第二〇話 彼女は守っていた

「そういえば、なんで彼女とか彼氏とかっての、否定しなかったの?」


 フードコートまでの道すがら、なんとなく訊いてみた。


「いや、あそこで否定したら逆にハズいだろ」


 八鳥はそう言って唇を尖らせる。

 確かに、変に否定してしまうと背筋が痒くなる展開になること請け合いではある。

 意外とそのあたりは冷静だったようだ。


「おまえこそ、知ったふうなこと言うなよな」


 いやでも、赤は好きでしょ。


「まあ、そうだけどよ……」


 チッと舌打ちしながら、八鳥がそっぽを向く。

 気づいてしまったのだが、こいつ、ヤンキーモードでもそこそこ可愛いな。


「……ん?」


 不意に八鳥が足をとめる。

 その視線を追いかけると、どうやらゲームセンターのほうを見ているようだ。

 八鳥もゲーマーなのか? ――と、思ったが、どうやら違うらしい。


 中学生くらいの男の子が、不良とキョロ充の中間みたいな風貌の連中に絡まれている。

 いかにも隠キャっぽい子だ。チェックのシャツにジーパンに眼鏡という姿がむしろ潔くさえ見える。

 周りの人たちの中には不穏なその状況を気にしている者もいるようだが、とくに制止に入ったりする様子はない。

 まあ、今のところ暴力を振るったりしているわけではないから、静観するしかないのかな。


 ――と、思っていたら、八鳥がそちらに向かって行ってしまった。


「おい、テメェら、何してんだ!」


 おお、めっちゃ絡んでいくやん。僕も慌ててあとを追った。


「あん? なんだ、おまえら」


 半端ヤンキーの一人が八鳥にメンチを切っている。

 といっても、ちょっとビビってる感じだ。

 僕だってこんな可愛い見た目の女の子がドスの効いた声で詰め寄ってきたらビビる。

 ちなみに僕のほうを見ている半端ヤンキーはいなかった。

 まあ、僕みたいな陰キャは眼中にないですよね……。


「なんだじゃねぇよ。うちの弟になんの用だっつってんだ!」

「お、弟ぉ?」


 お、弟ぉ?


「場合によっちゃタダじゃおかねぇぞ」


 八鳥は上背のある半端ヤンキーを下から思いっきり睨みつけている。

 逆上して手を出されることなど微塵も恐れていないようだ。カッコいいぜ!


「や、やめてよ、姉さん、ぼくが悪いんだよ」


 絡まれていた弟くんが慌てたように八鳥の腕を掴んだ。


「ぼくがボコりすぎちゃったのが悪いんだよ。この人たちヘタクソすぎて……」


 煽るねぇ……。

 格ゲーかな? ひょっとしたら、動物園と呼ばれる例のロボゲーかもしれんな。

 だとしたら、リアルファイトに発展してしまうのも納得がいく。


「こ、こいつ!」


 逆上した半端ヤンキーの一人が弟くんに向かって腕を振り上げた。

 おいおい、マジで動物かよ。

 八鳥が咄嗟に男の子をかばおうと前に出る。そのガッツ、嫌いじゃないぜ!

 僕はササっと半端ヤンキーの横に回ると、軽く服を引っ張りながら足許を払ってあげた。


「うおっ!?」


 振り上げた腕を空振らせながら、ズルっと半端ヤンキーが転倒する。

 むふー、この瞬間が堪らなく気持ちいいぜ。

 どうやら彼を含め誰も僕が足を引っ掛けたことには気づいてないようで、一様に目を丸くしている。

 これが達人の成せる業よ。


「あの、店員さん呼んできてもらっていいですか?」


 僕が近くにいた女性客にお願いすると、慌てて店員さんを探しに行ってくれた。


「お、おい、なにやってんだよ! 行くぞ!」


 半端ヤンキーたちが焦ったようにずらかって行く。おとといきやがれだぜ! 


「ご、ごめん、姉さん、大丈夫だった?」


 弟くんが涙目になりながら八鳥を見上げている。

 八鳥はふーっと溜息をついて、弟くんの頭をワシワシと撫でていた。

 お、よく見たらマニキュアの色も赤だ。ほんとに赤が好きなのね。


「大丈夫だよ。あのアホがどんくさくて助かった」


 ふふふ、実はそれ、僕がやったんです。

 古流武術の跡取りなめんなよ。いちおう皆伝だぞ。


「つーか、おまえ、マジで絡まれすぎなんだよ。思ったことをすぐに口に出すのやめろっていつも言ってんだろ」


 八鳥が弟くんを窘めている。

 確かに、リアルファイトの遠因には弟くんの言動も幾ばくか関わっていそうだ。

 きっと煽り倒したんだろうなぁ……。


「ごめん……それに、あの、彼氏さん? ……も、ありがとうございました」


 お、彼氏に見えますか? こんな陰キャな僕が?

 というか、ありがとうって言ったな。

 ひょっとして、見えてたのかな。

 格ゲープレイヤーなら目は良さそうだしな。

 まあ、単に店員さんを呼ぶようにお願いしたことを言ってるだけかもしれないが。


「こいつは彼氏じゃねぇよ。ただのクラスメイト」

「あ、やっぱりそっか。姉さんの彼氏にしては陰キャすぎると思ったよ」


 おい、マジで煽るじゃねぇか。

 僕が心の中でビキビキしていると、驚いたことに八鳥が弟くんの頭に拳骨を落とした。


「バッキャロー! そういうところだぞ! それに、アサキは陰キャじゃねぇ!」


 おお、なんか知らんが、かばってくれている。

 これは昨日と今日とでだいぶ好感度を稼いだっぽいな。

 明日からはひょっとしたら八鳥ルートかもしれん。


「ご、ごめん。あ、アサキさんも、ごめんなさい。いくら地味でも陰キャとか言われたら気分悪いよね……」


 すげえ。謝られてるはずなのになんかイライラする。

 そりゃ絡まれもするわ。


「悪いな、アサキ。バカな弟でよ、せっかく助けてもらったのに……」


 八鳥も僕が助けたと認識しているのか。

 まあ、やっぱりこういうときは店員を呼ぶのが大正義だよな。

 暴力はダメ! やるならバレないようにね!


 ――と、そうこうしているうちに店員がやってきた。

 僕らは事情を説明し、いちおう絡んできた半端ヤンキーたちの特徴だけ伝えておいた。

 弟くんに関しても改めて厳重注意となった。まあ、言葉は選ぼうな。


 それから今日はもう帰るという弟くんと分かれ、改めて僕らはフードコートに向かった。

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