第十二話 彼女はまだまだ監視する

 週明け、天能寺高校では毎週月曜日に全体朝礼が行われる。

 学年やクラスによって何処に並ぶかは決まっているが、並び順まで指定されているわけではないので、だいたい僕は飯塚とニコイチで適当な場所に収まっている。


「アイボォ、昨日は捗ったんじゃないか? んー?」


 くっ……やはりその話か。断固としてコメントは差し控えさせてもらう!


「怪しいなァ。黙秘をするってことは、罪を認めてるってことだゼェ?」


 飯塚がにんまりと笑いながら耳許に息を吹きかけてくる。

 くそ、場所を選べ、場所を。陰キャ同士が絡むキモイ絵面になるだろうが。


「……そういやアッくん、あれから翠川さんと何かあった?」


 急に声のトーンを変えて、僕の肩に手をおきながら飯塚が訊いてくる。

 ちょいちょいと彼女が指さすほうを見やると、翠川がじっとこちらを見ていた。

 その目つきが、何やらこれまでと少し違う気がする。


「……何か、怒ってる?」

「わたしにも、そう見えるんだよねぇ」


 翠川は表情の変化が分かりづらいタイプだ。

 だが、昨日の一件もあって少しであれば感情が読めるようになってきた。

 今は何というか――不機嫌そうな感じだ。


「女の子の日なんじゃないか」

「……アッくん、わたし以外にそういうこと言ったら絶対にダメだからね」


 飯塚に窘められた。悔しい。

 まあしかし、今のは全面的に飯塚が正しい。

 軽率な発言だった。気をつけよう。


 その後、全体朝礼が終わっても授業がはじまっても、翠川は飽きることなくジーッと僕を睨み続けていた。

 というか、これってけっきょく先週と何も変わってなくないか。

 日曜にデート紛いなことをして互いのわだかまりもなくなったと思っていたが、それは僕の思い込みにすぎないのか。


 今一度、翠川と話をする必要がありそうだ。

 僕は今日も屋上で昼食を摂ることにした。

 いちいち確認にしなくても、翠川が着いてくることには確信があった。

 屋上のいつもの位置で弁当を広げて待つ。

 ややあって、扉が開いて奥から翠川が姿を見せた。

 少し罰の悪そうな顔をしていた。


「翠川さん」


 こちらに向かって歩いてくる翠川に、僕が声をかける。


「何か言いたいことがあるなら遠慮なく言ってよ。あんな風にジッと見られたら、僕もどうしたらいいか分からないしさ」


 ビシッと言ってやったぜ。

 僕たちはもう関係値としては対等なはずだからな。

 少なくとも僕はもう遠慮しないぜ。


「そんなの……みんなの前じゃ、恥ずかしいし」


 翠川が不貞腐れるようにちょっとだけ唇を尖らせ、自分のお弁当を広げる。

 相変わらずデカいタッパーだ。この栄養がきっと豊満なおっぱいを育てるのだろう。

 というか、人前だと恥ずかしいとかマジでコミュ障かよ。

 飯塚を見習ってほしい。いや、やっぱり見習ってはダメだ。あれはヤベエ。


「じゃあ、ここなら言える? 何であんなにジーッと見てくるのさ」


 僕が訊くと、翠川は口の中に詰められるだけオカズを詰め込んだまま、プイッとそっぽを向いてしまった。

 反抗されているのだろうか。可愛いやつめ。誰かこの状況を録画してくれ。


「別に、変なことしないか観察してるだけだし……」


 それはつまり、まだ僕のことを監視しているということだろうか。

 僕の弱みは先週の金曜日に開示したはずではなかったか。


「あんなの、別にアッ……サキくんの弱みじゃないし」


 まあ、実際に現場をおさえられたわけではないし、確かに『弱み』とするには弱いか。

 でも、あのとき翠川は『そういうことならいい』と言っていたはずだ。


「……それは、そういう意味じゃないし……」


 翠川が口をモグモグさせながらまたプイッとそっぽを向いてしまう。

 うーむ、これってなんか彼氏彼女の痴話喧嘩っぽいな。

 陰キャの僕には身に余るシチュエーションなのではないだろうか。

 何だか急に全身がムズムズしてきたぜ……。

 というか、あれが『そういう意味じゃない』となると、翠川はまだ現在進行形で僕の『弱み』を探しているということになるのだろうか。

 しまった。それなら、昨日の時点で何かこう恥をかくような真似をしておいたのに。

 ついつい普通にデートっぽい時間を満喫してしまっていたぜ。


「アサキくんの恥ずかしいところ見るまで……やめないから……」


 キッと僕を睨みつけると、残りの弁当をガサガサッと口の中に突っ込み、そのまま弁当箱を片づけて足早に屋上から出て行った。

 モグモグしたまま歩くのは行儀が悪いからやめなさい。

 というか、参ったな。これではスタートラインに逆戻りじゃないか。


 もうこの際だから僕の租チンでも見せるか?

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