第十三話 彼女は弱みを見せてくる

 またしても昼休みである。今日は久々に飯塚と昼食をともにしていた。


「久々じゃないか、ブラザァ。やっぱり最後はわたしのところに帰ってくる運命なんだゼ」


 何だかんだで飯塚もちょっと嬉しそうだ。

 事情があるとはいえ、やはり友情を蔑ろにしすぎるわけにはいかんな。

 正直、すまんかった、飯塚。僕の心の故郷はここだぜ。


「ぐぬっ……アッくんのそういう不意打ちは良くないと思うねぇ」


 照れ隠しでもするように、飯塚が午後ティーのペットボトルに口をつける。

 可愛いやつめ。今回はノットギルティーだな。


「まあでも、このタイミングでわたしと飯を食うってことは、つまり何か相談事があるってことなんじゃないか、ブラザァ?」

 

 察しが良い。

 実はかくかくシカジカこしたんたんで……と、ここまでの経緯を説明する。


「はっはァ! なかなか凄いことになってるじゃないか、ブラザァ! まさかわたしに隠れてお忍びデートとは、やってくれるゼ! しかァし、そこで流れるようにホテルにインしないあたりがいかにもチェリーボゥイって感じでグッドだね!」


 どうやったらあの流れでホテルにインできるってんだよ。

 そもそも僕は成り行きとか流れでそういうことをいたすのは反対なのです。

 やっぱり、初体験は愛あるものじゃないとねぇ……。


「おおっとォ、気持ちの悪い童貞の妄言が飛び出したぜェ! それ以上は食べたお弁当が口からリバースしちまうからちょっと黙ってもらえるかなァ?」


 くそ。自分のことはやたら処女アピールするくせに、童貞の扱いが悪いぞ。

 このダブルスタンダーダーめ。


「童貞と処女が同じ価値のわけわるめェよ! だがまあ、ブラザァの童貞はわたしがいただく予定だからそのまま大事に取っといてくれよなァ!」


 そういうことを臆面もなく言うのはやめろ。周りがめっちゃザワつくから。

 というか、飯塚相手だとちっとも話が前に進まないな。

 とにかく、僕は翠川の監視体制をなんとか終わらせたいんです!

 ほら、今だって自分の席で弁当を食べながらずっとこっちを見てるし……。


「うーん、それならいっそ、ブラザァも同じことやってみたらどうだい?」


 同じこと?


「つまり、ブラザァもヴァギーナを描きまくったスケッチブックを落とすのさ!」


 おいやめろ。いちいち大きな声で言うんじゃない。

 ほら、いよいよ近くの席の何人かが口の中身を噴き出してるじゃないか。

 翠川は聞いてないよな? ――よし、大丈夫そうだ。

 いやでも、さすがに女性器を描くのはだいぶ抵抗あるぞ。資料もないし……。


「そんなもの、ブラザァも大好きなポルノハグでエッチなビデオを参考にすればいいだけじゃないか!」


 滅多なことを言うんじゃないよ。

 いちおう日本の法律では禁止されてるんですよ。


「仕方ねェなァ。それなら裸婦画でも描くってのはどうだい、ブラザァ。それならいちおうは美術の範疇に入るだろう?」


 お、ついにまともな意見が飛び出してきたな。

 確かに裸婦画と言えば美術というか芸術の基本というイメージはある。


「男の裸体ならいくらでも描いてあげられるんだがなァ。すまねェ、ブラザァ、女の裸体は専門外なんだ」


 そういえばこいつたまにBL漫画を描いてるんだったな。

 女の裸体だって描けなくはないだろうに……まあ、ここは自分で頑張るか。


「何だったらわたしがヌードモデルになってやろうか? 去年の夏よりもさらに育ったわたしの体を確認する良い機会だぜェ?」


 誤解を招く言いかたをするな。

 単に去年の夏、一緒に海水浴に行ったってだけだろうが。

 ほら、また周りの席がザワザワしだした。

 皆さん、安心してください! 何度も言うように僕も飯塚もまだ初物ですから!


 ともあれ、飯塚のアイディア自体は非常に参考になった。

 僕は今一度そのアイディアを採用させてもらうことにした。

 スケッチブックに裸婦画を描きまくるのだ。

 インターネットで資料を集めてもよかったが、ここは美術の勉強も兼ねてということで放課後にデッサン本とポーズ集を買いに行くことにしよう。

 といっても、最近は街の本屋もすっかりなくなってしまったから、書店となるとわざわざ繁華街まで出向かなかければならない。

 どうせなら飯塚も巻き込もうかと声をかけたが、今日はたまたまダンス教室の強化レッスンがある日ということで断られてしまった。

 飯塚は中学に入ったころにはすでにダンスを習っていて、学校でこそクソダサ眼鏡とお下げで陰キャ感を出しているくせに、意外とその実態は陽キャっぽかったりするのだ。

 ともあれ、学校から自転車で直接ショッピングモールに向かった僕は、なんとはなしに館内の様子を眺めながら目的の書店に向けて歩みを進めていた。

 知り合いと会いそうで会わない、そんなドキドキ感がまた絶妙に楽しい。


 ――と、思っていたら、知ってる人を見つけてしまった。


 八鳥だ。今日は制服の上にサーファー御用達の読みにくい英字プリントが入ったパーカーを着ている。ぶれないヤンキースタイルだ。

 何やらアパレルショップっぽい店の前で難しい顔をしている。

 入ろうか、それとも入るまいか……といった感じである。

 何系のお店だろうか――と、近づいてみると、服ではなく下着のお店だった。

 チェチェアンナである。若い子向けの下着ブランドだ。

 妹に無理やり購入につきあわされたことがあるから、間違いない。


 もしや、以前に下着を見られたことを気にしているのだろうか?

 確かに八鳥が身に着けるにしてはいくら何でも可愛いというか幼いというか……まるで小中学生がはじめて買ったブラジャーのような、そんな初々しいものではあったが。

 まあ、八鳥はそもそも下着にこだわらないタイプだったのかもしれない。

 それがここにきて大人の階段を登ろうというのだ。

 優しく見守ることにしよう――とか思っていたら、目が合った。ヤベエ。


「……テメェ、アサキか!」


 ものすごい勢いで距離を詰められる。

 しまった。暢気に観察しすぎた。

 いつの間にか名前も覚えられている。

 まあ、僕も覚えているわけだから別に不思議はないか。


 八鳥は怒っているのか恥ずかしがっているのか分からない顔で僕の胸ぐらを掴んだ。


「い、いいか? 何を見てたのかしらねぇが、あたしは別に、あの店に入る勇気がなかったとか、そんなんじゃねぇからな?」


 すげえ、自分から白状していくスタイルだ。

 やっぱりこの子、ちょっと可愛いな。

 おっぱいがもう少しデカければなお良かったんだが。


「くそっ! 人の顔をじっと見てんじゃねぇよ!」


 胸ぐらを放された。わりと言いがかりだと思う。

 というか、こんな公衆の面前でよくこんな大胆なことができるよな。

 ほら、もう周りの人たちが何事かとこっちを見てますよ。


「……っ!? おまえ、こっちに来い!」


 えっ!? なんで!?


 僕は八鳥に腕を掴まれると、そのまま何処へやら引っぱられて行った。

 まあ、本人が満足するまでやらせておくとするか。


「……はぁ、はぁ……」


 けっきょく、ショッピングモールの端にある百円ショップまで連れてこられた。

 こんなところに用があるとは思えないから、とにかく遠くに行きたかったのだろう。

 幸いにも僕が行きたかった書店もこの近くなので、ちょうどよかった。


「ほんとに何なんだよ、おまえは……」


 肩で息をしながら、恨みがましい口調で八鳥が言う。

 いや、本当に僕はただその場に居合わせただけなんですけど……。


「……くそ、分かってんだよ。あんな可愛らしい下着、あたしには似合わねぇって……」


 なんか急に語り出した。

 だが、こういうときは聞き手に徹するべきなのだ。

 妹が言うから絶対だ。


「……でもよ、ツッパリたい自分と可愛くありたい自分と両方あって、下着とかはさ、可愛いのがいいんだよ。だって、彼氏とかできたとき、その、いつかは見られるわけだろ? そういうときはさ、やっぱ可愛い自分を見てほしいじゃねぇか……」


 僕はいったい何を聞かされてるんだろう。

 これ、あとでめっちゃ怒られるパターンとかじゃないよな……?


「それに、最近、急に胸が大きくなってきて……昔のやつじゃもう合わなくなってきてるんだよ。だから、早く決めなきゃいけねぇのに、いざとなると勇気が出ねぇっていうか……」


 なんだと? おっぱいが成長中?

 顔も可愛くて、中身にギャップがあって、しかもこれからおっぱいもデカくなるのか?

 ヤベエな。ポテンシャルの塊じゃないか。

 今のうちから仲良くなっておいたほうがいいかな……。


「……っ!? あたしはいったい何を言ってるんだ……っ!?」


 急に我に返ったらしい。真っ赤な顔でわなわなと両手を震わせている。

 そして、その目が僕の顔を捉えた。殴られやせんだろうな。


「い、今の……」


 聞いてたか? ――と、言われたら迷わずNOと言おう。

 それが身を守るための最も有効な手段だ。


「だ、誰にも言うんじゃねぇぞ!」


 しかし、八鳥はそれだけ言って、両手で顔を覆い隠しながら何処かへ走り去っていった。

 か、可愛い……というか、僕の周りって変な子ばっかりだな。

 まあいいや。おっぱいが大きくなるなら、そこは期待しておこう。


 僕はそれから書店に立ち寄ると、予定どおりデッサン本とポーズ集を買った。

 ポーズ集は一般的なものとエッチなものを二種類買った。

 ついつい魔が差したんだ。できれば温かい目で見守ってほしい。

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