第二五話 彼女は覗いている
あのあと、僕らはバスケとバッティングセンターでさらにスポッティを堪能し、夜はびっくりコングでハンバーグを食してから帰路についた。
帰り際、飯塚とアユミが結託してわりとガチめに僕をホテルに拉致ろうとしてきたが、それはなんとか回避した。
僕には一子相伝の自在式柔術がある。というか、柔術を駆使せざるを得なかった。
それくらいやつらはガチだった。危ないところだった。
※
明けて月曜日、昼休みである。
今日は朝から筋肉痛がスゴい。高校に入ってから稽古をサボっていたツケが出てきた感じだ。
週に二、三回くらいは朝稽古に参加しようかなぁ……。
「朝稽古じゃなくて、夜稽古をするってのはどうだいブラザァ? もちろん、場所はわたしのベッドの上だがなァ!」
日頃からダンスに精を出している飯塚は昨日のすぽっティなど何処吹く風である。
というか、みんながお弁当を食べてるときに直球ネタはやめろ。
ほら、男子が何人か米粒を噴き出しているだろうが。
「おっと、すまねェ。ま、わたしはブラザァのことを考えながら潮を噴いてんだがなァ」
マジでこいつは……。
「おいアサキ」
――と、今日も八鳥が声をかけてきた。
ひょっとしたら、午前中に何か翠川とコンタクトを取れたのかもしれない。
だとしたら、報告会の必要がある。
「ちょっとツラかせよ」
先週のときと同じように、くいっと顎で表へ出るよう促される。
そして、やはり同じように飯塚が言った。
「なァ、ヤトリン、何度も言うようだが、ブラザァの童貞はわたしがいただくことが確定的に明らかなんで、そのへんだけは忘れないように頼むゼ……」
机に頬杖をつきながら、意味ありげな半眼で八鳥を見上げている。
なんか先週とはちょっと雰囲気が違うな。
というか、本人を前にしてもヤトリン呼びなんだ。度胸あるな。
「べ、別に、確定的ってことはねぇだろ……」
一方、八鳥は何故か顔を赤らめながら食い下がる。
いや待て、そこはスルーしておけよ。先週はできてただろ。
「ま、まあ、別にあたしはこいつの童貞とかどうでもいいけどよ……」
は? なんで余計なこと言うの?
どうせなら翠川になすりつけろよ。まだそのほうが誤解が少ないだろうが。
「ほ、ほんとだからな? ほんとにこれっぽっちも……」
いや、重ねて否定するなって。
こういうときは変に否定するほうがハズいって日曜日に言ってたじゃん。
なんで自爆していくスタイルなの? マゾなの?
「……いいゼ。連れていきな」
いいの!? どういう基準!?
ともあれ、僕は先に教室を出て行った八鳥のあとを慌てて追いかけた。
教室を出る直前、背中に飯塚の声が飛んでくる。
「忘れるなよ。どれだけライヴァルが増えようと、最後はわたしのところに戻ってくる運命なんだゼ、ブラザァ」
おお、カッコいいな。まあ、八鳥はライバルではないと思うよ。
それはそれとして、屋上である。
先に到着していた八鳥は、腕組みしながらフェンスに背中を預けるように立っていた。
「体育の時間に、ハルちゃんからおまえの話を聞いてきたぜ」
真剣な面持ちで八鳥が告げる。
そいつは重畳じゃないか。
翠川の口から情報ゲットとか、マジで有能すぎる。
「へっ……あたしもついにハルちゃんと会話ができて、最高のひとときだったぜ……」
八鳥が目を伏せながら、照れたように鼻の下を擦った。
相変わらずちょっと変なやつだな。
「う、うるせぇ。それで、おまえに関することだけどよ」
少し考え込むように俯いたあと、何故か複雑そうな顔をした。
なんだなんだ? もったいぶらずにさっさと教えて欲しいのだが……。
「い、いや、いざ口に出すと恥ずかしいなと思ってよ……まあ、言質は取ったぜ」
……というと?
「ハルちゃん、やっぱりおまえに惚れてるんだとよ。直接聞いたから間違いねぇ」
おいおい、マジかよ。ついに僕も学園一の美少女を落とすに至ったか。
だとしたら、あとはもう学生ヒエラルキー最上位へのビクトリーロードを邁進するしかないな。
というか、そんなに素直に言ったの? そこまで仲良くもない相手に?
「な、仲良くないとか言うなよ! こ、これから仲良くなるんだよ……」
あ、ごめんごめん。デリカシーのない発言であった。反省しよう。
「つーか、声をかけたのはあたしからなんだけど、それについては逆にハルちゃんのほうから頼まれちまったんだよ。なんか、アサキとの仲を取り持ってくれって」
なんだと? そこまで積極的なのか?
――いや、考えてみれば、もともと翠川は積極的なタイプだったか。
実際、僕はすでに美術室で翠川に誘惑されている。
彼女は自分のやりたいことに対して、チャンスがあればすべて生かしていくつもりなのだ。
これは、もしかしたら飯塚よりも厄介かもしれんぞ……。
「なんか、前までは別のやつに色々と手伝ってもらってたんだけど、最近はそいつがあてにならなくなってきたんだとよ。なんか心当たりあるか?」
なぬ? それはつまり、すでに僕と翠川を引き合わせた人間がいるということか?
いやいや、心当たりなんてあるはずない。
僕が友達と呼べる人間なんて、飯塚と八鳥くらいのもんだ。
「え、あ、あたし!? あ、あたしは別に、友達とかじゃねぇし……」
おお、照れておる。可愛いやつめ。
というか、僕にブラを選ばせておいて友達じゃないとか逆にヤバいだろ。
友達未満の人間に下着のチョイスを任せるとか、だいぶ上級者だぞ。
「い、いや、それはさ……ん?」
――と、急に僕のスマホがブルブルしだした。
もうさすがに慣れてきたが、画面を確認するとやっぱり飯塚だった。
まさか本当に緊急の連絡とは思えないが、また何かを嗅ぎつけたのだろう。
制服に盗聴器でも仕込まれてんのかな。
「あたしも電話だ……ハ、ハルちゃん!?」
同じタイミングで、八鳥にも電話がかかってきたらしい。しかも相手は翠川とな。
連絡先、交換できてたんだな。最高のご褒美じゃないか。
そういえば、僕はけっきょく連絡先は交換してないんだよなぁ……。
「え? いや、別にそんな……それは、ハルちゃんのことを伝えてただけで……」
八鳥は青い顔をしてスマホ越しに言い訳をしている。
もしかして、翠川にめっちゃ怒られてる?
「だから、違うって! あたしはハルちゃんのために……分かった! 分かったよ! すぐに出るから!」
なんかアレだな。嫁に言い訳をしている旦那さんみたいな電話だな。
「悪い、アサキ、今日はこのへんで戻るわ。続きはまた明日な!」
八鳥がスマホを耳にあてたまま、片手を上げて足早に屋上を出ていく。
なんだろう。どんなやりとりがなされていたのかは非常に興味を引かれるが……。
というか、また明日か。うーん、良い響きだな!
ふと視線を感じて、十字校舎のほうを見やる。
十字校舎の屋上のフェンス越しに、こちらを見ている女子生徒の姿が見えた。
――翠川だ。
スマホを耳にあてたまま、ジーッとこちらを見下ろしている。
あ、僕の視線に気づいたみたいだ。
急に目を白黒させたかと思うと、慌てたように踵を返して姿を消した。
あの場所は、きっと以前に八鳥と一緒に立ち寄った場所だ。
やはり翠川はあそこでずっと第二校舎の屋上を見下ろしていたのか……。
しかし、けっきょく今回は八鳥の提唱する『翠川が僕に惚れてる説』が裏づけられただけだ。
僕が知りたかった『どうして八鳥は僕に惚れたのか』については依然として分からないままである。
まあ、八鳥もまた明日と言っていたし、次にかけてみるか。
その後、僕は昼食を食べるために大急ぎで教室に戻った。
どうやら飯塚は弁当に手をつけずに僕の帰りを待ってくれたようだった。
「ほらな、最後はわたしのもとに戻ってきただろ、ブラザァ」
ありがとよ、兄弟。おまえのそういう心遣い、好きだぜ!
「んぐっ……や、やめてよね。そういう不意打ちは反則だって」
焦って午後ティーをぐい飲みしてやがる。可愛いやつめ。
しかし、あまり飯塚を弄っているゆとりはない。
ここからは時間との勝負だ! 喰らわねば! 男児たるもの喰らわねば!
「そのがっつきっぷりを、どうしてわたしに向けられないかねぇ……」
飯塚は呆れたようにサンドイッチをついばんでいた。
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