第十七話 彼女のことを知りたい
「ハルちゃん、昨日の昼休みはこの辺にいたんだよな」
まずは翠川の学校での行動調査ということで、僕は八鳥に連れられて第三校舎の屋上にやってきていた。
第三校舎は梯子型になっている第一第二校舎と違って、第二校舎の端っこから渡り廊下で繋がっている。
上から見ると十字の形をしているので、十字校舎という通称のほうが馴染み深い。
というか、十字校舎も普通に屋上に上がれるなんて知らなかった。
「変なところに階段があるからな……あたしもハルちゃんの後ろを追いかけてなかったら分かんなかったよ」
こいつ、ナチュラルに翠川のストーキングしてんのか。ヤベエやつだな。
「う、うるせぇ! あたしはハルちゃんが元気ないから心配だっただけだっつーの!」
まあ、そういうことにしておくか。
それにしても、十字校舎の屋上は第二校舎の屋上よりだいぶ高いんだな。
十字校舎への渡り廊下は途中に階段があったし、そもそも土台が高くなるように作られているのかもしれない。
理科実験室や家庭科室は十字校舎の一階にあるから、配管関係の問題かな。
「ハルちゃん、ここからジーッと第二校舎のほうを見てたんだよな。最初は身投げでもする気かと思ってヒヤヒヤしたぜ……」
そういって八鳥が立つ場所は、ちょうど1-8の教室が見えるところだった。
といっても、高さの関係でせいぜい窓際の席が見えるくらいだ。
こんなところで翠川は何を見ていたのだろう……。
――と、そこでふと思い当たることがあった。
第二校舎の屋上だ。
僕たちがよく一緒にお昼を食べていたところがここからはよく見える。
もちろん、僕はあれから屋上にはきていないので、仮に翠川が屋上を眺めていたところでそこに何があるということもないのだろうが……。
……まさかとは思うが、僕が来ることを期待してここで見ていたのか?
しかし、翠川は僕が教室で飯塚と一緒にお昼を食べていることに気づいているはずだ。
それでも、一縷の望みにかけてここで待っていたというのか?
いやいや、でも、それなら第二校舎の屋上で待てばいいじゃないか。
なんでわざわざ十字校舎の屋上に来る必要があるというのだ。
……いや、待て。
一時期、僕は翠川が来なかったらという不安から屋上へ行くことを避けていた。
翠川も同じ不安を抱えていたのでは?
その上で、ほんの少しの期待を込めてここに来ていたのだとしたら……?
「……くっ……ハルちゃん、尊いぜ……推せる……っ!」
八鳥がぐっと拳を握りしめて涙目になっている。拗らせてんなぁ。
そもそも、今のは僕の完全なる妄想です。
青春小説じゃあるまいし、翠川がそんな回りくどい真似をするとは思えない。
「バカ言ってんじゃねぇ! ハルちゃんだからこそやりかねないんだろうが! おまえ、マジでハルちゃんのことなんにも分かってねぇよ!」
ズダンっと力強く床に足裏を打ちつけながら八鳥が熱弁する。
まあ、分かってないから調べようって話ですよ。
とはいえ、そうか。翠川はそういうことをするタイプの人間なのか。
「ハルちゃんは確かに孤高だけどよぉ、あくまでそう見えるってだけで、ちゃんと乙女な部分も持ち合わせてるから良いんだよ。まるで他人のことなんか無関心なようでいて、その心根は穏やかで想い人には純情一途……だからこそ推せるってもんだろうが!」
あれ、思ったより翠川に対する理解度が高いな。ちょっと舐めてたかもしれん。
「当たり前だ! こっちは中学のころからずっとハルちゃん推しやってんだぞ!? おまえなんかとは歴が違うんだよ!」
中学のころから!? 同じ中学校の出身とか?
「いや、ちげぇよ。おまえは知らねぇかもしれねぇけど、ハルちゃん、雑誌のモデルやってるんだよ」
ああ、それならこの前の日曜日に教えてもらったな。
「日曜日……? お、おまえ、ハルちゃんの連絡先でも知ってんのか!?」
いや、実はかくかくシカジカこしたんたんで……。
「……んなっ……! おま、それもうほとんどデートじゃねぇか……! マジかよ、ハルちゃん、しっかりやることはやってたんだな……熱い展開になってきやがったぜ……!」
また涙目になってる。なんなんだこいつ。
「……いや、待て。おまえ、そこまでやっといて、まだハルちゃんは自分に気があるわけがないとか抜かす気か!?」
うっ……いや、しかし、確かに脈はあるかもしれないが、まだ翠川が僕に好意を持っていると決定づけるに足るほどではないと思う。
そもそも、翠川が僕に惚れる理由がない。
「バッキャロー! 恋は一瞬! 電撃スパークだ! 時間なんて関係ねぇ!」
ロックなことを言いやがる。
「それに、たぶん理由はある。けど、それはあたしにも分かんねぇ。そもそもハルちゃんはわりと最初っからおまえに気があった」
どういう意味だ?
「あたしが覚えてるかぎり、四月の最初のころからハルちゃんはちょいちょいおまえのことを目で追ってた。そもそもあたしがおまえのことを知るきっかけになったのはハルちゃんだからな。そうじゃなきゃ、いちいち男子の名前なんて覚えねぇよ」
マジかよ。でも、なんで?
「さすがにそこまでは知らねぇよ。おまえこそ、なんか心当たりねぇのかよ?」
ない。仮にあんな美少女と知り合いだったらとしたら、僕はそのことを振りかざして今頃はもっとこう学生ヒエラルキーの上位者っぽく振る舞っているはずだ。
あいにくとこの学校における昔馴染みはあの腐れクソダサ眼鏡お下げだけである。
「飯塚か……おまえ、ほんとにあいつとはなんの関係もないのか?」
まあ、今のところは。
「今のところって、おまえはどう思ってるんだよ」
え、まあ、その、良い友人だとは思ってるけど……。
「飯塚のほうは?」
まあ、わりとガチで僕の貞操を狙っているような気はしている。
「くっ……そうかよ。ハルちゃん……急がないとマズいぜ……」
なんの心配をしているのか。
「まあいい。とりあえず、これで翠川がおまえに惚れてるってことについては納得してくれたかよ?」
うーむ……正直、まだあまりピンと来ないな。
せめて、翠川がどこで僕のことを知ったのか分かれば違うかもだけど。
「くそっ、めんどくせぇやつだな。分かった。週明けにあたしがちょっとハルちゃんに聞いてみてやるよ。あたしからハルちゃんに声をかけるチャンスだしな……へへへ……」
うわ、なんかニヤニヤしてる。こいつマジでヤバいやつかもしれん。
「うるせぇうるせぇ。それより、ここまで協力してやってんだ。おまえもちょっとあたしに協力しろ。つきあってほしいところがあるんだよ」
ほう、この僕に協力とな。可愛い女の子の頼みとあればやぶさかではないぜ。
「か、かわ……っ!? ば、バッキャロー! おまえはハルちゃんのことだけ考えてりゃいいんだよ! ナチュラルにあたしを落とそうとするんじゃねぇ!」
いや、そんな簡単に落ちそうになるな。チョロすぎる。
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