第十一話 彼女は渡し損ねた

 それから僕たちはUFOキャッチャーコーナーに行き、映画の前に翠川が挑戦していた巨大人形に再チャレンジすることになった。

 そして、何と幸運なことに、二回目のチャレンジで見事にゲットしてしまった。


「や、やったぁ!」


 おお、あの翠川が子どものように目を輝かせている。

 写真に収めたい! 今すぐ写真に収めたい!

 しかし、ここまで喜んでいるのに無粋な真似をするわけにもいかない。

 僕は翠川のとっておきの笑顔も心のアルバムにしまうことにした。


「これ、何のキャラなの?」

「ちょいカワっていうの。知らない?」

「そういえば、妹が持ってたような気がする」

「アュ……んん、これ、貰ってもいい?」


 今、何か言いかけたか? 気のせいかな。


「うん。欲しかったんでしょ?」

「欲しかった。ありがと」


 翠川がちょいカワの巨大人形をギュッと抱きしめる。

 やべえな、尊すぎて鼻血が出そうだ。

 あとでそのギュッとしてるところを自撮りして写真送ってくれないかな。

  

 そのあと、僕らは1Fまで降りて併設されているモックに向かった。

 晩御飯は家で食べる予定だから、今回は軽めにしておこう。


「ビッグモックって、ソース多めって注文できるの、知ってた?」


 え、何それ。あのオーロラソースみたいなやつだけ増やせるってことだろうか。


「そう。昔はセルフオーダーとかアプリでもできたんだけど」


 マジか。翠川はビッグモックが好きなのかな?


「ううん。別に」


 あれ、じゃあ、何が好きなんだろう。


「ポテト」


 あ、そうですか……。


 僕たちはそれぞれ飲みものとポテトを注文し、適当なテーブルに着いた。

 喉が渇いていたのか、翠川はマスカットジュースをものすごい勢いで吸い上げていた。

 ポテトを食べきる前に飲み切るとあとが辛いぞー。


「今日は、楽しかった」


 ストローから口を話しながら、ぽつりと翠川が言った。

 そうか。楽しんでもらえたなら良かった。

 僕も楽しかったし、何より翠川という人間について少し分かった気がする。

 翠川、たぶんちょっとコミュ障気味なんだな。

 見た目がとにかく飛びぬけて綺麗から孤高の姫君みたいな扱いをされてるだけで、実際は僕と同じ陰キャ属性と見たね。

 それはつまり、同じ陰キャでも見た目の差だけで扱いには大きく差ができるということだが……。


「アサキくんは、楽しくなかった?」


 僕が苦虫を噛み殺すような顔をしていたからだろう。

 少し不安そうな面持ちで翠川がこちらの顔を覗き込んできた。

 ほんとに可愛いなぁ。

 こんな可愛い子と休日を一緒に過ごせたなんて、明日あたり死ぬのかな。


「楽しかったよ。僕にはもったいないくらい」


 僕が答えると、翠川は安心したようにホッと溜息をついた。

 そして、そのままものすごい勢いでポテトを食べはじめる。

 前にも思ったが、基本的に口の中に詰め込めるだけ詰め込むタイプみたいだな。


「そういえば、昼間にモックでナンパされてたよね」

「んん」


 翠川が口の中をモグモグさせながら頷く。


「あのとき、何処に電話してたの?」


 僕が訊くと、翠川はスマホを取り出して、僕にその画面を見せてきた。

 画面には電話のキーパッド操作画面で、文字欄には110と表示されていた。

 すげえ。ノータイムで警察に電話してたのか。


「お母さんが、ナンパされたら110番しろって」


 まあ、これだけ見目麗しい娘さんがいたら、親としても気が気じゃないだろう。

 いちおう僕らは未成年で、仮に同意があったとしても場合によっては未成年略取に該当する可能性があるから、110番も完全に的外れではないのか……?


 ポテトを食べ終えるころには、もう時刻は午後六時を回ろうとしていた。

 そろそろ帰らないといけない時間だ。

 翠川は電車できたということだったので、駅の改札まで見送ることにした。


「あの、アサキくん」


 別れ際、何故か少し言いづらそうに翠川が口ごもった。

 ちょいカワの巨大人形をギュッと抱きしめたまま、その頭部に鼻先をうずめている。

 僕もちょいカワ人形になりたい。きっとおっぱいめっちゃ当たってるだろうし。


「その、連絡先……」


 おお、まさかの連絡先交換イベントか!? しかも、翠川からだと!?

 というか、翠川と連絡先を交換してる男子なんてまだいないだろうし、これは僕も学生ヒエラルキー上位の仲間入りできちゃうチャンスなのでは……!?


「……やっぱいいや。またね」


 プイッとそっぽを向いて、そのまま逃げるように改札を抜けて行ってしまう。

 あらら……何かフラグを折るようなことでもしてしまったかな。

 まあ、こういう展開のほうが僕には合ってるし、逆に少し安心してしまった。

 翠川は一度こちらを振り返り、ちょいカワを小脇に抱えながら大きく手を振ってくれた。

 周りの目もあるので僕はほどほどに振り返し、それから自転車置き場へと向かった。


 なかなか刺激的な一日だったな……。

 自転車に乗る前にスマホを確認すると、また飯塚からメッセージがきていた。


『ついに大人下着デビューしたぜ! 今夜のオカズにしてくれよな!』


 セクシーなランジェリー姿の写真が添えられていた。

 あいつ、マジで自分が女って自覚あるのか?

 いや、ある上でやってるから余計にタチが悪いのか。ぐぬぬ……。

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