第十六話 彼女は意気消沈
「よお、アイボォ、また何かやっちまったみたいだなァ?」
翌日の昼休み、さっそく状況の変化を嗅ぎつけた飯塚に突っ込まれた。
こいつの嗅覚って地味に凄くね?
「まあ、色々ね」
さすがにすべてを説明するわけにもいかず、僕は適当に言葉を濁す。
「まァ、わたしは安心したゼ! アイボォが一足先に大人の階段を上っちゃったりしやしないかとヒヤヒヤしていたからなァ! 大人になるときは一緒だって約束だろォ?」
そんな約束をした覚えはないが……。
というか、さすがにそういう直球なことは冗談でももう少し声のトーンを落とせ。
さすがに周りがザワつくから。
「おいおい、わたしはいつだって本気だっていつも言ってんだろうがよォ」
飯塚が端の先で頬っぺたを突っついてくる。
――というか、なんだ!? なんかねっちょりしてる!?
「ああ、すまねェ、さっきオクラを食ったところだったゼ」
弁当にオクラ!? 傷んだりしないのかな……。
それはそれとして、あれから明らかに翠川は元気がなくなってしまった。
僕のことを見ることはなくなったし、休み時間はふらっと何処かに行ってしまう。
今も教室に姿は見えず、何処へ行ったかなどはもちろん分からない。
このまま疎遠になってしまうのだとしたら、それはそれで凄く寂しい気がした。
あのときの僕の行動は間違っていたのだろうか。
やはりあのとき流れに身を任せておけばよかったのだろうか。
――いや、そんなことはない。
あの選択が間違っていたとは思えない。
だから、もし翠川との関係をこれまでと同じような形に修復したいと考えるのであれば、これはきっと乗り越えなければならない壁なのだ。
何とかならないものかな……。
※
そして、土曜日である。本日は月に一度の土曜授業の日だ。
といっても、授業は三限までなのでお昼までに授業自体は終わる。
そこから先は自習時間だ。
学校自体は午後二時まで解放されているので、勉強したい生徒は勝手に残ってやってくれというシステムである。勉強したくない生徒は帰ればいい。もちろん、僕は帰る。
ちなみにあれからけっきょく打開策らしい打開策も見つからず、状況は変わっていない。
こちらから話かけようとしても避けられてしまうし、いったいどうしたものだろう。
「そういうことは、時間が解決するのさ、ブラザァ」
したり顔で飯塚が言う。
まあ確かに、そういうものかもしれない。
このまま放っておいたら性への興味だけが先行してどうでもいい男とつきあったりしないか不安ではあったが、そうなったらそうなったで僕が責任を感じることではないか。
いやでも、それならそれであのとき流れに身を任せなかったことを死ぬほど後悔しそうだな。ぐぬぬぬ……。
「おい、アサキ」
不埒な妄想に耽りながら弁当をつまむ僕に、声をかけてくる女子がいた。
八鳥だ。教室で絡まれるのは初めてのことではないか。
「ちょっとツラかせよ」
くいっと顎で表に出るように促される。
予想外の要求に、僕と飯塚は思わずその場で顔を見合わせた。
そして、先に飯塚が口を開く。
「八鳥さん、すまねェがブラザァの童貞はわたしがいただくことになってンだ」
なに言ってんだこいつ。
「バッ……そういうんじゃねぇよ! 話がしたいから来いって言ってんだ!」
八鳥が顔を真っ赤にして怒鳴る。
見た目に反して純情だよな。
「そういうことなら仕方ねェ。ブラザァ、行ってきな」
おまえは僕のいったいなんなんだよ。
ともあれ、僕は八鳥のあとについてそのまま屋上まで連れ出された。
そして、いきなり胸ぐらを掴まれる。
「テメェ、ハルちゃんを泣かせたらタダじゃ済まさねぇって言ったよなぁ!?」
おお、顔が近い。よく見るとめっちゃ鼻筋が綺麗だな。
あと、なんかすごく良い匂いがする。
香水か何かつけてるのかな。うっかり好きになってしまいそうだ。
というか、ハルちゃんって誰だ?
「翠川だよ! 翠川陽菜だろ!?」
そうだった。ということは、つまり八鳥と翠川は実は仲良しとか?
「い、いや、あたしが勝手に好きなだけだけどよ……」
好き!? え、八鳥ってそっち系なの!?
「ちげぇよ! 何かこう、めっちゃ綺麗だし、誰にも媚びない孤高な感じがカッコいいなって、勝手に憧れてるだけっつーか……とにかく、あたしの推しなんだよ、ハルちゃんは!」
何か色々と拗らせてるな。
あと、たぶん翠川は八鳥が想像しているような人物ではないぞ。
「うるせぇ! とにかく、あたしはハルちゃんを泣かすやつは許せねぇんだ! テメェがあのままハルちゃんとくっついてれば八方丸く収まったのに、いったい何してんだよ!」
くっつく? 僕と翠川が? なんで?
「いや、どう見たってハルちゃんはおまえに惚れてたろうが!」
翠川が僕に惚れてた?
いやいや、そもそもまともに話すようになって一週間とかそんなだぞ。
一目惚れでもなければ、そんなスピード展開で恋愛感情を抱いたりしなくないか。
「そ、そんなん分かんねぇだろうがよ……」
あ、ちょっと自信なさげになったな。
というか、八鳥自身は恋愛経験とかないのだろうか。
もしそういう経験があれば、それが何かヒントになる可能性も……。
「あ、いや、あたしは……その、中学のときは勉強ばっかだったし……」
ああ、やっぱり高校デビューだったんだ。
「う、うるせぇな! もともとやりたかったけど親がうるさくてできなかったんだよ! だから、わざわざ偏差値高いとこ受けて親を納得させた上でやってんだ! 文句あっか!?」
ま、真面目だ。真面目なヤンキーだ。
そういえば授業も欠かさず出席してたわ。
完全にファッションヤンキーだった。
「て、テメェ……マジでこれ以上ナメたこと言ってると締め上げるぞ!」
うごごご、足が浮いてきた。確かにこれ以上は首が詰まる。
八鳥の身長は僕とそこまで変わらないが、厚底を履いてるせいで結果的に高くなっているのだ。
僕は八鳥の腕をタップして降参の意志を示した。
「そもそもさ、僕は翠川さんのことよく知らないんだよ」
「はぁ?」
僕の襟元から放した手をぷらぷらと振りながら、怪訝そうな顔で八鳥が僕を見る。
「翠川さんが僕にそこまでつきまとう理由もよく分からないし……」
「本気で言ってんのか? どう見てもハルちゃんがおまえに惚れてるからだろ」
いや、だからそれがなんでか分かんないって話ですよ。
マジで僕みたいなドちび陰キャに一目惚れでもしたっていうのか?
そんなことがありえるとは思えない。
もし仮に本当に翠川が僕に惚れてたのだとしたら、何かきっかけがあるはずだ。
――そうだ、どうしてその可能性を考えなかったのだろう。
そもそも翠川には、『弱み』とは別に何か僕に執着する理由があるのかもしれない。
「……調べてみよう」
「は? 何をだよ」
「翠川さんのことだよ。僕は翠川さんのことを何も知らない。だから調べるんだ」
「マジで言ってんのか?」
「もちろんさ。八鳥さんにも協力してもらうから」
「はぁ!? なんであたしが!?」
八鳥は面食らったように目を白黒させている。
なんで……だと? 愚問だな。
何故なら、僕が翠川を理解することが結果的に翠川を元気づけることに繋がるからだ。
今回の件は、僕の翠川に対する理解度の低さも原因になっている。
彼女の真意を理解することができれば、ひょっとしたら彼女の気持ちを正面から受けとめられるようになるかもしれない。
そうすれば、きっと翠川は元気になると思うのだ。
翠川もハッピー、八鳥もハッピー、ハッピーハッピーハッピーだ!
八鳥が僕に協力する理由としては十分だろう?
「た、確かにそれはそうかもしれねぇが……」
戸惑うように目を泳がせながら、八鳥が僕を見た。
彼女は翠川を推しているという以上、僕よりも翠川の生態について詳しいはずだ。
八鳥から話を聞くだけでも、これまでよりは翠川を理解することができるかもしれない。
それに、何も翠川の過去を丸裸にする必要はないのだ。
今の彼女が何を思い、何を考えているのかだけでも分かればいい。
「つーかさ……」
八鳥が疲れたように肩を落としながら、何かおかしなものでも見るような目で僕を見た。
「おまえ、喋ってるときとモノローグでなんでそんなにキャラが違うんだよ……」
そういうメタな突っ込みはやめろ。
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