第十九話 彼女はギャップがある

 八鳥のブラジャー選びはさっそく難航を極めているようだ。

 しかし、選びかたなんて僕に分かるはずもない。


「あ、あたしも分かんねぇんだよ。自分で買ったこととかねぇし……」


 僕もないよ。


「当たり前だろが! 買ったことあったらヤベぇだろ!」


 いやいや、例えば彼女へのプレゼントとかで買うことあるかもしれないじゃん。


「んなっ!? おま、彼女いたのか!?」


 いないけど。


「て、テメェ……」


 とりあえずデザインで決めて、サイズとかは店員さんに聞けばいいのでは?


「そ、それもそうか。デザインなぁ……」


 八鳥は手近なところにあるものを触ったりしながら真剣な顔でブラジャーを選んでいる。


 世の中にはブラジャーを見るだけで興奮する男性諸氏も多いが、僕はそうではない。

 やはり、ブラジャーはおっぱいあってのものだと思うのだ。

 それに、場合によってはブラジャーなしおっぱいよりも、ブラジャーありおっぱいのほうが美しく見えることもある。

 それはつまり、おっぱいもまたブラジャーあってのものかもしれないということだ。

 残念ながら、世の中には形の悪いおっぱいというものも存在する。

 しかし、ブラジャーでそれを補正することで、美しいおっぱいに早変わりするのだ。

 小さなおっぱいも、寄せて上げることで大きく見せることができる。

 ブラジャーとおっぱいは互いの良さを引き立て合うパートナー的な関係だと思うのだ。


「こ、これなんかどうだ?」


 八鳥がレースのついた可愛らしいブラジャーを胸にあてながら見せてきた。

 やっぱりこういう可愛い系が好きなんだな。

 なんで普段はヤンキーみたいな恰好してるんだろう。


「そ、それは……ま、前に言っただろ? ツッパリたい自分と可愛くありたい自分がいてだな……」


 そういやそういう面倒くさい性癖の持ち主だったな。


「性癖って言うな! そ、それより、どうなんだよ……」


 八鳥が顔を赤らめながらズイッと体を寄せてくる。

 良い匂いがするな。やっぱり香水でもつけてんのかな。

 というか、普通に可愛いなぁ。

 なんかほんとにデートしてるみたいだし。


 ――うわっ! スマホがめっちゃブルってる! デレデレしてるのがバレたか!?


「めっちゃ可愛いと思うよ! 店員さんにサイズ聞いてみたら?」

「お、おう……」


 八鳥が大事そうにブラジャーを抱えたままトコトコと店員を探しに行く。

 よし、今のうちにスマホをチェックだ……うわぁ、オニ電されてる。

 まあそちらは無視して、たまってるメッセージのチェックだ。


『アルファからブラボ―、二人が店内に入った。追跡を頼む。オーバー』

『ブラボ―からアルファ、了解。追跡する。アウト』


 おお、まだ例の軍事通信っぽいのやってたんだ。


『ブラボ―からアルファ、二人を発見した。引き続き監視する。オーバー』

『アルファからブラボ―、了解。すぐにそちらに向かう。アウト』

『さきちゃんやばいおにいでれでれしてる』

『すぐいく』


 オニ電はこのあとか。変換がなくなってるあたりにガチっぽさを感じるな。

 というか、これってつまり店内に二人がいるってことか!?

 何処だ……? くそ、下手に動き回ると八鳥に変に思われるだろうし……。


「な、なあ……」


 八鳥が戻ってきた。店員さんを引き連れている。


「向こうでサイズ合わせてもらって、それで、その、試着もできるっていうんで、してみたいんだけど、いいか?」


 顔を赤らめ、ちょっと俯きながら、上目遣いで訊いてくる。

 可愛すぎる! これはときめくね!

 こいつ、自分がどれだけ男殺しな仕草してるか気づいてるのか?

 僕みたいな童貞は一瞬で恋に落ちるぞ?

 まあ、さすがに今は百年の恋も冷める緊迫した状況だから話は別だがな……。


「僕なんか気にせず、好きなだけ試着したらいいよ」

「お、おう。それで、試着する前に訊きたいんだけどよ……」


 八鳥はラックから同じデザインの色違いをいくつか手にとって見せてきた。


「ど、どの色がいいと思う?」


 おいおい、本気で僕を殺しにかかってるな?

 こんな萌えシチュエーション、アニメでもなかなか見ないぜ……。


「彼女さん、ブルベっぽいんで紺色とか似合うかなって思うんですけど、赤とか好きそうだから紫系の赤もいいかなって思うんです。彼氏さん的にはどうです?」


 いかにもアパレル店員ですといった感じの金髪の女性が訊いてくる。

 彼女? 彼氏? そういう設定でやってるの?


「ど、どう思う?」


 八鳥がおどおどと上目遣いで訊いてくる。

 あれ? 否定しないの? マジでそういう設定?

 まあ、そういう設定ということなら、そのまま話を合わせるが……。


「やっぱり、赤っぽいのがいいんじゃないかな? 好きだもんね、赤系」


 ここはしっかり彼氏っぽく『おまえのことはなんでも分かってるぜ』――的な感じを出しておく。

 ウザがられるかなと思ったが、八鳥は目を白黒させながら顔を赤らめるだけだった。

 だんだん分かってきたが、普段はヤンキーっぽいくせに、根っこではこういうラブコメ的なシチュエーションが好きなんだろうな。


「わ、分かった。ちょっと試着してくるから、勝手にどっか行ったりするなよ」


 店員と一緒に八鳥が店の奥に消えていく。

 さすがに試着した下着姿まで見せてくることはないだろうから、このままここで待つか。

 そうだ、今のうちにスマホを確認しておこう……画像、だと?

 開いてみると、がっつり下着姿の飯塚の写真が表示された。


 うおっ!? しかも眼鏡なしで化粧まで本気モードだと!?

 これは眩しすぎる! 完全に陽キャモードだ! 飯塚なのにドキドキしちゃうよぉ!


 ――あ、もう一枚送られてきた。今度はアユミの下着姿だ。

 おっぱいも少しずつ大きくなって……お兄ちゃん、ほっこりしちまうぜ。


『おにい、サキちゃんとアユで反応が違う気がする』

『それは仕方ないぜ、マイシスター。まだまだ発展途上ってことさ』

『来年にはサキちゃんを追い抜くよ!』

『はっはー! そのころにはもうアッくんの童貞は華々しく散っていることだろうよ! このわたしによってなぁ!』

『ダメー!』


 マジでこいつらメッセージは履歴が残るってこと分かってんのか?

 というか、今ここで試着したの? すげえ行動力だな。

 それにもう合流してるんだろ。わざわざメッセージでやり取りすんな。


「お、お待たせ。赤いの買ってきた」


 真っ赤な顔をした八鳥が戻ってきた。お待たせっていうのがなんか良いよね。

 八鳥はチェチェアンナの紙袋を大切そうに抱えている。

 大人の階段、上っちまったな……。

 僕らは買いものに満足して店をあとにした。


 これで本日のミッションは無事にコンプリートだ。

 だが、八鳥はもうなんか完全に女の子の顔になっちゃってるし、こんな可愛い状態の彼女とこれでお別れはもったいない気がしてならない。

 どうせあの二人は何処へ行こうとついてくるのだろうし、ご飯くらい誘ってみるか。


「良かったら、フードコートで何か食べない?」

「え……あ、お、おう、行くか」


 八鳥はちょっと戸惑ったようだが、とくに嫌そうな顔はしていなかった。

 なんだったら、先ほどからずーっと顔が赤い。耳まで赤い。

 ほんとに可愛い子だなぁ……。


 スマホがポケットの中でやたらブルっているが、今は無視しておく。

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