第二一話 彼女には理由がある

「あいつ、ガキのころからすぐにイジメられるタイプでよ」


 専門店のミートスパゲッティを音を出さずに食べながら、八鳥が言った。

 絶対にズルズルするタイプだと思ったに、意外すぎる。


「最初はあんなふうに守ってやってたんだけど、だんだんメンドくさくなってきてよ。もともとちょっと憧れもあったから、ヤンキーっぽいことするようにしたんだよ。そしたら、あたしが中学にいる間はイジメもなくなってさ……」


 喋っているときに口許を隠すあたりも、まったくヤンキーっぽくないな。

 まあ、少なくとも今は喋りかた以外はマジでただの美少女だからこれでいいのか。

 というか、ファッションヤンキーにそんな理由があったとは……。


「……今日は、ありがとな」


 不意にフォークをおいて、神妙な面持ちで八鳥が僕の顔を見た。


「その、ブラ選び手伝ってくれたり、弟のときも助けに入ってくれたりさ。正直、あんときアサキには何も期待してなかったから、意外だったよ。ぜんぜんビビってなかったもんな」


 そりゃ、あんな半端ヤンキーに比べたらうちの十人組手のほうがよっぽど怖かったしな。

 なにせあいつら、中学生相手に本気でかかってくるんだぜ!?

 まあ、いわゆる不良と呼ばれるヤンキーにはちょっとトラウマがあるので苦手だがな……。


「ハルちゃんが惚れるのも、分かった気がするぜ……」


 そう言いながら、またスパゲッティを食べはじめる。

 おいおい、これは完全にフラグを立てちまったな。参ったぜ……。


 ――と、その瞬間、机の上においてあったスマホがヴィーヴィー震え出した。

 しまった。そのままポケットに入れておくべきだった。


「電話か?」

「いや……」


 まあ、電話ではあるのだが、それは拒否して、たまってるメッセージを見る。


『アルファからブラボ―、チャーリーはユニクルにはいない模様。オ―バー』

『ブラボ―からアルファ、ジーオーでも見当たらず。アウト』


 なるほど、チェチェアンナを出たあとに僕らを見失っていたのか。

 あのあともしばらく下着の試着をして遊んでいたのかもしれない。


『ゲーセンにいたよ! なんかヤンキーにからまれてる!』

『マジかよ! すぐ行く!』


 あ、軍事通信ごっこが終わってる。

 でも、変換してるあたり、まだ冷静だな。

 女子が絡んでいないからか?


『おにいの技がキレイに決まった!』

『喧嘩!? 警察沙汰にならない!?』

『おにいの技、たぶん誰も気づいてない』

『さすがわたしのアッくん! もうすぐ着く!』


 誰がわたしのだ、誰が。

 どうやらそのあたりで合流したらしい。オニ電はそのメッセージのあとだ。

 ――あ、新着がきた。


『アッくんがデレデレしているとき、わたしもまたビキビキしているのだ』


 深淵を覗くとき――みたいな言いまわしすんな。

 しかし、このタイミングでこの内容ということは、近くにいるな?

 僕はその場でぐるっとフードコート内の席を見渡した。

 ――あそこだ。クレープ屋の前の席に、飯塚とアユミがセットで座っている。

 さすがに何も買わずに座るのは悪いと思ったのか、二人ともクレープを手にしていた。

 アユミはこちらのことなど気にした様子もなくモグモグと食べているが、飯塚は空いた手で頬杖をつきながら半眼でこちらを睨んでいる。

 意外としっかりヤキモチを妬いてくるなぁ……くそ、可愛いやつだぜ。


「あん? 誰かいるのか?」


 しまった。八鳥に気づかれてしまった。迂闊だったか……。


「……えっ!?」


 驚いたように目を見開き、ガタッとその場で立ち上がる。

 いや、驚くにしても、ちょっと驚きすぎじゃない?


「さ、サキ……ちゃん!?」


 ん? 知らぬ間に友情でも結んでいたのか?

 この前、教室で声をかけられたときはそんな感じじゃなかったよな?

 飯塚たちのほうを見やると、そこには八鳥の様子に大慌てで逃げ出す後ろ姿があった。

 さすがに八鳥に気づかれるのは気まずいらしい。


「あ、アサキ、あとを追ってもいいか!?」


 え? まだスパゲッティ残ってるのに?


「だ、だって、今の、サキちゃんだろ!?」


 まあ、確かに沙希ではあるが……。


「ああ、もう見えなくなっちまった……」


 八鳥がわりとガチ目に悲しそうなトーンで言う。

 そして、そのままシオシオとへたり込むように椅子に腰を下ろした。

 なんでまたアレにそこまで執心するんだろう。


「いやいや、だって、サキちゃんだぜ? ポップチューンのカリスマ読モ……って、アサキが知るわけねぇか……」


 あん? カリスマ読モだと? あいつが?

 ははーん、なるほど。

 確かに本気モードの飯塚はモデル級の美少女だが、遠目だったせいで勘違いしたな?


「確かにあたしはハルちゃん推しだけどよ……やっぱ、サキちゃんもカリスマ読モって言われるだけあってヤベェんだよ。専属じゃねぇからちょっと扱いが悪いんだけど、それでも溢れ出るカリスマ性は隠せねぇっていうか……まあ、もちろんあたしの最推しはハルちゃんだけどよ!」


 なんかすげえ熱く語ってる。

 そうか、今さら気づいたけど、こいつ、ヤンキーじゃなくてギャルなんだ。

 オタクに優しいギャルだ! オタクに優しいギャルは実在した!


「いや、別に優しくした覚えはねぇ」


 そういえばそうだった。オタクに優しくないギャルだったわ。


「サキちゃん、このへんに住んでたのか。いつかまた会えるかなぁ……」


 めっちゃ名残惜しむじゃん。本当に翠川が最推しなのか……?


 ともあれ、その後はとくに目立った邪魔立てもなく昼食を終えることができた。

 八鳥は夕方から家族で食事に行く予定とのことだったので、昼食のあとは少しだけモール内をブラついて、そのまま解散の流れとなった。

 そして、案の定、八鳥と別れた直後に僕は二匹の悪魔によって捕獲された。


「ぃよーぅマイブラザァ、今回も無事に童貞を死守できたようだなァ!?」


 飯塚は人目も憚らずにがっつり肩を組んで頬擦りをしてきた。

 いつにも増してスキンシップが激しい。

 それに、なんかめっちゃ良い匂いがする! 童貞をコロす匂いだ!


「アユちゃんがいなけりゃこのままホテルに連れ込むところだが、今日はカラオケで勘弁しといてやるぜェ!」

「よかったね、おにい! アユがおにいの純潔を守ったよ!」


 アユミが僕の腕をとってブンブンと振り回している。

 二人とも僕より背が高いので、周りからオネショタっぽく見られてるかもしれない。

 どうだ! 羨ましいだろう!


 その後、僕は二人によってカラオケに拉致され、午後六時までひたすらアニソンと洋楽のヘヴィロックをローテーションし続けた。ヴォォォォォッ!

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