ったよ」

「わお、リア充っぽいね!」


 キャッキャしている。

 この二人に混じったら、たぶん僕が三姉弟の一番末っ子かな。


「えー? アッくんはわたしの彼氏なんでしょう?」


 ニヤニヤと飯塚が流し目を送ってくる。

 ぐぬぬ。単にナンパ野郎撃退のための理由づけです。

 調子に乗らないでいただきたい。


「分かってないなぁ。わたしみたいな陰と陽を使い分けるスーパーガールの彼氏を名乗れるアッくんのほうが幸運なんだよ? もうちょっと幸せを噛みしめてほしいね」


 それは確かにそうだ。

 僕にはもったいないくらいだから、慎んで辞退させてもらおう。


「あーん! ごめん、やっぱりわたしが調子に乗りました! 今日だけ彼氏やってよぉ!」


 うわ、あざとい! そして、可愛い!

 仕方ないな……今日は僕が飯塚の彼ピをやってやるぜ!


「やったぜ!」

「じゃあ、アユはおにいの妹をしてあげるね!」


 いや、別にしてもしなくてもアユミは僕の妹だよ。


「うわ……さっそくベタベタしてる……」


 ――と、ミックカメラのほうから小柄な女の子が駆け寄ってきた。

 陰キャモードの飯塚をそのまま小さくしたような女の子だ。

 違いを挙げるとすれば、眼鏡がそこまでダサくないことと髪がショートであること、それから身長が僕よりも低いということだろうか。

 さりげなくアニメキャラがプリントされた大きめのシャツの上にスポーツブランドのパーカーを着て、下にはレギンスパンツをはいている。

 おっぱいは身長に対してかなりデカいはずだが、外出の際はいつもサイズを小さくするというイリーガルな下着によってダウンサイジングしていた。


「お、おまえみたいなスケベどもがおっぱいばっかり見てくるからだろ、ケダモノ」


 ミニ飯塚――美希がジト目で睨みつけてくる。


「さっさとお姉ちゃんから離れろよ。見ててイライラするんだよ」


 奇遇だな。ぼくのおちんちんもさっきからイライラしっぱなしさ。


「ミキちゃん! 自撮り棒買ってきたの?」

「あ、アユちゃん……うん、さっそく一緒に撮ろ?」

「撮ろー撮ろー!」


 美希がさっそく買ってきた自撮り棒を開封し、アユミと一緒に自撮りしている。

 あ、今の角度、僕らも写ったな。

 というか、いつまで飯塚はくっついているつもりなんだろう。


「もう今日はずっとこのままでいようぜェ」


 無茶言うな。これからスポッティですよ。


「ボウリングやダーツくらいならいけそうじゃない?」


 二人羽織じゃないんだからさ……。


「……ていうかさ、アッくんはいつもわたしがナンパされてたらすぐ助けてくれるよね」


 少しそれまでと違うトーンの声で、飯塚が耳許に囁いた。

 何を今さら。いつもナンパ待ちみたいなオーラ出して男を釣ってるくせによく言うぜ。


「まあ、わたしの美貌ゆえってことさァ」


 致し方なし。陽キャモードの飯塚は確かに掛け値なしの美少女と言えよう。

 もし僕らが他人だったら、逆に僕がナンパする立場だったかもしれねぇ……。


「いいや、それはないね!」


 いきなり飯塚が僕の体をつき飛ばした。

 なんだなんだ?


「ブラザァにそんな度胸があれば、今ごろわたしはベッドの上でよがりまくっていることだろうよ!」


 確かに。僕にナンパは無理だったわ。

 あとデカい声を出すな。

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