第十八話 彼女はつきあわせる

 あれからいったん各々家に帰って準備をしてから再集合となったので、僕は荷物をおいて着替えだけ済ませると、朝にできなかった道場の掃除とお参りをしてから出かける準備をした。


「あれ、おにい、何処かに行くの?」


 気づかれる前に出ていくつもりだったのだが、アユミに見つかってしまう。


「ん……ちょっと見たい映画があって」


 それだけ言って、僕はそそくさと家をあとにした。

 絶対、怪しまれてるだろうなぁ……。

 僕が土日や祝日にソロ活をするのは、決まって飯塚ともアユミとも予定が合わなかったときだ。

 逆に、その二人のどちらかでも予定がないときにソロ活をすることはほとんどない。

 そして、飯塚については知らないが、今日のアユミがフリーなことは間違いなく、飯塚も予定があるときは何かしら連絡をくれるので、おそらくフリーだろう。

 つまり、今この瞬間に僕はアユミにマークされた可能性がある。

 はたしてこの先を無事に乗り切れるかどうか……。


 ともあれ、僕は待ち合わせ時間の五分前にいつものショッピングモールに到着した。

 八鳥はすでに待ち合わせ場所であるヤベノベア人形の前にいた。

 いや、あれ、八鳥だよな……?

 何故かは分からないが、その恰好がフリルつきの肩あき白ブラウスに赤いタータンチェックのミニスカート、足許は白黒ボーダーのハイソックスに厚底シューズというとんでもなく可愛いスタイルにチェンジしている。

 しかも、学校ではけっこうアイラインをガッツリ引いたヤンキーらしいメイクをしていたくせに、ここにいる八鳥はナチュラルメイクだ。普通に美少女やんけ。


 ちなみになんで陰キャのくせにメイクの違いが分かるかって?

 そりゃ、休日お出かけモードの飯塚のメイク術が神がかってるからな!

 マジで別人になるから、そりゃ化粧すげえって感じで自然と詳しくもなりますよ。

 あと、アユミも新しいリップを買うたびにいちいち見せてくるしね。

 正直、ツヤとかラメがどうのと言われても、僕には色の違いくらいしか分かんないよ!


「やあ、早いね」


 腕組みしながら落ち着きなさそうにしている八鳥に、僕が声をかける。


「て、テメェ、おっせーんだよ! 何分待ったと思ってんだ!」


 いきなりキレられる。あれれ、待ち合わせ時間には間に合ってるはずなんだけどな。


「こういうときは30分前には来とくのがセオリーだろ!? そんでもって、『は、早いじゃねえか』『いや、おまえもだろ』みたいな甘酸っぱいやりとりをだなぁ!」


 いやいや、そういうのは八鳥がいつか気になる人とデートするときにとっておきなよ。


「ぐぬっ……おまえ、絶対にモテないだろ!?」


 な、なにィ!? 確かにモテないが、それは飯塚という分厚すぎるバリケードが僕の前に立ちふさがっているからで、それさえなければ……。


「いいや、絶対におまえはモテない! なんだってこんなやつをハルちゃんは……」


 八鳥がぶつくさと言いながら勝手に歩き出す。

 とりあえず、あとをついて行くか。


 つきあってほしいところがあるとは聞いたが、何処へ行くかまでは聞いていなかった。

 おそらくは何か買いものだろうとは思うのだが、はてさて。


 ――と、先を行く八鳥が足をとめた。いや待て、この店って……。


 チェチェアンナではないか。

 ついこの前、八鳥が入るに入れなかったあの下着屋である。

 つきあってほしいって、まさか僕に下着選びを手伝えということだったのか?

 マジで? この女、頭がどうかしてんのか?


「し、仕方ねぇだろ! 一人で入るのは恥ずかしいし、だからって一緒に来てくれるようなダチもいねぇし……」


 八鳥もぼっちなのかよ。まあ、うちの学校はヤンキーとかいないしな。

 というか、それなら親にでもつきあってもらえばいいのでは……。


「バッカ! おまえ、親なんて連れてこれるかよ!」


 うわあ、反抗期だ。そういうのは中学生で卒業しておけよな。


「て、テメェ、マジでコロすぞ……!」


 むぐぐぐ、だから、公衆の面前で胸ぐらを掴むのはやめろ。

 というか、こんなに可愛い子がツレの胸ぐら掴んでるとか、スゴい画だぞ。

 ――いや、ある意味では役得かもしれない。この際だからご褒美と思っておくか。


「くっ……頭がどうかしてんのはテメェだろうが……」


 何故か八鳥が顔を赤くしている。

 可愛いというワードに弱いようだな。

 とはいえ、僕のような陰キャがあまり連呼するとキモいから程々にしておこう。


 ――と、そのときポケットの中でスマホが震えた。

 確認してみると、何やら新規メッセージが届いている。

 どうやらグループへの招待らしい。招待主は飯塚だ。

 かなり嫌な予感がしたが、拒否したら拒否したでたぶんオニ電がかかってくることは想像に難くない。

 ひとまず承認ボタンをタップして様子を見てみることにした。


『こちらアルファ。ようこそ、チャーリー』


 飯塚だ。他のメンバーは……アユミだな。僕を含めて三人グループか。


『こちらブラボ―。ようこそ、おにい』

『こら、ブラボー、そこはチャーリーだよ』

『あ、ごめん、サキちゃん』『アルファ』


 なんだこのやりとりは。


『こちらアルファ。現在、チェチェアンナ前でチャーリーとヤトリンの接触を確認。オーバー』

『こちらブラボ―、了解。アウト』


 は? あいつら、何処かで僕らを見てるってことか?

 というか、何で八鳥はそのままヤトリンなの?


「あん? どうかしたか?」


 キョロキョロとあたりを見回す僕を、怪訝そうな顔で八鳥が見ている。

 さすがにこの状況を彼女に説明するわけにはいかないが、さて、どうしたものか。


「いや、なんでもないよ。とりあえず、中に入ろ?」

「お、おう……」


 ひとまず八鳥に入店を促す。

 彼女がブラジャー選びをしている間にスマホで状況を確認しよう。

 というか、なんでわざわざ僕をグループに招待した?


『こちらアルファ、チャーリー、今「なんでわざわざ僕をグループに招待した?」と思ったな? オーバー』


 くそ、そのとおりだよ。


『そのほうが焦ってるおにいが見れて楽しいからだよねー』

『こら、ネタ晴らしが早いよ!』

『あ、ごめーん』


 マジかよ。この二人、マジで頭がどうかしてる。


『だいたいさー、わたしたちに黙って女子とデートとか許されると思ってる?』

『そうだよ。なにかひとことでも言ってくれれば良かったのにさー』

『いや、言ってくれても許さないよ?』

『それもそうか』


 納得するな、我が妹よ。


『いやでも、見に来てよかったぜ。まさか相手がヤトリンとはね』


 ああ、通常会話に戻ってもヤトリンは継続なんだ。

 しかし、何故、八鳥だと『来て良かった』になるのだろうか。


『いやー、アッくんはどうせ童貞ムーブで一線を越える心配はないだろうけど、ヤトリンは分かんないじゃん? ついつい勢いでお持ち帰りされちゃたまんないしさー』


 たぶん、八鳥にかぎってそれはないと思うが。


『おにいの純潔はアユたちで守らないとね!』


 なに言ってんだこの妹は。

 お兄ちゃん、色んな意味で心配なんですけど。


「な、なあ、アサキ」


 ――と、八鳥が話しかけてきた。いったんスマホはしまうか。


「ぶ、ブラってどうやって選べばいいんだ?」


 なんで僕に聞くの?

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