第二二話 彼女の彼氏

 最近は中学生でも出かけるときはしっかり化粧をするのだそうだ。

 化粧品にはどうにも高いイメージがあるが、昨今は中高生でも買いやすいお値ごろな商品がたくさんあるらしい。

 ちなみにそういうものをプチプラコスメというとか。また一つ賢くなってしまった。

 というか、別に彼氏と出かけるわけでもないのに、そこまで入念に化粧をする必要があるのだろうか。

 

「なに言ってるの! おにいとお出かけするのに、手抜きなんてできないよ!」


 アユミはもう30分くらい居間のちゃぶ台に化粧品やアイロンを広げて格闘している。

 まあでも、コテで髪の毛を巻きはじめたので、たぶんそろそろ終わるだろう。


「待ち合わせって何時だっけ?」

「11時にアムザ前」


 まだ時間的に余裕はあるが、今日は電車に乗るので少し余裕を持たせておきたい。

 別に僕だけ先に言って近くのゲーセンで時間を潰してもよかったのだが、それはアユミに拒否された。


「当たり前じゃん! おにいのデートはアムザ前からかもしれないけど、アユのデートは玄関からはじまるんだよ!?」


 デートではない。今日は僕とアユミと飯塚姉妹の四人でスポッティに行くのだ。

 何やら昨日のカラオケの際にノリで決まってしまった。

 まあ、久々に体を思い切り動かすのも良かろう。最近は稽古もサボりがちだし。


「よーし、できた! どう、おにい?」


 髪型が決まったようだ。おお、今日はゆるふわポニテか。良いね!

 星印ロゴのオーバーサイズなスウェットにショート丈のキュロットスカートというコーデも最高に可愛い。我が妹じゃなかったら今すぐ彼女になってほしい。


「仕方ないなぁ。アユは妹だけど、特別におにいの彼女になってあげるよ!」


 やったぜ。とりあえず、準備ができたなら出発するか。


「はーい」


 というわけで、僕らは自転車に二ケツで地下鉄の駅へと向かった。

 まあ、確かにこうしてみるとデートっぽく見えなくもないか。

 というか、単純に僕が弟に思われるかもしれんな。身長抜かれてるし。


 それから僕らは駅近くの駐輪所に自転車をとめ、地下鉄に乗って目的地へと向かった。

 日曜の昼間ということで利用客はそこそこ多く、残念ながら空席はなさそうだ。

 僕が適当な位置のつり革をとると、アユミはぴったり僕の横に立って腕を組んできた。


「いやー、おにいを独り占めできる至福のひとときだねぇ……」


 つり革に掴まりなさい。僕よりも掴みやすいんだから。


「はぁ……おにいは妹心をちっとも分かってないよ」


 分かるものか。そんな心はない。


「じゃあ、例えばこれがおかあだったらどう?」


 母上だと? 母上が僕の腕にか……。

 それはそれはおっぱいの感触が堪らないことだろうなぁ。

 うむ! 大いにありだと思います!


「そんなのマザコンだよ! 高校生にもなって!」


 もうちょっとアユミのおっぱいが大きくなったら、シスコンにもなってやるからな。


「ぐぬぬ……」


 アユミがスウェットの上から自分の胸を揉みしだいている。

 まあ、あの母上の遺伝子があればいずれはアユミも巨乳になることだろう。

 そうなったら、脱衣所でうっかり遭遇イベントを期待したいところだ。


「別におにいにならいつでも見せてあげるよ?」


 そういうのはありがたみがないからダメなんだよ。

 やっぱり、ああいうのはちょっとばかりのサプライズ感がないとね。


「ラッキースケベってやつだね!」


 おお、よく知ってるじゃないか。偉いぞ。


「えへへ」


 ――と、そうこうしているうちに目的の駅に到着した。

 僕らは改札を出ると、地下街を少し歩いて、待ち合わせ場所に続く長いエスカレーターを上っていく。

 時間はちょうど待ち合わせ時間の五分前だ。五分前行動の男と呼んでほしい。


「あ、おにい、あそこ……」


 エスカレーターの降り口に着く少し手前で、アユミが何かに気づいた。

 アムザ前で女の子が二人連れの男に絡まれていたのだ。

 たぶん、ナンパか何かだろう。

 アムザ前は待ち合わせ場所の定番なので、こういう連中も相応にいる。


 女の子は黒のジャンパースカートに白いスウェットシャツという恰好で、長い髪を可愛らしいゆるふわ三つ編みにして、赤いフレームの眼鏡をかけている。あとおっぱいがデカい。

 僕はアユミをエスカレーター前に残して一足先にアムザ前まで駆け寄っていった。


「ねえ、彼氏が来るまでで良いからそこでお茶しようよ」

「俺たちが奢るからさ」


 やっぱりナンパか。大学生くらいだろうか。


「すみません、僕の彼女に何か用でしょうか?」


 女の子――飯塚と二人組の間にするりと僕が入った。

 うーん、みんな背が高いな。

 僕だけ頭1.5個分くらい小さいのはどうしたものか。


「……は?」

「え、知り合い? 弟くん?」


 ナンパ野郎たちは不愉快そうというよりも、単純に何が起こったのか理解できていないようだった。

 それもそうか。

 陽キャモードの飯塚は服装や化粧のせいで大学生くらいに見えることもあるが、対して僕は高校生にすら見てもらえるか怪しいレベルだ。

 絶対に変なガキが割り込んできたと思われてる。


「遅かったじゃない。もう三十分も待ったよ」


 ――と、後ろから飯塚が僕の体に腕を回してきた。

 そのままのしかかるように抱きつきながら、肩の上にその形のいい顎を乗せてくる。

 そして、ナンパ野郎たちを見上げながら僕の耳許で言った。


「彼氏が来たんで、他を当たってもらってもいいですか?」


 ヤベエ、耳から犯されてる気分だぜ。

 あと、背中にめっちゃおっぱいが当たってる。


「ほ、ほんとに彼氏なの?」

「いや、さすがにないだろ……」


 ナンパ野郎たちはただひたすら目を白黒させている。

 いや、もう驚くのは良いから早くどっかに行ってくれ。

 君らの後ろで行き場を失ったアユミがめちゃくちゃ困ってるんです。

 というか、ひょっとして信用されてないのか?

 まあ、確かに嘘だからな。考えてみれば信用もクソもなかったわ。


「すみません、ほんとにわたしたち、このあとめちゃくちゃセックスする予定なんで、他を当たってくれますか?」


 飯塚がそう言って、僕の耳を甘噛みしてくる。

 ぎゃー! やめろ! おちんちんがイライラしてくるだろうが!

 こんな公衆の面前でおちんちんテントを作ってしまったら、下手すりゃ警察を呼ばれるわ!


「うぇっ!? お、おい、やべえよ、行こうぜ」

「ご、ごめんね、お邪魔して」


 ナンパ野郎たちがガチ目にドン引きして走り去っていった。

 すげえな。ナンパ撃退法は数あれど、ドン引きさせるパターンはなかなかないだろうよ。

 そのままナンパ野郎たちの背中を見送っていると、キュッと僕を抱く飯塚の腕に力が入った。


「……それじゃ、予定どおりめちゃくちゃセックスする?」


 そんな予定はありません。

 それと、そろそろ耳たぶを舐めるのをやめろ。

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